婚約者が私の結婚式をプロデュースしたがります
最近、屋敷の中が妙に慌ただしい。
ロゼッタは、1人きりの部屋で結婚前の落ち着いた時間にアレン殿下やお世話になった全員にサプライズプレゼントをしようと、せっせと刺繍をしながら、ふと顔を上げる。
「みんなどこにいますの?」
パパやママ、お兄様にもちろんアレン殿下も、取り巻き令嬢たちすらいない。
結婚式が近いのだから、皆が準備に追われているのだろうということは分かる。
それ自体は嬉しい。
自分たちのために動いてくれているのだと思えば、ありがたい気持ちにもなる。
けれど、ここまで全員が揃って姿を消してしまうと、さすがに気になってしまう。
「……少し忙しすぎませんの?」
今日はアレンも屋敷へ来ていると聞いていたのに、姿を見ていない。
「怪しいですわね」
こうなったら自分で確かめるしかない。
その数分後、
ロゼッタは扉の向こうの賑やかな声に、大広間の前で足を止めた。
「私はK案を推しますわ!」
「ですがF案も捨てがたいですわ!」
「その案なら、私の第10稿も活かせると思う。私も賛成だ」
「予算なら何とかなります!」
何をそんなに熱く話し合っているのだろう。
ロゼッタはそっと扉に手を掛け、音を立てないよう慎重に開いた。
部屋の中では、各々大量の資料を手にそれぞれ主張をぶつけ合っている
全員が、いた。
中央にはひときわ大きな教会の見取り図が配置され、なんども書いて消したような跡が残っている。
「皆様……?」
恐る恐る声を掛けると、部屋にいた全員が一斉に振り返った。
「ま、まぁ、ロゼッタちゃん!」
「ロゼッタ様!ど。どうされたのですか?」
「サッ、サプライズ演出を今考えているんですの」
「ちょっと、サプライズですわ!」
みんなあからさまに動揺しながら、手元の資料を後ろに隠している。
ロゼッタは嫌な予感を覚え、近くに置いてある
『第六案』と書かれた資料を恐る恐る手に取った。
「なんですの......これ」
「見られてしまったか。入場演出だ」
「入場?」
「あぁ。君が最も美しく輝くように皆で考えていたんだ」
「まぁ、そうだったんですの。ありがとうございます。うれしいですわ!」
「みなも、せっかくだからロゼッタもあわせて打ち合わせをしないか?」
「確かに、それがいいですわ!」
「ロゼッタ様!最高のプランがいくつも出来ておりますの!」
全員が、目をキラキラさせながら自分の結婚式の準備をしてくれている。
ロゼッタは、うれしくて心がいっぱいだった。
アレンも、嬉しそうに微笑むロゼッタを見て微笑んでいる。
「ではまずは、入場なのだが」
「えぇ」
「天井から降下する」
「......誰がですの?」
「君だ」
「ロープアクションですね、予算はこちらです」
ユナが技術支援をしているらしい。
「やりませんわ」
ロゼッタは却下した。
しかしアレンはまったく諦める気配を見せない。
「だが!背中には大型の翼を装着予定なんだ!天使をイメージした」
「君に、とても似合うと思うんだ」
「そして、私が下で受け止める!」
期待に胸を膨らませる美しい横顔に向かって、ロゼッタはもう一度力を込めて断言する
「やりませんわ」
「再現実験をしたところ、成功率は78%ですね」
ユナが補足した。
「めちゃくちゃ怖いですわ!!」
なぜ、それで採用されると思ったのか。
「でも素晴らしいですわぁ……!」
「夢がありますわ……!」
「無理ですわ!」
ロゼッタが全力で拒否していると、マリアベルが不思議そうな顔をした。
「でも……」
「そうするとバージンロードを歩くことになりますわよ?」
「それが結婚式ですわ!!」
ロゼッタの叫びに、なぜか部屋が静まり返った。
皆が顔を見合わせている。
「それでは、つまりO案に......?」と謎のささやき声まで聞こえてくる。
