穏やかな旅でした
「気を付けるのだぞ」
「楽しんできてくださいませぇ❤️」
北部への出発当日、ヴィクトルもマリアベルも笑顔だった。
「任せておけ」
ルシアンはほんの少し口角を上げ、優しい眼差しでロゼッタを見つめている。
(任せておけとはなにかしら......?)
(留守は心配するなということでしょうか)
ロゼッタは少しだけ首を傾げた。
「では、パパ、ママ、お兄様。行ってまいります❤️」
ロゼッタは満面の笑みで手を振った。
初めての旅行。
初めての北部。
初めての友達との約束。
初めて話した時には止められた。
出発前にも警戒はしていたのだ、もしかしたら止められるかもしれない。
最低でもものすごい数の護衛や、重装備を着せられて送り出されると思っていた。
だから少し意外だった。
お茶会の後はあれほど反対していたのに。
もしかしたら、この前の言い合いで少しだけ考えてくれたのかもしれない。
完全に納得したわけではないだろう。
それでも送り出してくれたのだ。
そう思ってロゼッタはご機嫌で馬車へ乗り込んだ。
そして、馬車が見えなくなった後。
ヴィクトル、マリアベル、ルシアンの3人はお互いの目を見合わせ、静かにうなずいた。
「第一班、追跡開始」
『了解』
「第二班、北ルートへ展開」
『了解』
「第三班、先行して危険箇所の確認を」
『了解』
「変装班は配置につけ」
『了解しました』
マリアベルは満足そうに頷いた。
「これで安心ですわぁ❤️」
馬車の中、ロゼッタは膝の上の観光案内冊子を開く。
旅行が決まってから、道中の名所を楽しみに付箋まで張って準備していたのだ。
「ふふふ❤️」
最初の見どころのページをめくる。
『岩峰街道』
『巨大な岩山が連なる絶景スポット』
パワースポットとしても有名で、巨大な岩が作り出す絶景は、まさに圧巻だと書いてある。
「もうすぐですわね❤️」
ロゼッタは窓から外を見る。
平地だった。
「……?」
もう一度冊子を見る。
『巨大な岩山』
外を見る。
平地。
「改修工事でしょうか?」
ロゼッタは納得した。
その頃。
『第四班より報告』
『岩峰街道の安全化完了 』
『岩石ゼロを確認 』
『ご苦労』
ルシアンが無線機をそっと置いた。
旅は順調だった。
『風渡りの吊り橋』
『渓谷を一望できる人気観光地』
「こちらも楽しみでしたの❤️」
渓谷の中、主張の少ない吊り橋のおかげで空中散歩を楽しむような圧巻の景色を堪能できる、こちらも人気のスポットだ。
ロゼッタは冊子を抱きしめる。
到着。
巨大な石橋。
装飾のない無骨で頑丈な石造り。
渓谷の景観は見事にさえぎられていた。
「……」
冊子。
吊り橋。
目の前。
無骨な石橋。
「頑丈に、なりましたのね」
ロゼッタは納得した。
『第三班より報告』
『橋の架け替え完了』
『安全性に問題なし』
『了解』
ルシアンが無線機をそっと置いた。
旅は順調だった。
『木苺の丘』
『季節の果実を楽しめる人気スポット』
街と街の間の休憩スポット、季節の果実を自由につまんで食べるのもまた人気だとパンフレットには書いてある。
「サクランボはあるのかしら❤️」
木ー-ゼロ。
木苺ー-ゼロ。
「.......収穫時期が、終わったのかしら」
『第二班より』
『毒見完了』
『果実撤去完了』
『異常なし』
『了解』
ルシアンが無線機をそっと置いた。
旅は順調だった。
『高原牧場』
『牛や馬とのふれあいが楽しめます』
ロゼッタは楽しみにしていた。
牧場。
牛ゼロ。
馬ゼロ。
「……」
ロゼッタは静かに冊子を閉じた。
『第一班より』
『大型動物避難完了』
『了解』
ルシアンが無線機をそっと置いた。
旅は順調だった。
しばらく行くと、ロゼッタの馬車の横を泣きながら歩いている小さな男の子がいた。
「どうしましたの?」
ロゼッタは馬車を止めさせて道端にしゃがみこみ、男の子に話しかけた。
「ままが……」
「はぐれちゃったの……」
「まぁ。それは大変ですわ」
「お名前は分かりますの?」
「ジャン」
その頃、馬車から少し離れた場所ではーー
『繰り返す』
『不明児童と接触』
無線機がけたたましく鳴っていた。
『年齢推定六歳』
『身元確認急げ』
『周辺警戒』
『スパイの可能性も考慮しろ』
『了解』
十数名が一斉に走り出した。
一方ロゼッタはジャンを馬車へ案内していた。
「私も北部へ向かう途中なんですの」
「大丈夫、きっと見つかりますわ」
その頃。
『対象児童名、ジャン』
『馬車への搭乗を確認!』
『警戒レベルを引き上げます!』
『母親確認中』
『父親確認中』
『祖父母確認中』
『近隣住民への聞き取り開始』
『第三班応援要請』
『了解』
窓の外を大人たちが凄い勢いで走っていく。
ジャンが目を丸くした。
「おまつり?」
「花火がありますもの、みなさん楽しみなんですのね❤️」
違った。
「実は私も楽しみなことがありますの」
「?」
「初めてできたお友達と会う予定なんですのよ❤️」
「ともだち?」
「ええ、とても優しくて素敵な方なんですの」
「それに」
「私の婚約者も、こちらへ来ると聞いておりますし」
「花火大会で会えるかもしれません」
「楽しみなことがたくさんですわ❤️」
男の子はにこっと笑った。
「いいなぁ」
「ふふふ❤️」
その時だった。
『母親発見!!』
遠くから叫び声が聞こえた。
『繰り返す!!』
『母親発見!!』
『危険性なし!!』
『対象ただの迷子!!』
『了解!!!』
ロゼッタは首を傾げた。
「賑やかですわね」
「そうだね」
そして
「ジャンーーー!!」
「ままーーー!!」
ロゼッタはほっと胸を撫で下ろした。
「よかったですわ❤️」
そして窓の外には
疲れ切ってボロボロになった護衛達。
別の馬車には、双眼鏡をもったマリアベル。
ヴィクトルは治安部隊の編成を終えたところだった。
ルシアンの目の下には薄く隈ができていた。
『ご苦労』
『北部辺境伯の屋敷到着まで残り約30分』
『警戒を怠るな』
『了解』
ロゼッタは冊子を閉じる。
少し変なところもあったけれど。
「ふふふ❤️」
パンフレットは全然あてにならなかったが、旅はとても穏やかだった。
もうすぐ、エミリアに会える。
パンフレット編集長「冤罪です!」




