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落ちこぼれだった僕が、売れっ子フリーランス動画クリエイターになるまで  作者: じょう
第3章 広場の映画館と裸の王様

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10/13

第10話 嘘のにおいがする会社

 春になり、学校の卒業のタイミングで、僕はバイトから正社員になった。

 やることは増えた。求められることも増えた。この頃には、イベントのオープニング映像やアタック映像の編集なども任されるようになっていた。

 ただ、当初の目的だった、公共の壁に映し出す映像――プロジェクションマッピングの仕事は、僕には任せてもらえなかった。というか、そもそもそういう案件自体が会社にほとんどなかった。求人ページに書かれていたことや、入社前に聞かされていた話との食い違いを、この頃から少しずつ感じ始めていた。

 そこでようやく、この会社のいちばん厄介な部分がはっきり見えてきた。

 社長だった。


「おはようございます」


「……俺、もともとSEやってん」


 朝、出社すると、珍しく社長の方が先に来ていた。なるほど、挨拶も返されないわけだ。みんな、社長の話をちゃんと聞いているふりをするのに必死だった。


「プログラムなんて、何でも組めたんや。あの頃、そんなんできるやつ、ほとんどおらへんかったんやで」


「へえー、そうなんですね」


 若い女子社員をつかまえては、得意げにぺらぺらと喋っている。


「それで俺、北朝鮮に仕事で連れて行かれそうになったこともあんねん」


「えっ、北朝鮮ですか?」


「そうや。あの頃、プログラムできるやつ少なかったからな。俺みたいにできるやつには、そういう話も来るわけや」


「すごいですね」


「でも俺は、そんなん嫌やったから逃げたんや。それで若い頃は、いろんな女の家を転々としてた。ほんま落ち着かへんかったで」


 よくそんなふうに、息をするみたいに嘘をつけるものだと思った。

 その話は、前に先輩から聞いた身の上話だったから、すぐに嘘だとわかった。正しくは北朝鮮ではなく韓国だ。「いろんな女の家を転々としてた」というくだりは、そのままではバレると思ったのか、適当に格好のつくデマカセを足したのだろう。

 そこまでわかるくらい、あからさまだった。

 人の身の上話を盗んで、それを自分の武勇伝みたいに語る。そんなことができる神経が、僕には理解できなかった。胸のあたりがざわついた。笑って合わせる気にもなれなかった。



「ジョウ、編集終わったんか?」


 話に一区切りついた社長が、今度は僕に声をかけてきた。


「いえ、まだなんですが、ほぼ完成してます。現段階で一度、見てもらってもいいですか」


 僕の仕事は、社長が受けてきた案件を回されることが多かった。それがいちばん厄介だった。

 社長は僕のモニターをのぞき込むと、すぐに言った。


「甘いな。最後、今みたいにあっさり終わらせんほうがええんや。オープニング映像はな、キラーンがあって、そのあとドカーンとかデデーンとかがあって、ドーンドーンって終わらせた方が面白いんや」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。


「……キラーンは、光る感じの何かですよね。ドカーンは爆発、ですか? デデーンっていうのは、どういう表現ですか?」


 社長は露骨に顔をしかめた。


「……なんでそんなこともわからへんねん。テレビ見いひんからそうなるんやで? テレビ見いひんと、一般的な感性がわからんようになるで。だいたい、お前のこれまでの人生は大層な人生でもないんやから、ネットばかり見てたら終わるで? コミュニケーションもろくにできへんのも、そういうところやねん。まずは俺みたいに垂れ流しでもええからテレビをよう見て、一般的な感性を身につけな、何の仕事もできへんようになるで」


 そう一気にまくしたてられた。

 たった一つの修正の話から始まって、いつの間にか僕の人生そのものにまでケチをつけてくる。そういう人間には、もう耐性があった。だから、そこはどうでもよかった。ただ、それより何より、結局どうしたいのかを具体的に言わないことの方が、ずっと苛立った。

 キラーンって何だ。ドカーンって何だ。デデーンって何だ。

 説明は、いつもこんなふうに曖昧だった。もちろん絵コンテなんてものはなく、全部口頭で済まされる。映像表現はいくらでも考えようがあるのに、オノマトペを多用したところで、イメージが伝わるわけではない。



