ユナの被害報告書
更地に、穏やかな風が吹いていた。
見上げた空。星だけがやたら美しく光り輝いている。
「…………。」
ユナ・レインフィールは、
しばらく無言でその光景を見つめていた。
意味が、分からない。
ユナは震える手で、そっと手帳を開いた。
【ユナ・レインフィール 被害報告書】
ユナは転生者だった。
そしてこの世界は私の推し、第一王子アレンがいる大好きな乙女ゲームの世界そのものだった。
アレンは、超絶イケメンの王子様。優しくて、誠実で、でも時々不器用で――
そんな彼と恋に落ちる物語。
途中には悪役令嬢との対立や、叶わぬ恋に胸が締め付けられるようなイベントがあり、
でも最後にはもちろんハッピーエンドが待っている。
全部知っている。
だから、努力もした。
お菓子作り。
礼儀作法。
可愛らしい笑い方。
いざという時のため、受け身の練習までした。
完璧だったはずなのだ。
前世の自分とは、もう違うはずだった。
前世の私は、映画の特殊効果スタッフだった。
毎日汗だくになりながら火薬と爆発に囲まれて働き、危険物の資格まで取った泥臭い人間だ。
だが、今の私は違う。
鏡へ映るのは、ふわふわした髪の小動物みたいな美少女。
乙女ゲームのヒロイン。
――そのはずだった。
ユナは遠い目で、今日のページを開く。
『流星群夜会イベント』
重要度:★★★★★★★
内容:
・老朽化した会場で夜会開催
・シャンデリア落下事故発生
・アレン殿下がユナを庇う
・応急手当イベント発生
・混乱の中、悪役令嬢ロゼッタが爆弾を投擲
・会場崩壊
・責任問題へ発展
・ロゼッタ、婚約破棄ルートへ進行
備考:
本来、プラネタリウム型夜会ではない。
嫌な予感がしている。
今回は室内。
湖でもない。
屋外でもない。
照明管理も可能。
今度こそ、普通のイベントになるはず。
そう思いながら。
ユナは念のため、もう一度受け身の練習をした。
完璧だったはずだった。
そして現実は、
更地。
その時
「次は夜空鑑賞会ですわ〜❤️」
「照明班準備してくださいませ!」
「ライトアップ追加します!」
「やめなさいよ!!!」
気付けば、ユナは叫んでいた。
「空は暗いから、奥行きが出るの!光量上げたら、星が消えるのよ!!!」
「光の反射と、空気感と、静けさで――」
そこまで言って、ユナははっ口を押さえた。
「……何で私、普通に説明してるの……?」
マリアベルが目を輝かせて、ロゼッタの取り巻きたちとはしゃいでいる。
「なんだかよく分かりませんけれど、すごいですわ!」
「演出家ですわ!」
「夜空監督ですわ!!」
「監督ーーー!!!」
「監督じゃないわよ!!!」
その夜。
ユナは、なぜかグランフェル家の夜空演出会議へ参加していた。
~~おまけ~~
【被害報告書①】
案件名:
『湖畔の出会いイベント』
重要度:★★★★★
本来の内容:
・湖畔で偶然の出会い
・風で帽子が飛ぶ
・アレン殿下が拾う
・目が合い、お互いの印象に残る
・好感度上昇イベント
※乙女ゲーム序盤における超重要イベント。
現実:
・魚が全滅
・狙撃音が響く
・周囲から鳥の声が消える
・殿下はロゼッタの隣から動かなかった
備考:
悪役令嬢ロゼッタによる妨害の可能性あり。
……と思っていたが、
最近は少し自信がなくなってきた。
問題は、
あの家全体かもしれない。
なお本来なら、私はここで帽子を拾ってもらい恋が始まる予定だった。
実際には、魚の死骸を見ながら絶叫して終わった。
ユナは次のページをめくる。
【被害報告書②】
案件名:
『流星群観測イベント』
重要度:★★★★★
本来の内容:
・静かな夜での再会
・流星群
・アレン殿下との会話
・願い事イベント
・距離が縮まる重要回
現実:
・照明弾乱舞
・星消滅
・夜空が昼になる
・街が祭り化
・なぜか民衆は大喜び
備考:
グランフェル家は、「流星群を見る」という概念を根本から誤解している可能性が高い。
黒ずくめの令嬢たちも複数確認。
統率が取れすぎていて怖い。
今後も要注意。
ユナ「前世の知識なんて役立たなくていいのよ。」




