お友達が欲しかっただけなのに!
「……素敵ですわね」
本を閉じながら、ロゼッタは呟いた。
小説の中では、令嬢たちが好きなお菓子を食べて恋バナに花を咲かせ、
他愛のない話で楽しそうに笑い合っていた。
ただそれだけなのに、なんだかとても楽しそうだった。
「ロゼッタ様どうされましたの?」
取り巻きの一人が首を傾げる。
ロゼッタは少し迷ってから答えた。
「お友達と、普通に遊びたいですわ」
「お友達!」
「ロゼッタ様が、ついにですわ!」
「えぇ、ついにですわ!」
(何がついになのだろう......?)
「あなたたちも、わたくしのお友達ではありませんの?」
令嬢たちは一斉に固まり、そして。
「「「恐れ多いですわーーーー!!!」」」
うすうすそんな気はしていたが、全員が、即答だった。
好かれているのはわかる。
だけど、どこか壁も感じてロゼッタは落ち込んだ。
「そうですの……」
ロゼッタは諦めて本を置いた。
「友達とは、難しいですわね」
「確かに」
「ロゼッタ様ほどのお方になりますと」
「えぇ、難しいですわ。」
「同格の方がなかなか」
「王女殿下くらいしか」
「いえ、王女殿下でも少々……」
「何の話ですの?」
妙にしみじみ頷き合う令嬢たちを見ながら、ロゼッタは小さく息を吐いた。
「普通のお友達が、欲しいですわ……」
二度目だった。
今度は誰に聞かせるでもなく呟いた。
その時だった。
「あらあら〜❤️」
聞き慣れた声がした。
振り返ると、マリアベルがなぜか大きなぬいぐるみを抱えて微笑んでいた。
「ロゼッタちゃんは、お友達が欲しいんですの?❤️」
「ええ」
「普通の、人間のお友達が欲しいんですの。」
「まあ❤️」
マリアベルは目を丸くして、そっとぬいぐるみを椅子に下した。
そしてなぜか、目をうるうるさせていた。
「そうですよねぇ……」
「ロゼッタちゃんも、もうそんな歳ですものねぇ……」
「ママ?」
「ロゼッタちゃんは、とっても素敵な子ですもの。きっと、たくさんお友達ができますわ❤️」
「ロゼッタちゃんの大切なお友達ですもの、ママも頑張りますわ!」
マリアベルはとても嬉しそうに、優しく微笑んだ。
胸の奥が少しだけ温かくなる。
次の瞬間だった。
「そうと決まれば!急がなくてはいけませんわ❤️」
マリアベルがサッと身をひるがえし、扉のほうへ嬉しそうに駆けていった。
嫌な予感がした。
「ママ?」
「任せてくださいませぇぇぇぇ❤️!!!」
「ママ!?ちょっと!?待ってくださいませ!」
「普通でお願いしますわーーー!!!」
「せめて、爆発とかはなしにしてくださいませー!!!」
公爵家の廊下に、ロゼッタの声がむなしく響き渡っていた。
3日後。
王都では令嬢たちが震えていた。
グランフェル家から招待状が届いたのである。
しかもマリアベル・エル・グランフェル公爵夫人の直筆。
ある伯爵令嬢は震える手で封を開けた。
『ぜひ、仲良くしてくださいね❤️』
普通だった。
普通の文面なのに、なぜだか怖い。
令嬢は恐る恐る手紙を読み進め、固まった。
『逃走不可❤️』
手紙の最後に、なにか恐ろしい文字が書いてあった。
もう一回見る。
やっぱり書いてある。
『逃走不可❤️』
「ひっ……」
その瞬間。
バァン!!!!
