普通に観劇したかっただけなのに!
「では監督、次回もよろしくお願いしますわ〜❤️」
「だから監督じゃないって言ってるでしょう!?」
「ユナちゃん、本当にありがとう❤️」
マリアベルはニコニコとユナの手を取った。
「え?」
「ロゼッタちゃんも、みんなも最近すごくキラキラしていて楽しそうなの❤️」
「ユナちゃんのおかげですわぁ❤️」
嫌味のない笑顔に、ユナは言葉が出なかった。
「帰りは、うちが送りますからねぇ❤️」
「えっ!?いや別に――」
目の前には、漆黒の装甲馬車。
側面には大きく『WARNING』の文字が主張していた。
「け....警告って、書いて、あるんですけど....。」
ユナは思わず指をさした。
「大丈夫よ~❤️パパがつけてくれたのよ、警告って書くと、安全でしょう?」
「ごめんなさい。私には分からないです。」
「あの.....自分で......帰ります。」
「いいのよ~❤️」
(とにかく、逃げなければ)
(この馬車に乗るのは、危険だ)
ユナが必死に断っていると
「爆薬安全確認完了!」
「帰還ルート、三経路確保済みです!」
「どこへ送る気なのよ!?」
マリアベルは、追い打ちをかけるようににこにこと笑顔で続ける。
「最近物騒ですものぉ❤️」
「ユナちゃん、可愛いから心配ですわ❤️」
「遠慮しないで~~~❤️」
「いやーーーー!!」
「安心してくださいねぇ❤️」
「無理ですーーー!!」
数分後
疲れ切った顔のユナが、馬車に乗っていた。
憎らしいほど、快適だった。
(普通だったら嫌がらせなのよこれ……!)
その頃王都の別方向では、
アレンはロゼッタと観劇へ向かっていた。
王都でも有名な劇団による悲恋劇。
身分違いの恋人たちが最後には毒で心中する名作で、ロゼッタは開演前から珍しく上機嫌だった。
「人気作品なんですの!」
身を乗り出して見どころを語る姿は、年頃の少女らしくとても可愛らしかった。
劇が始まり、ゆっくりと照明が落ちる
ロゼッタはあっという間に物語へ引き込まれていった。
驚いて。
笑って。
時折切なそうに目を伏せる。
その横顔を眺めていて、ふと気付く。
……さっきから舞台より彼女を見ている。
当初噂で聞いていた悪女の姿は、そこにはなかった。
終盤、舞台はクライマックスへ向かっていた。
燃え盛る屋敷を背に、逃げ場を失った恋人たちが互いの手を取る。
そして、舞台へゆっくり煙が広がり始めた。
その瞬間。
「煙ですわぁぁぁ❤️」
席の後ろでマリアベルが立ち上がった。
「ママ!?いつの間に!」
ユナの見送りで巻いたはずのマリアベルが、そこにいた。
嫌な予感しかしない。
「換気班!!!」
「はいですわ❤️」
客席後方で、何か大きな扇のようなものが展開した。
次の瞬間。
ゴォォォォォッ!!!
猛烈な風が劇場を吹き抜けた。
舞台を覆っていた煙が一瞬で消える。
綺麗さっぱり。
視界良好。
そして、見えてはいけないものまで見えた。
背景セット。
支柱。
裏側の木材。
めちゃくちゃ綺麗に作られた作り物の炎。
役者たちは少し困った顔をしていた。
観客席もざわついていた。
そしてロゼッタは頭を抱えていた。
「めちゃくちゃですわーーー!!!」
……反論できなかった。
しかし悲劇は終わらない。
ヒロイン役が涙を流しながらワインを掲げた。
「もう逃げられない!」
「それならせめて、この毒で……私たちは永遠にいっし….」
「飲んではだめぇぇぇぇ❤️!!!」
マリアベルがまた勢いよく立ち上がり、叫ぶ。
本日何度目かわからない嫌な予感がする。
そしてマリアベルの隣ではルシアンが静かにライフルを構えていた。
本当に、嫌な予感しかしない。
バァン!!!
