第9話 ここは学校じゃない
映像編集の仕事に就くなら、どうせまた長い下積みから始まるのだろうと思っていた。朝早く出社して、掃除や雑用を覚えて、何年か経ってからようやく少しずつ編集に触らせてもらえる。そういう世界なのだと、勝手に身構えていた。
だから初日、僕は少し拍子抜けした。
「はじめまして。連絡をいただいた者ですが」
「ああ、応募してくれた学生の人。こっちへどうぞ」
僕はそのまま、パソコンの置かれた仕事机に案内された。人の話し声と電話の音が絶えず飛び交い、空気には古びた建物特有のくたびれた匂いが染みついていた。席に着くと、目の前に素材のテープが置かれた。
「これ、やってみて」
そんな感じだったと思う。
説明らしい説明は、ほとんどなかった。僕は、今からここで編集するのだとわかった。
最初に任されたのは、イベントの記録映像の編集だった。イベントを撮影した映像から、いらないカットを切り、順番につなぎ、必要に応じてテロップを入れていく。いきなり派手な演出を求められるわけではない。そのぶん、最初の仕事としては妥当だったのだろう。
それは、僕が生まれて初めて任された映像編集の仕事だった。
ただ、今と比べると、何もかもが不便だった。
当時は、業務用カメラでもSDカードを使う機材はまだ少なく、テープで収録された素材も多かった。そうした素材は、そのままパソコンに取り込めるわけではなく、いったんデッキにかける必要があった。そのやり方は学校で習っていたから何とか対応できたが、とにかく時間がかかった。
この会社で使っていた制作環境はAdobe製品が中心で、Premiere ProでいえばバージョンはCS5.5だった。
CS5.5のPremiere Proは、今のものとはまったくの別物だった。たとえば、自動文字起こしのような機能はなく、音声を何度も聞き返しながら、自分でテキストを打っていくしかなかった。
また、モーションロゴのような少し凝った表現を作る場合は、ロゴをPhotoshopやIllustratorで作成し、動きはAfter Effectsでつけていた。今のように、Premiere Proなどのノンリニア編集ソフトだけで編集が完結することはほとんどなく、作業ごとに分業されることも多かった。
その点でいえば、僕には大きな問題はなかった。ソフトは一通り扱えた。
けれど、ソフトを扱えることと、仕事ができることは、まるで別の話だった。
いらないカットはどこで切るのか。並べただけの映像を、どうすれば少しでも面白く見せられるのか。どういう色を使えば安っぽく見えないのか。
学校で教わったのは、ソフトの使い方や基本的な流れくらいだった。けれど実務では、そうした細かい判断の一つひとつが、すべてクオリティにつながっていた。
しかも、映像はジャンルごとに、何をどう見せればよく見えるのかが違う。ひとつのジャンルを長く作ってきた人には、そのジャンルならではの判断の蓄積がある。たとえ編集ソフトの操作だけなら僕の方が詳しくても、イベント映像としての仕上がりでは、先輩たちの方がずっと上だった。
僕は、気になったことを曖昧にしたまま進めることができず、先輩をつかまえては、その都度質問した。
「ここ、なんでこの順番なんですか」
「このカット、つながってはいるんですけど、なんか気持ちよく見えないのはなんでですか」
「このフォントだと、やっぱり変ですか」
すると、返ってくる反応は大きく二つに分かれた。
一方は、最初から教える気のない人たちだった。椅子に深くもたれたまま、面倒くさそうに言う。
「ここは学校じゃないんだから、そういうことは自分で調べて、勉強してから業務に入った方がいいよ」
その言い方には、こちらの疑問に向き合う気のなさが、そのまま出ていた。
でも、別の先輩は違った。手を止めてモニターをのぞき込み、少し考えてから言う。
「たぶんここはね、同じサイズ感のカットでつないでるから、メリハリがなく感じるんだよ。前のカットがバストショットなら、次はバストショット以外のサイズのカットを選ぶ、みたいに考えるといいかも」
そういう人の説明は、ちゃんと腑に落ちた。
この会社の人たちは、ほとんどが前者だった。つまり、教える文化がない。いや、もっと正確に言えば、教える気がない。
けれど、中には後者の先輩もいた。そういう人と話していると、会話の全部が勉強になった。僕はたぶん、彼らから見れば妙に食いつきのいい新人だったと思う。
もちろん、何から何まで教えてもらえるわけじゃない。先輩にも先輩の仕事がある。自分でどうにかするために、家に帰ってからも参考になる映像を探して、次の日また試した。そうやって、業務以外の時間までかなり勉強に費やした。