扉が勢いよく開いた。
「お前、グランフェル家に何をした!?」
父親が真っ青な顔で震えながら立っていた。
「な、何もしておりませんわ!!」
父親がごくりと唾を飲み込んだ。
「……今日、公爵閣下に呼び止められた」
令嬢の肩が跳ねる。
「娘が望んでいる。必ず来るように。と……」
怖い。
絶対に、何かがある。
その日、伯爵は親子で抱き合い、震えが止まらなかった。
一方その頃、社交界もざわついていた。
「ついにグランフェル家が動いたらしい」
「北部辺境伯家にも招待状が届いたとか」
「社交界の再編か?」
「勢力図が変わるぞ!」
「待て。悪魔の七日間を忘れるな」
「あれは本当に酷かった……」
「噂では、脅迫状が届いた家もあるらしい。」
「どこの家だ。粛清か!?」
「分からない!いったい何が起こっているんだ!」
噂だけがどんどん大きくなっていく。
そして当日。
お茶会会場は異様な空気だった。
令嬢たちは全員背筋が伸びている。
誰もが小刻みに震え、心なしかテーブルまで揺れている気がする。
誰も紅茶に口をつけない。
(……そんなに緊張するお茶会だったかしら?)
ロゼッタは困惑していた。
「あの、皆様……そんなに震えて、寒いのでしょうか?」
びくっ!!!!
何人か肩が跳ねた。
「も、申し訳ありません……!」
「えっ?」
「空気を悪く、してしまって……」
「そんなことありませんわ!?」
ロゼッタは慌てる。
本当にそんなつもりではない。
「もっと楽にしていただきたいんですの」
令嬢たちは顔を見合わせ、呟いた。
「もしかして……あの招待状。」
「招待状......?」
ロゼッタは、中身を確認していなかったが、おそらく母が送ったものだろう。
「ママが張り切っておりましたの。」
ロゼッタの一言で、令嬢たちの顔色がさらに悪くなる。
「やはり......!」
「『逃走不可❤️』……。あれは」
「グランフェル家が、本気で......。」
「で、では......『楽にしてください』とは……。」
「苦しまずに済むように、ということかと……。」
ロゼッタは慌てて首を振る。
「いいえ!?本当にそんな意味では――」
「ひぃぃ!ロゼッタ様!お許しくださいぃぃぃ!!!」
そして次の瞬間。
令嬢たちが一斉に退散した。
「だから、違いますわーー!!!」
広い会場へぽつんと残され、ロゼッタは伸ばした手をそのままに、しばらく固まった。
(待って。)
(なんで???)
後ろで取り巻きたちがざわついている。
「圧が強すぎたのでは......」
「黒薔薇が多かった可能性も」
「なんで撒いたんですの!?」
「入場チェックで、牽制担当がお黙りなさいと言ったから?」
「お茶会で、なぜ黙らせるんですの!?」
「牽制は必要かと」
「必要ありませんわ!!!」
……また、失敗したのかもしれない。
胸の奥が少しだけ重くなる。
その時。
「皆様どうされたのかしら?」
柔らかな声が響いた。
ロゼッタが顔を上げると、机の端に一人の令嬢が残っていた。
綺麗な所作。
穏やかな笑み。
どこか知的な雰囲気の令嬢だった。
「ロゼッタ様、ごきげんよう」
その令嬢は優雅に一礼する。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。北部辺境伯ノースフェルト家のエミリアと申します」
ロゼッタは思わず瞬きをする。
まだ、残っていた。
逃げなかった。
その事実だけで、少し驚く。
エミリアは周囲を見回したあと、不思議そうに首を傾げた。
「急にお帰りになってしまわれましたのね」
普通だった。
本当に普通だった。
ロゼッタは少しだけ戸惑う。
怯えない。
謝らない。
逃げない。
ロゼッタはなんだか落ち着かなくなる。
「ロゼッタ様、お会いしたらとても素敵な方ですのにね」
「え?」
「今日も、皆様がお座りになるまで気にかけていらっしゃいましたし」
エミリアは当然のように、穏やかに微笑んでいた。
「とても、優しい方だと思いましたわ」
ロゼッタは目をぱちぱちさせた。
なんだか、少しだけ。
泣きそうだった。
マリアベル「”逃走不可❤️”って書いておくと、出席率が違いますのよ。社交術の基本ですわぁ❤️」