次の瞬間。
舞台上のワイングラスが消えた。
役者が、固まる。
演出の炎は消え、出口があらわになっている。
手元には、毒もない。
「逃げろーーー!!!」
「まだ生きられるぞーーー!!!」
会場全体で、舞台上の二人を応援する流れになっていた。
恋人役が、震えながらヒロインの手を取る。
「……そうだ」
「まだ……未来はある!!!」
ヒロイン役も涙目で叫ぶ。
「ええ!!!」
観客席は大歓声に包まれた。
「うおおおおおお!!!」
「感動した!!!」
「生きろーーー!!!」
いつの間にか、劇場全体が舞台上の恋人たちを応援する空気につつまれ、
そして完全に、別の劇になっていた。
隣を見ると、ロゼッタは真っ赤になってプルプルと震えていた。
「勝手に演劇に参加しないでくださいませ!!!」
本当に必死だった。
私は耐えようと、努力はした。
だが、無理だった。
肩が震える。
ロゼッタが恥ずかしそうにこちらを見る。
「笑わないでくださいませ……!」
「いや……無理だろう」
家族全員が真剣な顔で舞台を守ろうとしている。
しかも誰一人悪気がないのが、一番酷い。
劇は、強制的に心中エンドから生還エンドへ変わった。
観客は歓声を上げている。
最前列ではマリアベルと令嬢たちが手を取り合って泣いている。
「よかったですわぁぁぁ❤️」
「生きててよかったですわぁぁ❤️」
ロゼッタが小さく肩を落とした。
「やっぱり、変ですわよね……」
その表情は、さきほど取り巻きの令嬢たちがキラキラと話していた、
庇護欲を誘う可愛らしい少女そのものだった。
だから私は首を振る。
「いや」
「君は、割と普通だと思う」
ロゼッタはきょとんとした顔でこちらを見ていた。
私は舞台袖で頭を抱える劇団員と、感動して泣いているグランフェル家を見比べる。
いや、やっぱりおかしい。
どう考えても。
「……君の家族が、少しおかしいだけだ」
「ふふっ、全然少しじゃありませんわ……!」
そして公演終了後、観客たちはまだ興奮していた。
「最後の展開は予想外だったな!」
「生きていて良かった!」
劇団長への謝罪はすでに済ませている。
役者たちも笑って許してくれたし、むしろ予想以上に好評だったと聞かされた。
「ママったら……」
「わたくし、本当は最後まで見たかったんですの」
帰りの馬車。
まだ少し残念そうなロゼッタに、アレンは手に持っていた一冊の本を差し出した。
「ロゼッタ。これを」
「まぁ、なんですの?」
不思議そうに受け取ったロゼッタは、表紙を見た瞬間に目を輝かせた。
「もしかして、原作ですの!?」
「あぁ。さっき劇団長がくれたんだ」
「まぁ、ありがとうございます!」
ロゼッタは本を両手で抱き締め、その表紙を何度も見つめる。
先ほどまで胸に残っていた残念さが、一気に晴れていくのを感じた。
そんな無邪気な横顔を見て、アレンは自然と胸の奥が温かくなる。
自分が渡したものでここまで喜ばれるとは思っていなかった。
「そんなに好きなのか」
「えぇ、好きですわ」
「最後は悲しいですけれど。身分の差とか、家族の反対とか、どうしようもない壁があっても、それでも頑張るお話は好きなんですの」
その言葉を口にしながら、ロゼッタはどこか遠くを見るような目をした。
叶わないかもしれないと分かっていても手を伸ばす強さに、昔から心を惹かれていた。
「君らしいな」
「え?」
「君は、思ったより諦めが悪い」
それは皮肉ではなかった。
あの個性豊かな家族のこともそうだ。
ただのか弱いお嬢様なら、とっくに折れていてもおかしくないのに、彼女は何度もぶつかっていく。
柔らかく見えて、その芯は驚くほど強い。
「褒めていますの?」
「褒めている」
「それなら、光栄ですわ」
そのやわらかい笑顔を見て、アレンは自分でも気づかないうちに肩の力が抜けるのを感じた。
「今度は、最後まで見られるといいな」
「ふふっ、客席からの救助はなしで、ですわね」
「なら、貸し切るか。劇場を」
「君の家族が入れないように」
「ふふっ、その発想がすでにグランフェル家になっていますわ殿下」
アレンは反論しようとして、一度言葉を飲み込む。少し考えたあと、結局やめた。
ロゼッタが思わず吹き出す。
「ふふっ」
その顔を見ていると、 今日の劇も悪くなかったと思えた。
本当に見たかった結末とは違ったけれど、今はそれでいい気がした。
劇団団長「なぜ客席から救助が入った....。」




