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お兄様、魚釣りに銃は必要ありませんわ!

「水ですわぁ〜〜〜!!!!!!」


美しい湖のほとりに、マリアベルの悲鳴が響いた。


湖面は穏やかに揺れ、小鳥たちが木々の間で囀っている。

とても平和な光景だった。


「怖いですわぁぁぁ!!!!!」


......平和ではなかった。


「また始まりましたわね……。」


ロゼッタは遠い目をした。


今日はアレン殿下との交流も兼ねた、穏やかな魚釣りの予定だった。


護衛も最低限。

黒い甲冑も封印されている。


(普通ですわ......)


(ついに、普通のお出かけが叶いましたわ――!!)


そう、思った矢先の、悲鳴だった。



マリアベルはぷるぷる震えながら湖を指差す。

「こんなに、、、こんなにお水が!!」

「湖ですから。」


「落ちたら……落ちたらどうするのぉ……!!?」

「魚釣りですよ?」


「溺れますわぁ〜!!」


取り巻きたちが顔を見合わせ、頷く。

そこからは一瞬だった。


「排水準備急いでくださいませ!」

「巨大ホース展開!!!」

「湖の水を全て抜きます!!」


「やめてくださいませ〜〜!!」


ロゼッタが必死に止めていると、隣で低く落ち着いた声が令嬢たちを止めた。

「待ちなさい」


アレンは静かに湖を見つめ、それからロゼッタを見る。

「……魚釣りだろう?」

「ええ」


「なら魚も、湖も必要だ」

「そうですわね」


「水を抜いたら成立しない」

「そう!その通りですわ!」


ロゼッタは少し感動した。


(この人、かなりまとも側ですわ!!)


だが取り巻きたちは、どうして止められたのか分からない様子で、まだざわめいている。


「ですが殿下!」

「お水ですわ!?」

「危険ですわ!」


アレンは少し考えた。

確かに少しの危険はあるだろう。


だが魚釣りである。

水を抜いてしまっては意味がない。


そして、なぜか取り巻きたちはアレンのことを懇願するような目で見ていた。


「問題ない。私は…..泳げる。」


「まぁ!さすがですわ殿下!」

「安心ですわ!」

「さすが殿下……!」


アレンは、なぜ第一王子である自分が、

泳力をアピールしてロゼッタを守る流れになっているのか、分からなかった。


(普通は、護衛に守られる側ではないのか。)

  

アレンは混乱していた。


なぜか分からない。分からないが、

説明しなければ、本当に湖が消える気がした。


アレンは静かに続ける。


「水を抜いたら、魚釣りにならないだろう。」

「「「え……?」」」


「魚も、死ぬ」

「「「確かに……」」」


「つまり魚釣りは成立しない」

取り巻きたちは顔を見合わせ、そしてやっと理解した。


「さすがですわ殿下!」

「魚釣りの本質をご理解されている……!」


「普通なんですのよ。」


そしてようやく、平和が訪れた。


ロゼッタは釣竿を手に取り、そっと糸を垂らす。


ちゃぷん。


水面が揺れ、穏やかな時間が流れる。

アレンもやっと訪れた静かな時間に自然と肩の力が抜け、小さく笑う。


「こういう時間も悪くないな」

「ええ――。」


「殿下、私の周りが騒がしくて申し訳ございません。」


隣で目を伏せてすまなそうにしているロゼッタを見て、アレンは少し考えて続けた。

「……確かに。驚きはした。」

「そうですわよね。」


「だが.....昨日の帽子の件もそうだが。君は止めようとしていたな。」

「えぇ、全然、止められませんでしたけれど。」


「……苦労しているんだな。」

「君は、疲れないのか。」


「え?」

「家族を止めたり。周りへ謝ったり。」


「そう、ですね。少し疲れますわ。」

「ですが、家族ですもの。」


「放っておけません。」

「そうか。」


困ったように笑うロゼッタの金色の髪が、柔らかく光を透かしていた。

アレンは思わず、目を伏せて湖面を見つめる。


湖面は陽の光がきらきらと反射していた。


ときおり風が吹くたびに水面へ小さな波紋が広がり、

岸辺の木々がさらさらと葉を鳴らす。


穏やかな時間が続いた、その時


ぼこんっ。


「…………!?」


「!?」


魚が浮いた。


腹を、上にして。



ぼこんっ。


ぼこんっ。


ぼこんっ。



次々と、魚が浮いてくる。

湖が、どんどん魚の腹で白く染まっていく。


「なっ……!?」

「いったい、何が起きている!?」


アレンが勢いよく立ち上がって周りを警戒して見回す。

ロゼッタはそっと空を見上げた。


「……お兄様ですわね」

「………..兄君???」


湖の対岸、その木の上ではロゼッタの兄、ルシアン・エル・グランフェルが

静かにライフルを下ろしていた。


「これで捕獲しやすくなっただろう。」

「台無しですわ!お兄様っっ!!」


アレンは困惑していた。

「なぜ、魚を……?」


「お兄様?これは“魚釣り”と言ってですね……」

「静かな湖で魚がかかるのを待ちながら、ゆったりした時間を楽しむ遊戯なんですの」


「……ゆったりと、待つ?」

「そうですわ!静寂も含めて楽しむんですの!」


兄は少し黙り込んだ。

そして静かに風が吹き、遠くでは小鳥が、さえずった。


ちゅんちゅん。


「なるほど。」


――パンッ!!


「つまり。半径70メートルか。」


「......!?」


「小鳥の平均音量と風向きから逆算した。」

「......?さっきから何を言ってるんですの!?」


「半径70メートル圏内を、静音化する。」

そう言って、銀髪の男ルシアンはまた静かにライフルを構えた。


カシャッ。


パァン!!!


「やめてくださいませーーー!!」



一方、取り巻きたちは感動していた。


「なんという配慮……!」

「静寂の演出まで完璧ですわ❤️」

「さすがお兄様ですわ〜!」


アレンは、頭を抱えるロゼッタの姿を見て、ゆっくり理解し始めていた。


(……この家)


(……さては)


(全員おかしいな?)




一方、その頃対岸で乙女ゲームのヒロイン・ユナは、白い帽子を握り締めて震えていた。


本来なら。。。


本来ならここで。。


風に飛ばされた帽子を、アレンが拾ってくれるはずだった。


運命の出会い。

恋の始まり。

重要イベント。


なのに、目の前の湖には、魚の死骸が大量に浮いている。


「なんでよぉぉぉぉ!!!!」

ルシアン「魚釣りとは、奥が深いな。」

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