花火が消えた日 ~クラウス視点・前編~
クラウス・ベルンハルトがそれを目にしたのは3年前のことだった。
ある技術交流会の片隅で、ひときわ地味な実演が行われていた。
ただ地面の上で、小さく弾けるだけの、ただの火だった。
「火薬を閉じ込めれば、このように光ります」
そう、必死に説明する技術者の前を、無数の投資家や商人たちが素通りしていった。
そんな中、クラウスだけはその火の光に目を奪われ、その場を離れられなかった。
(これは、いつかきっと空へ届く)
理屈では説明できないが、大きな可能性を感じた。
これが夜空いっぱいに広がったなら、どれだけ美しいだろう。
その日のうちに、クラウスは家へ戻ると、商人である父に切り出した。
「父さん、僕はこの技術を商売にしたい!」
「やめておけ。まだ商品にならん。飛ばんし、危ない。そんなものに金を出すのは、商売人のやることではない。」
どれももっともな指摘だった。現実を見れば、成功の見込みなどほとんどないだろう。
「でも、花火には可能性があります!この国の空をきっと変えられる!」
父は長い沈黙の末、小さくため息をついた。
「……なら好きにしろ。ただし、ベルンハルト商会の看板は貸さん」
その言葉を聞いた翌日、クラウスは家を出た。
そこからの3年間は、決して平坦なものではなかった。
あの技術者の協力を取り付け、資金を求めて投資家に何度も頭を下げた。
そして、腕のいい職人たちを説得し、試作を繰り返す毎日。
最初の1年は失敗の連続だった。
導火線は途中で消え、筒は割れ、火薬は暴発する。
ようやく飛んだと思えば、ほんの数メートルで落ちてしまう。
夜空どころか、屋根すら越えられない。
「あと少しなはずです!」
「次は必ず飛びます!」
そんな言葉を、クラウスは何百回も聞いた気がする。
そして2年後、ついに一本の光が夜空へと届いた。
たった一本。
力強く空に昇る一本の光を、全員が祈るように。
息をのんで、見守っていた。
やがて小さく空で花開くと、一人の技術者がぽつりと呟いた。
「……飛んだ」
その一言をきっかけに、堰を切ったように歓声が広がった。
それが始まりだった。
この国で「花火」という名が知られるようになったのは。
そこから試行錯誤を繰り返し成功率を上げ、3年目。
クラウスは王城へ呼ばれた。
「期待している。王国の夜空を、変えてみせよ」
「はい、必ず」
王からの言葉に、クラウスは涙をこらえきれず、謁見中にもかかわらず肩を震わせた。
その帰り道、クラウスの商会の前で父が小さな箱を手に待っていた。
中には、見習い時代に使っていた帳簿用の万年筆が入っていた。
「よく頑張った。」
「お前も立派な商売人だ。」
それだけだった。謝罪も、和解の言葉もない。
それでもクラウスには十分だった。
三年間積み重ねてきた夢が、ようやく形になろうとしている。
そして迎えた、花火大会。
国を代表して隣国へ渡り、技術交流の担当者として王国の技術力を示す象徴的な行事。
その責任の重さを、クラウスは誰よりも強く感じながら、誰よりも静かに夜空を見上げていた。
失敗は許されない。
前日から綿密な調整を繰り返した。
「導火線、最終確認終わりました!」
「火薬の状態も良好です!」
夜になれば、この国の王子も視察に訪れるという。
しかし、不思議なことに、クラウスの胸にあるのは恐怖だけではなかった。
きっと飛ぶ。この夜空を光で埋めつくすことが出来る。
そう確信できるだけの、手応えがあった。
やがて日が暮れ、会場には多くの人々が集まり始めた。
(必ず、届く。)
(この技術で、ここに集まった人々の目を輝かせてみせる)
クラウスは祈るような気持ちで、導火線に火が灯る瞬間を見つめていた。
やがて一本の火が走り、筒の中へと吸い込まれていく。
そして、次の瞬間、勢いよく夜空へと飛び立った。
確かに、飛んだ。
3年前には屋根すら越えられなかった光。
それが今はまっすぐ空へと昇っていく。その光景に、思わず拳を握りしめる。
そして、その直後だった。
乾いた銃声のような音が響き渡り、
本来なら夜空に咲くはずだった光は、
跡形もなく
消えてしまった。
残されたのはゆっくりと風に流れていく、白煙だけだった。
(不発だったのかもしれない)
そう、自分に言い聞かせて次の光の筋を見上げる。
だが、それからも打ちあがるたびに、次々と白煙となって夜空に消えていった。
(なぜ!どうしてだ!)
