やっぱり辺境は怖いですわ
翌朝。
朝食の席で、ガイウスが豪快に笑った。
「せっかく来たのだ!親交を深めるために牧場にいこうではないか!」
「素敵ですわ❤️」
「牧場も近いですし」
「乗馬楽しそうですわ!」
エミリアとロゼッタが和やかに話していると、突然マリアベルが青ざめて震え始めた。
「まぁ……お馬さん......ですの?」
嫌な予感しかしなかった。
「大きな動物は、怖いですわぁ……」
「でも、乗馬は貴族のたしなみでは?」
「そんな!乗馬なんて恐ろしいことできませんわ!」
「危ないですわぁ!」
なお、公爵夫人である。
ロゼッタは今さらながら、自分の母親が貴族社会へ適応できているのか少し不安になった。
「だから、ロゼッタちゃんが北部へ来る時も、牛さんやお馬さんは全部どかしてもらいましたし❤️」
「……え?................……え?」
「ですから、お馬さんですわ❤️」
ロゼッタは混乱してしばらく言葉が出てこなかった。
頭の中では、点と点が猛烈な勢いでつながり始めていた。
Q)一人旅だったはずなのに、なぜママが道中の様子を知っているのか。
A)ついてきていた。
Q)「一人で行ってらっしゃい」とは?
A)私は一人だった。後ろに別動隊がいた。
Q)お兄様の「任せておけ」とは?
A)留守番ではなく護衛だった。
Q)なぜ牧場に牛も馬もいなかったのか。
A)怖かったからどかした。
なるほど。すべてがつながった。
全部、ママだった。
「ははっ」
もはや、ロゼッタの口からは乾いた笑いしか出てこなかった。
「あと、危ない岩山も撤去してもらいましたわ❤️」
「吊り橋も怖かったので新しい石橋に変えていただきましたわ❤️」
全部だった。
旅の途中で感じていた違和感の犯人は、全部マリアベルだった。
ガイウスが大笑いしている。
「はっはっはっは!!」
「豪快なご夫人だ!!面白い!」
「ははっ!安全な旅だっただろう!」
ヴィクトルも得意気にマリアベルの肩を抱いて笑っている。
「......旅の風情も、楽しみもありませんでしたけれどね。」
「それはそうだな」
「アレン様....」
ロゼッタは数少ない味方の登場に感動した。
「牧場も見られなかったのだろう?」
「景色も」
「ええ」
「なら、今日は全部見ればいい」
「え?」
「牛も馬もいる。素晴らしい景色もある。」
ガイウスが豪快に頷いた。
「うむ!」
「北部は逃げん!」
「見たいだけ見ていけ!」
「それもそうですわね」
「そういうことだ、旅の続きだと思えばいい」
アレンが優しくフォローしてくれたことが、ロゼッタはうれしかった。
一方、マリアベルはまだ青い顔で震えていた。
「でも、お馬さん大きいですのよ?怖いですわぁ……」
すると隣に座っていた辺境伯夫人リディアが、穏やかに笑う。
「大丈夫ですよ。何かあっても、必ず守りますから」
「以前も暴れた馬がいたのですが」
「まぁ」
「主人が捕まえましたので」
「それは頼もしいですわ❤️」
ロゼッタは少し首を傾げた。
「どうやってですの?」
辺境伯夫人は不思議そうな顔をした。
「どうやって?」
「ええ、普通に正面から」
ロゼッタは聞き間違いかと思った。
「......正面から?」
「ええ、馬も驚いておりました」
(そりゃそうですわ)
いまだに優雅に微笑んでいる夫人を見ながら、ロゼッタは心の中だけで呟いた。
「あと狼も里へ降りてきたことがありますが、それも主人がすぐに対応いたしました」
「それは......本当に危険なのでは?」
ロゼッタが震えていると、辺境伯夫人はふふっと軽やかな口調で続けた。
「主人が投げ飛ばしましたから大丈夫ですわ」
「はい?」
「谷の向こうまで」
「はい?」
「はっはっはっ!」
「二度と来なくなったぞ!」
「まぁ!頼もしいですわ❤️」
「ええ」
「ですから安心してください」
「安心しましたわ❤️」
「逆に怖いですわ……」
「そうか?」
マリアベルは心底安心したようにニコニコしているが、ロゼッタは安心できなかった。
むしろ話を聞くほど不安になる。
その様子を察したように、アレンが静かにロゼッタに微笑みかけた。
「大丈夫だ」
「アレン様?」
「私にも護衛はいる」
「それに、最低限の護身術も身につけている」
「まぁ」
「何かあれば守る」
あまりにも自然な口調だった。
だからこそ、ロゼッタは一瞬返事を忘れた。
「……はい」
「そういうことだ。安心して楽しめばいい」
ロゼッタの頬が少し熱くなる。
辺境一家の狂気の中で、その言葉だけは妙に普通だった。
そして一行は牧場へ向かった。
そこでふと、ローレンの姿がまたないことに気が付いた。
「そういえばローレン様は?」
「ルシアン様に連れて行かれましたわ」
「え?お兄様に?」
「ええ」
「なぜ?」
「さあ」
その時、森から悲鳴が聞こえた。
「嫌ですぅぅぅぅぅぅ!!」
「無理ですぅぅぅぅぅ!!」
ロゼッタは振り返る。
エミリアは優雅に微笑んでいた。
「大丈夫ですの?」
「たぶん」
そして、乗馬が始まった。
ロゼッタはアレンの前に座って2人で馬に乗っていた。
アレンの腕が自然とロゼッタを抱きしめる形になる。
(ち....近いですわ!)
馬が歩くたびに距離が縮まる気がした。
ロゼッタは顔が熱くなる。
一方その後ろでは、エミリアが馬を操って爆走していた。
ドドドドドドドドドド!!
馬が、速い。
異常に、速い。
バシュッ!!
矢がウサギに命中した。
バシュッ!!
つぎは鳥に命中した。
「流鏑馬ですわ.....」
一人だけ、競技が違った。
馬上で矢を放ち
障害物を飛び越え
さらに速度を上げている。
「心配ですわぁ」
「落ちたりしたらどうしましょう❤️」
マリアベルが胸に手を当てて心配そうにおろおろしていると、リディアがおっとりと微笑んだ。
「大丈夫ですわ。私も最初は心配でしたけれど、子供はいつのまにか、成長しているものですわ」
「でも、不安ですわぁ……」
「ふふっ。エミリアも昔は怖がって乗れませんでしたのよ」
「でも、信じて送り出したら、いつの間にか成長して戻ってくるのです」
「エミリアにもそのような時期があったのですね。何歳くらいの頃ですの?」
「......3歳ですわね」
ロゼッタは遠い目になった。
目の前では、エミリアが馬上から次々と標的を射抜いていた。
(辺境って怖いですわ……)
そして遠くの森から
「嫌ですぅぅぅぅぅ!!!」
ローレンの悲鳴がまた聞こえた。
誰も気にしなかった。
ルシアン
「こいつにはやはり才能があった」
ローレン
「怖かったですぅぅぅ……」
ロゼッタ
「何をしてますの。」




