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理論は正しかった

アレン・ルーヴェルト

真面目で、優しく懐の深い、基本的に穏やかな、

論理系暴走機関車。


2人は気付けば長い時間話し込んでいた。

シャルロットは兄の話をし、ロゼッタは婚約者の話をした。


そして最後には、二人揃ってアレンの暴走に頭を抱えることになるのだから不思議なものである。

そんな王女シャルロットとのお茶会は、

予想していたよりもずっと穏やかなものになった。


もちろん最初からそうだったわけではない。


悪女と呼ばれたし、指も突きつけられたし、お兄様を元に戻しなさい!と泣きそうな顔で訴えられもした。


だが、話してみれば意外と気が合った。


シャルロットはこれまで誰よりも近くでアレンを見てきた人物だった。

小さな頃の話。

王子としての話。

兄としての話。

ロゼッタの知らないアレンが次々と語られていく。

話題は尽きなかった。


シャルロットは、兄と結婚できる女性は幸せ者だと思っていた。

そして今日話をして、シャルロットはふと気が付いた。


ロゼッタも、兄の話をしているとき幸せそうにしている。

そして同じように、兄がロゼッタのために奮闘しているときも、同じくらい幸せそうだった。


(なによ。お似合いなんじゃない。)


だから、別れ際にシャルロットは周囲を気にするように視線を巡らせると、

誰にも聞かれないように少しだけ声を潜めた。



「ロゼッタ様、お兄様には気を付けてくださいませ」

その真剣な声音に、ロゼッタは思わず姿勢を正した。



「最近、令嬢達を集めて何かしておりますの」

「ええ」



「ユナ商会とも頻繁にやり取りしていますの」

「ええ」



「しかも、とても楽しそうなんですの」

「ええ」



全部知っている内容。

というより、その現場に何度も居合わせている。



「きっと何か、企んでおりますわ」

「企んでおりますの?」

「ええ。」



本人も分かっていないからこそ、余計に不安なのだろう。

実際、ロゼッタも完全に理解しているわけではない。

虹、令嬢達、ユナ商会。


おそらく全部どこかで繋がっているのだろうが、その全体像は未だによく分からない。

だから念のため確認してみようと思ったのである。



そして迎えたアレンとのデート


王都の通りには多くの人々が行き交い、小さな子供達が笑いながら走り回っている。



そんな何気ない景色の中を、ロゼッタはアレンと並んで歩いていた。

他愛のない話を交わしながら過ごす時間は不思議と心地よかった。


思えば最初に出会った頃は、どこか警戒しているような目でロゼッタを見ていることが多かった。

だけどいつの間にか一緒にいる時間が穏やかなものに変わり、とても居心地がよかった。

シャルロットからの忠告。

聞かなければならないことは山ほどあるはずなのに、穏やかな時間を壊したくなくて、

ロゼッタはなかなか言葉が出てこなかった。



そんなことを考えていた時だった。

「ロゼッタ、少し付き合ってほしいところがある」



その視線の先にあったのは、王都でも有名な公園。

そして中央には大きな噴水があった。

「こちらですの?」

「ああ」


アレンはどこか期待を隠しきれていない表情を浮かべていた。

その顔を見た瞬間、ロゼッタは確信する。



何かある。

間違いなく何かある。



しかもおそらく、ろくでもない。

そんな予感を抱きながら、ロゼッタはアレンエスコートを受けて噴水の方へ歩き出した。


「少し準備がいるんだ。待っていてほしい。」

アレンはそう告げると控えていた侍従達に指示をはじめ、

そして辺りが次第に霧に包まれていく。


その時、ふわりと風が吹いた。

花びらが舞い上がる。

午後の日差し。

侍従が発生させた霧。

空にかかる虹。


それらが重なり合って、まるで絵画の中の景色のようだった。


アレンは思わず立ち止まる。

北部でユナから聞かされた演出論を思い出した。

けれど本当にそこまで変わるものなのかと思っていた。

だから、調べた。

本も読んだ。

資料も集めた。

実験もした。

虹がどの位置で最も美しく見えるのか。

霧はどの程度あれば景色を引き立てるのか。

花の配置はどうあるべきか。


そして今。

目の前に答えがあった。

ロゼッタの背後で虹が輝いている。


風が吹くたび花びらが舞う。

光を受けて髪がきらめく。


アレンは片手でそっと、目元を押さえた。

指の隙間から一筋だけ涙が落ちる。

光を受けてきらりと輝いた。


「……殿下?」

「理論は、正しかった」


絞り出すように出た第一声がそれだった。


「はい?」

「全部だ」


アレンは涙を目にためながら、必死に説明した。

「花の配置も、霧も、虹も、風向きも」

「予測した通りだった」


ロゼッタはよく分からなかったが、とりあえず頷いた。


アレンはもう一度ロゼッタを見る。

そのたびに胸の奥が妙に騒がしい。

理屈なら説明できると思っていた。

計算できると思っていた。

だが実際に目の前で見ると違った。

資料では分からない。

数字にもできない。

そんな感覚だった。


「予想より、ずっと綺麗だった」


この光景なのか、ロゼッタ自身なのか。

何がきれいなのか、アレン自身も上手く説明できなかった。


ロゼッタは急に胸の鼓動が早くなった。


そして次第に虹が消え始め、噴水の霧も少しずつ薄くなってく。


アレンはまだ「やはり理論は正しかった、なんて美しさなんだ。」と感動しているが

本当に分かっていないのだろうか


先ほどから平然と心臓に悪いことばかり言っている。

本人は研究成果の報告のつもりなのだからなおさら質が悪い。


「……殿下」

「なんだ」


「最近ずっと忙しそうですわね」

「そうかもしれない」


「ユナさんとも頻繁に会っていますし」

「会っているな」


「取り巻きの皆様も巻き込んでいますし」

「巻き込んでいるな」


「もしかして今日のため、ですの?」

ロゼッタは少し期待して尋ねた。

デートの演出のために頑張ってくれていたのなら。


とってもうれしい。


するとアレンは不思議そうな顔をした。


「いや。違うな」

違った。

ロゼッタは少しがっかりした。


「......結婚式の、ためだ」

「え?結婚式……?」


「あぁ」

「君と初めて顔を合わせてから、もう一年近い」

「結婚式まで一年を切った」


「そろそろ本格的な準備が始まるだろう」

そう言われてみれば、そうだった。ロゼッタは静かにアレンの話に耳を傾ける。


「人生で一番大切な日だ」

「どうしても、君を一番綺麗に見せたいと思ったんだ」

「殿下……」


「だから、調べた」

「え?」


「だから実験した」

「そして論文も書いた」


ロゼッタはちょっぴりあきれながら

でもアレンなりの不器用な、これが愛情表現かもしれないと、心が少し暖かくなった。


「ふふっ、普通の殿方はそこで論文を書きませんわ」

「そうなのか」


「だが、理論は間違っていなかった」

アレンのその目は、研究対象を見る目ではない。


もっと柔らかくて。

もっと優しい。


ロゼッタは思わず目を逸らした。

ずるいと思う。


「……ありがとうございます」

小さくそう呟く。


そして、虹が消え、水浸しになっている背景の噴水を背に


二人は並んで歩き出す

もうすぐ結婚式の準備が始まる。


まだ少し先だと思っていた未来が、急に近くなった気がした。

アレン「ところで次の実験だが」

ロゼッタ「まだありますの!?」

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