(いったい、何が起こっているんだ!!)
なぜ消えたのか。
頭の中が真っ白だった。
隣では、打ち上げ担当の技術者が、
震える手で何かを叫びながら必死に次の球を打ち上げている。
三年間の努力、父との約束、共に歩んできた技術者たちの苦労、そして国王の期待。
そのすべてを、自分が壊してしまったのではないかという思いが胸を締め付ける。
息がうまく吸えず、喉が焼けるように乾く。
何度考えても答えは一つも見つからない。
ただ、失敗したという事実だけが重く心に沈んでいく。
逃げ出したいという衝動がよぎる。
しかし足は動かない。
逃げる資格すら自分にはないように思えた。
やがて我に返り、まず頭に浮かんだのは、この大会に全面協力してくれた北部辺境伯のことだった。
せめて事情だけでも説明しなければならない。
クラウスは必死に会場を駆け回った。
「辺境伯様はどちらに!?」
「見ていませんか!?」
しかし誰もその居場所を知らない。
その頃、辺境伯は花火を撃ち落とした張本人であるルシアンを別室へ連行し、事情を問いただしていたのだが、クラウスがそれを知る由もなかった。
肩で息をしながら立ち止まったその時、不意に静かな声が背後からかけられた。
「クラウス殿。」
振り向くと、そこにはアレン王子が立っていた。
「申し訳ございません……本来なら、夜空いっぱいに花が咲く予定だったのです。皆様の期待を......裏切ってしまいました。」
拳を強く握りしめる。
悔しさと情けなさが胸の奥で渦巻き、何かが崩れ落ちるような感覚があった。
顔を上げることが、できなかった。
現実を直視するのが、ただ怖かった。
そんなクラウスを見つめながら、アレンは静かに言葉を紡ぐ。
「本来なら、美しい光が夜空を埋め尽くす素晴らしい技術だと聞いています。」
「とても、楽しみにしていました。」
「……ありがとうございます。」
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
その時、穏やかな声が割って入る。
「実はわたくし、こちらへ来る前に花火について調べさせましたの❤️」
そこには、グランフェル公爵夫人マリアベルが立っていた。
「調査……ですか?」
「ええ❤️」
「ロゼッタちゃんから花火というものがあると聞きまして。」
(そうか。この方は確か公爵夫人だ。)
(今回のことは残念だっただろう。でも、技術そのものに興味を持ってくださったのなら……。)
そう思った矢先。
「そしたら、爆発するそうなんですの❤️」
「……はい?」
「怖いですわぁ❤️」
「え?」
「みんなの上で爆発するんですもの❤️」
「だから、撃ち落とさせましたの❤️」
…………。
クラウスは、頭の中でその言葉をゆっくり反芻する。
だから。
撃ち落とした。
だから。
……だから?
「えっと。撃ち……落とした?」
「ええ❤️」
「花火を?」
「ええ❤️」
「花火大会で?」
「ええ❤️」
「全部?」
「もちろんですわ❤️」
クラウスは静かに夜空を見上げた。
白煙はもう残っていない。
あるのは、どこまでも美しい星空だけだった。
三年間、クラウスが必死に積み上げてきたその全部が
安全のために、
撃ち落とされていた。
「みんなの安全を守り切りましたわ~❤️」
クラウスは、なんとも言えない顔になった。
(なんで......)
「本来なら、夜空いっぱいに白い光の花が咲く予定だったのです」
思わずそうこぼした時、少女の声が聞こえた。
「白?」
「えっと、白だけですか?」
ユナ視点の短編だったがずが、気づいたらクラウスが主人公になっていました笑
三年間頑張ってきた花火が、「怖いから」なんて理由で撃ち落されたクラウスがあまりにも不憫すぎて......
後編、ユナとタッグを組んで今度こそ、夜空に光を咲かせてほしいです!