その反応が怖い。
嫌な予感がさらに強くなった。
「とにかく、念のため他の案も確認させてくださいませ!」
ロゼッタは震える手で次の資料を開いた。
『D案......?』
「まぁ!それはプレミアム観覧席ですわ!」
「プレミアム、観覧?結婚式ですわよね?」
「えぇ!結婚式ですもの!」
説明になっていない。
手元にある教会の座席配置図見ると、まるで劇場か講演会場のように段差が設けられ、
どの席からでも祭壇が見える構造になっている。
「何ですの、これ?」
「全員から新郎新婦が見えるのよ」
「特に誓いのキスは素敵ですのよぉ!❤️」
「神父の後ろに巨大な拡大鏡を準備して、2人の顔を大きく映し出すんですの!」
「やめてくださいませぇぇ!!」
アレンを横目に見ると「まぁ、それは私も少し恥ずかしいのだが、仕方がない。」
と頬をかきながら照れ笑いしている。
「『仕方ない』じゃなくて止めていただきたかったですわ!絶対にやめてくださいませ!」
「え......では、ロゼッタ様はQ案をお望みということ?」
「なんですのそのQ案は!?」
ロゼッタは慌ててQ案を確認すると、アレンが照れながら教えてくれた。
「誓いのキスの前に一度照明を落とす」
「そしてキスの瞬間、スポットライトで照らし出すんだ!」
「きゃーー!素敵ですわぁー!❤️」
令嬢たちが興奮している
「さらに――」
「まだあるんですの!?」
アレンは迷いなく次のページをめくった。
「その瞬間にカラー花火を教会の天井から......」
「煙たいですわ!!」
「大丈夫だ。空気の流れは計算済みだ」
横からルシアンが真面目な顔で頷く。
「大丈夫じゃありませんわ!」
もう、どこから突っ込めばいいのか分からない。
とにかく、今の案はすべて却下しなければ大惨事になる。それだけは理解した。
すると今度はユナが得意げに胸を張った。
「こちらの結婚式はとても人気が高くて」
「結婚式に人気とかあるんですの?」
「こちらをご覧ください!」
「まずはプレミアムシート!新婦の表情がしっかりと見えます! 」
「こちらがVIP席!視線の死角がほぼ存在しません!」
「そしてこちらがプレミアムカップルシート!」
「結婚式にカップルシートって何ですの!?」
「すでに予約金は頂いていて、金額は……」
「すぐに返金してくださいませ!!」
その後も白熱の議論は続いた。
令嬢たちは図面を広げ、ユナは新しい見積書を書き始め、アレンは真剣な顔で修正案を考えている。
ルシアンは真剣に数式を書き込み、マリアベルは「怖いですわぁ❤️」と言いながら爆薬の配置案を眺めていた。
ロゼッタの悲鳴など誰も聞いていなかった。
誰一人として、止まる気がない。
(もう、好きにしてくださいませ……)
ロゼッタは遠い目になりながら机へ視線を落とした。
そこには大量の資料が積まれている。
修正の跡だらけの図面、何度も書き直された原稿、予算書や演出案――どれもこれも、自分のために作られたものだった。
きっと皆、方向性は盛大に間違っているけれど、本気なのだ。
(本当に困った人たちですわ)
普通の結婚式など、きっと最後まで出来ないのだろう。
けれど――
こんなにも真剣に、自分たちのために騒いでくれる人たちがいる。
それは少しだけ、嬉しかった。
だから結婚式の前、みんなへちゃんとお礼を言おう。プレゼントも渡そう。
今はまだ、内緒だけれど。
ロゼッタはそっと胸元を押さえた。
その頃、大広間の中央では。
「では新案ですわ!!」
「一度に全部やるのは難しいので、結婚式を全5回に分けて開催ーー」
「却下ですわーーー!!!」
ロゼッタの悲鳴が再び響き渡った。
ユナ「ちなみに現在の結婚式予算は、王城建設費用とほぼ同額です。」




