婚約者“担当”ではない
アレン・ルーヴェルトは、
グランフェル公爵家の応接室で静かに紅茶を飲んでいた。
本日の予定は、婚約者ロゼッタとのお茶会。
……のはずだった。
「申し訳ございません殿下……」
侍女が困ったように頭を下げる。
「ロゼッタ様のお支度が、もう少々……」
「構わない」
グランフェル家における“もう少々”は信用してはいけない。
以前など、マリアベルが「今日は風が強くて怖いですわぁ❤️」と言った結果、
立派な杖が準備され、さらに命綱として腰にワイヤーをつけられた。
なお、ロゼッタの髪型調整には一時間かかっていた。
ちなみに風速はやや強い程度だった。
慣れている。
その時、廊下の向こうから
きゃあきゃあと騒ぐ声が聞こえてきた。
「ですから、前回の淡青薔薇演出、本当に最高でしたのよ〜❤️」
「特別に手配した、とっておきの薔薇ですわ❤️」
「照明担当の演出も見事で、私感動いたしましたの❤️」
「分かりますわ〜!」
随分楽しそうだった。
アレンは少しだけ気になって、そっと廊下を覗く。
そこにいたのは。
……普通の令嬢たちだった。
いや、普通ではないかもしれない。
「傘担当〜!そのレース素敵ですわー❤️」
「ありがとうございます❤️今回はレースの色と形を工夫してみましたの!」
「かわいいですわぁ!」
本当に何を言っているんだ。
だが令嬢たちは真剣だった。
「黒薔薇担当との連携も綺麗に決まりましたわよね〜❤️」
黒薔薇担当が、ちょっと誇らしげに胸を張る。
「ロゼッタ様のはかない美しさが、とても素敵でしたわぁ〜❤️」
みんな本当に楽しそうだった。
もっとこう、張り詰めた空気を想像していた。
狂信的というか。
秘密結社というか。
でも実際は、学園祭の準備のようだった。
「先日の夜会で“ありがとう”って言ってくださったでしょう?」
「嬉しくて、3日くらい眠れませんでしたの❤️」
鉄扇担当が、少し照れたように笑う。
「分かりますわーーー!!」
「ロゼッタ様、たまに不意打ちで優しいんですもの……!」
「侍女が転びそうになった時も普通に支えてらして……❤️」
「しかもご本人無自覚ですもの!」
「侍女が転んだ時もそうでしたわ」
「自分がドレスを汚したのに先に侍女を心配して」
「さすがロゼッタ様ですわぁ!」
「お優しいですわぁ!」
アレンは、なんだか少し毒気を抜かれる。
(そうか)
(だから皆……)
その時。
「監督をお呼びしましたわ〜❤️」
「監督?」
「だから私は監督じゃ――」
引きずられるようにして現れたユナが、ぴたりと止まった。
「……なんで殿下いるの?」
「それはこちらの台詞だ」
ユナが露骨に嫌そうな顔をする。
「聞いてくださいよ……急に呼ばれて、“次の夜会演出についてご意見を〜❤️”とか言われて……」
「監督ですもの❤️」
「監督じゃないわよ!」
だが、令嬢たちはキラキラしていた。
「前回のお話、すごく勉強になりましたわ!」
「“光は影があるから綺麗”って……!」
「いや、普通のことだから……」
ユナは頭を抱えながらも、気付けば机に図を書いていた。
「あのね、ロゼッタ様って正面から白照明当てるより、少し斜め上から暖色寄りで入れた方が髪に立体感が出るの」
「立体感……!」
「あと背景側を少し暗くすると、顔周辺へ自然に視線が集まるから――」
令嬢たちが一斉にメモを取り始めた。
「なるほどですわーーー!!!」
「監督すごいですわーーー!!!」
「空間演出ですわーーー!!!」
「だから監督じゃないって――」
そこまで言って、ユナははっと顔を上げた。
「……何で私、普通に参加してるのよ」
傘担当がぎゅっとユナの手を握る。
「ありがとうございますわ❤️」
「ロゼッタ様、もっと可愛くなりますわ❤️」
黒薔薇担当も真剣な顔で頷いた。
「監督のお話、本当に勉強になりますわ」
「次は花弁演出との連携もぜひ――」
「いやだから監督じゃ」
でもちょっとだけ。
本当にちょっとだけ、嬉しそうだった。
「お待たせしましたわ――って」
ロゼッタがその空気の中、固まった。
「……何をしてますの?」
令嬢たちが一斉に振り返る。
「ロゼッタ様ーーー❤️」
「次回夜会演出会議ですわ〜❤️」
「監督も参加しておりますわ〜❤️」
「監督!?」
ロゼッタがユナに視線を送ると、ユナはすっと目を逸らした。
「……不本意よ」
「全然そう見えませんわよ?」
ユナの手にはペンが握られ、詳細な図解が目の前に展開されている。
「ついに......ユナ様まで?」
ロゼッタは困惑していた。
令嬢たちは、相変わらず楽しそうにきゃあきゃあ騒いでいた。
ロゼッタは諦めたように笑いながら、全員を受け入れている。
アレンはその光景を静かに見ていた。
以前なら、異様だと思っただろう。
だが今はなんというか。
青春。だった。
ロゼッタを囲んで笑っている彼女たちは、
本当に楽しそうだった。
ロゼッタが、困ったようにため息をつく。
「あなた達、本当に楽しそうですわね……」
「はいですわ❤️」
「全員即答だな」
アレンは思わず少し笑う。
「……愛されているじゃないか」
ロゼッタが止まった。
「え?」
「彼女たちの気持ちは、少し分かる気がする」
「きゃーーーーーーー❤️❤️❤️!!!」
「殿下が理解者側へーーー!!!」
「ついにですわーーー!!!」
「歓迎しますわーーー!!!」
「何の集団なのよこれ!?」
ユナが異様は光景にたじろいだ。
「では、名簿へ追加いたしますわね❤️」
メモリアル担当が、嬉しそうに羽ペンを走らせる。
ロゼッタが名簿をそっと覗き込み、顔を引きつらせた。
黒薔薇担当
鉄扇担当
傘担当
照明担当
メモリアル担当
そして。
”婚約者担当”
「アレンだけおかしいですわ」
「そうでしょうか?」
きゃあきゃあ盛り上がる令嬢たち。
アレンも名簿を覗き込む。
「……私も違和感はあるな」
ロゼッタが勢いよく振り返った。
「やっぱりそうですわよね!」
アレンは少し考えてから、静かに言った。
「婚約者”担当”ではない」
「婚約者だ」
ロゼッタは目を丸くした。
令嬢たちは一斉に口に手を当てて
「「「きゃーーーーーーー❤️❤️❤️!!!」」」
「正面突破ですわーーー!!!」
「担当を超えましたわーーー!!!」
「本体宣言ですわーーー!!!」
「何がですのーーー!!!」
ロゼッタは真っ赤だった。
アレンは少し眉をひそめる。
「……何故、騒がれている?」
「分かってませんの!?」
「事実を訂正しただけだが」
「訂正の威力が強すぎるんですのよ!!」
令嬢たちはもうお祭り騒ぎだった。
その少し後ろで。
ユナが遠い目をする。
「…この人、だいぶ染まってきたなぁ」
ユナ「推し活ね。」




