可愛らしいヒロインになる予定だったのに!
花火大会の終了後。
会場では後片付けが始まっていた。
本来なら大成功の余韻に包まれているはずだった場所である。
辺境伯は、調査のためルシアンとヴィクトルを伴ってどこかに消えていった。
残されたロゼッタ達の間には、気まずい空気が漂っていた。
そんな空気を打ち破るように、のんきな声がした。
「実はわたくし、こちらに来る前に花火について調査させましたの❤️」
「調査……ですか?」
隣国の担当者、クラウス・ベルンハルトが弱々しくマリアベルのほうを見た。
「ええ❤️」
「ロゼッタちゃんから花火というものがあると聞きまして」
「はぁ……」
「どのようなものか調べさせましたの❤️」
クラウスは少しだけ元気を取り戻した。
(そうだ。この方はこの国の公爵夫人だ。ここで売り込めば挽回できるかもしれない)
(きっと今回の花火も残念に思っているはず、だから--)
「そしたら、爆発するそうなんですの❤️」
「はい?」
「怖いですわぁ❤️」
「はぁ……怖い、ですか?」
「ええ。みんなの上で爆発するんですもの。」
マリアベルはとても誇らしげに胸を張って答えた。
「だから、撃ち落とさせましたの❤️」
(だから......)
(撃ち落した?)
(だから.......?)
だからって何だろう。
クラウスは一瞬わからなくなり、しばらく瞬きを繰り返した。
理解が追いつかなかった。
「えっと。撃ち……落とした?」
「ええ❤️」
「花火を?」
「ええ❤️」
「花火大会で?」
「ええ❤️」
「えっと、全部?」
「ええ!もちろんですわ❤️」
ロゼッタは両手で顔を覆った。
聞きたくなかった。
クラウスはゆっくりと夜空を見上げた。
そこにはもう白煙すら残っていない。
憎らしいほど美しい、星空が広がっていた。
自分達が数か月かけて準備した花火。
技術者達の努力。
隣国との交流事業。
それが、すべて撃ち落とされた。
「みんなの安全を守り切りましたわ❤️」
クラウスは何とも言えない顔になった。
相手は隣国の、公爵夫人だ。
しかも善意100%。悪気のかけらも見当たらない、とても良い笑顔だった。
怒るべきなのか。
泣くべきなのか。
自分でも分からなくなっていた。
そこに、場を取りなすようにアレンが口を開いた。
「本来なら、美しい光が夜空を埋め尽くす素晴らしい技術だと聞いています」
「とても楽しみにしていました」
クラウスは、顔を上げると感動でしばらく言葉を失っていた。
それから深く頭を下げる。
「……ありがとうございます」
「本来なら、もっと綺麗だったのです」
本気で、気の毒になるほど落ち込んでいる。
「夜空いっぱいに白い光の花が咲く予定だったのです」
「白?」
「えっと、白だけですか?」
思わずユナが口を挟んだ。
全員の視線が集まる。
クラウスは不思議そうに首を傾げた。
「ええ。夜空で爆発すると、火は白く見えるのです。」
「えっと。色、つけられますよ?」
言った瞬間。
クラウスが固まった。
アレンも固まった。
エミリアも固まった。
ロゼッタだけがにこにことうなずいている。
しまった。
と思った時には、遅かった。
ユナは嫌な予感がした。
とても嫌な予感に、とっさにごまかそうと口を開く。
「あ、まだ火に色とかつけない感じですかね……ははっ」
「.........!?」
クラウスが口をぱくぱくさせて目を丸くしている。
「そんなことが可能なのですか!?」
「えーっと。まぁ。」
「本当に!?」
「本当です」
クラウスの目がみるみるうちに輝き始めた。
「ど、どうやって!?」
「炎色反応です」
「えんしょく……?」
聞き慣れない単語に全員が首を傾げる。
ロゼッタも詳しく知らなかったので首を傾けていた。
ユナはしまったと思った。
まただ。
また前世の危険物の知識が役に立ってしまった。
せっかく今世では可愛らしいヒロインとして生きる予定だったのに。
なぜ火薬の話ばかりなのだ。
「例えば、銅なら青緑」
「ストロンチウムなら赤」
「バリウムなら緑」
「ナトリウムなら黄色」
「青緑。赤。緑。黄色まで......」
「すばらしい!花火産業が変わります!!」
クラウスは目を輝かせて聞き入っていた。
「面白いな」
アレンも真剣な顔で聞き入っている。
エミリアですら興味深そうだった。
「面白くありません!」
ユナは思わず否定した。
するとロゼッタが不思議そうに首を傾げる。
「でも素敵ですわ❤️」
「素敵です!」
「やめてください!」
「素敵じゃ.....ありません。」
「綺麗な花火になりますのに?」
「なりますけど......」
「では、素敵ですわ❤️」