 そのやりとりを、密かに見ていたのが先輩のノガミさんだ。

 社長が帰るなり、すぐに僕に話かけてくれた。


「ひどいな、あいつ。言ってること全然意味わかんないし、何もかもひどい。むかつかない?」


「…あ、いえ、まぁ」


 社内には、僕とノガミさんの二人だけが残っていた。こういうとき、ノガミさんは決まって僕に話しかけてきた。社長がどういう人間なのか、この会社にどんな裏事情があるのか。そういう話になることも多かった。

 僕は少し考えてから言った。


「まあ……結局、どうしてほしいのかがわからないのが、いちばん困ります」


「だよね」


 ノガミさんは、待っていたみたいにすぐ言った。


「ぺらぺらと、適当なことを際限なく話してくるでしょ。取引先もさ、社長のああいうハッタリを普通に真に受けるんだよ」


「……それで、こっちに来るんですね」


「そう。知らないことでも、できるかわからないことでも、平気で“あー、それね。簡単にできるよ”って言うから。言うだけ言って、あとは現場に丸投げなんだよ」


 ノガミさんは、机の上のペンを指先で転がしながら、吐き捨てるように言った。


「本来なら無理なことでも、社員がどうにかこうにか形にしなきゃいけない。終電を逃して、ソファをベッド代わりにして寝て、それでも朝になったらまた作業。そうやって、結局は現場が尻拭いすることになるんだよ」


 蛍光灯の白い光が、机の上だけを冷たく照らしていた。社長がいなくなったあとの社内は静かだったが、さっきまで浴びせられていた言葉だけが、まだ耳の奥に残っていた。


「でも、取引先からしたら、社長が全部まとめてくれてるように見えるんでしょうね」


「そうそう。実際に動いてるのは現場なのにね」


 ノガミさんは苦笑いを浮かべたあと、少しだけ真顔になった。


「ジョウくん、たぶんあの人と相性悪いと思うよ」


「……まあ、それはそうだと思います」


「真逆だもん。ジョウくんって、できないことをできるって言わないじゃん。わからないことも誤魔化さないし、ちゃんと調べて、できる形にしようとする。あの人は逆なんだよ。とにかく先に大きく言う。だから、ジョウくんみたいなタイプが評価されると、たぶん面白くないんだと思う」


 その言葉には、妙な説得力があった。



 僕は社長と真逆の人間だった。

 できないことがあれば、どうにかできるように自分で調べ、試し、形にする。誤魔化さない。見栄のために嘘を混ぜるくらいなら、黙って腕を磨いた方がいいと思っていた。そういう仕事への向き合い方を評価してくれる人もいた。特に、クライアント側の女性社員とは、信頼関係ができやすかった。

 先輩が担当していた案件の打ち上げに、全く関わっていない僕が呼ばれたこともある。あとで聞くと、その担当者が「ジョウさんも呼んでください」と言ってくれていたらしかった。


「『ジョウさんって、本当に頑張り屋ですよね』って、あの担当の人がまた言ってたぞ」


 そういう類のことを、何度か聞いた。

 でも、それを面白く思わない人間もいた。

 社長だった。

 社長は、人を落として自分を上げるという構造を、ほとんど無意識に使っていた。クライアントの前で社員の説明を途中で遮って“添削”したり、社員のミスをわざわざ外部に共有して、「自分が最終チェックしてます」と印象づけたりする。何か問題が起きても、自分の説明不足ではなく、現場の理解不足に変えてしまう人だった。

 僕も、その材料によく使われた。

 困ったのは、それをわざわざ僕に伝えてくる人間が何人もいたことだ。現場の休憩室で、あるいは仕事の帰り道や飲みの席で、声をひそめて言ってくる。


「さっき社長、またジョウさんのこと言ってたよ」


 社長のやり方をよく思っていないから教えてくる人もいれば、火を大きくしたくて面白がって伝えてくるクソ野郎もいた。類は友を呼ぶというが、まさにそういうことなのだと思った。そういう連中がいるから、こんな会社も成り立つ。世の中上手くできているものだと思った。



 そんなふうに、常に何かしらモヤモヤを抱えながらも、僕の仕事は増えていった。

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