「もっと話を聞かせてください!」
理不尽だった。
泥臭い前世の知識、火薬や爆破演出の話などこの世界に持ち込みたくないと思っていたのに。
皆の期待に答えるように、つい演出の話にまで話題が及んでしまう。
花火との距離
ライトアップ
風向き
思わず語ってしまう自分がいた。
「まぁ❤️」
マリアベルのうるうるした声に、ユナは嫌な予感しかしなかった。
「爆発が、演出にも使えますの?❤️」
「いや。夫人はあまり使わないほうがいいかと……」
「なぜですの!?その美しい爆発の技術で、ぜひロゼッタちゃんを美しく演出したいですわ❤️」
ロゼッタは嫌な予感しかしなかった。
「お母様?」
「だって素敵ではありませんの❤️」
マリアベルは夢見るように両手を合わせる。
「いーっぱいの光に包まれて、ロゼッタちゃんが立っていたら、それはもう絵画のようですわ❤️」
「そうだわ!すぐにパパにもお伝えしないと❤️」
「お母様!?」
「また後でじっくりお話を聞かせてくださいませね~~❤️」
そう言うとマリアベルは、スキップするような軽やかな足取りで去っていった。
(いつか爆発の中心に立たされるかもしれない。)
ロゼッタが嫌な予感に頭を抱えていると、エミリアがそっと肩を抱いてくれた。
「ぜひ詳しく聞かせてください」
一方クラウスは興奮した様子で身を乗り出していた。
「色付きの花火など聞いたこともありません!」
「いえ、そんな大した話では……」
ユナは慌てて後ずさる。
「いや、大した話だろう」
静かに口を開いたのはアレンだった。
アレンは少し考えるように顎へ手を添える。
「花火そのものも興味深いが、それ以上に面白い」
「え?」
「花火だけでなく、演出まで考えられている。人が何を見て、何を美しいと思うか。そこまで考えているのだろう?」
「風向き、音、光、観察位置」
「面白い」
ユナは固まった。
そこは火薬よりも、もっと前世の仕事、映画の特殊効果スタッフに近い部分だった。
そしてアレンは、何かを思いついたようにクラウスへ向き直った。
「ところで」
「はい!」
「先ほど、小さな花火もあると言っていたがあれはまだ残っているか?」
「ありますが……?」
「少し譲ってほしい」
「もちろんです!」
「あと君も来てくれ」
アレンは当然のようにユナを見る。
「え?」
「詳しく聞きたい」
「嫌です!」
「なぜだ」
「なんとなくです!」
「そうか」
クラウスはさらに勢いよく頷く。
(この逸材を、絶対に逃がしてはいけない!!)
クラウスの勧誘に熱が入る。
「ぜひお願いします!」
「私と一緒に隣国で花火の研究を――」
「しません!」
「研究所も用意します!」
「嫌です!」
「利益配分は7対3で!」
「え....利益.....?」
「利益は半永久的に契約で保証します!」
「……え?」
「あなたの知識には、価値があります!!」
「え......」
二人はそのまま歩き出した。
そして当然のようにユナも引きずられていった。
「ちょっと、待ってください!」
「私は帰ります!イケメンを探さないと!!」
「5分だ」
「絶対5分じゃありませんよね!?」
声が遠ざかっていく。
ロゼッタはその背中を見送った。
アレンは楽しそうだった。
ユナもすごかった。
炎色反応も。
演出の話も。
ロゼッタには半分も分からなかった。
自分には分からない話で盛り上がるアレンたちの姿に、少しだけ、置いていかれた気がした。
「ロゼッタ様」
隣からエミリアの優しい声がした。
「少し寂しそうですわね」
「そ、そんなことありませんわ」
「そうですか?」
「そうですわ」
「でしたら、そういうことにしておきますわ」
逃がしてくれそうで、全然逃がしてくれない穏やかな笑顔だった。
「ユナ様、すごい方でしたわね」
「そうですわね」
「私にはよく分かりませんでしたけれど」
「私も半分くらいしか分かりませんでしたわ」
「でも......」
エミリアはアレン達の背中を見ながら続けた。
「殿下が興味を持ったのは、ユナ様ではなくお話の方だと思いますわ」
「そうでしょうか」
「ええ」
エミリアは迷いなく頷いた。
「それに、先ほどから殿下はロゼッタ様のことばかり見ておりましたもの」
「え?」
「気付いておりませんでした?」
「まったく」
「そうでしたの」
エミリアは少しだけ楽しそうだった。
「殿下は難しい話をしておりましたけれど、視線はずっと別の場所にありましたわ」
「別の場所?」
「ええ」
「ロゼッタ様です」
「そ、そんなことありませんわ」
だが言い返した声は、少しだけ弱かった。
クラウス「逸材を見つけました!女神です!絶対に帰しません!」
ユナ「だから!帰ります」




