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落ちこぼれだった僕が、売れっ子フリーランス動画クリエイターになるまで  作者: じょう
第2章 ノビタとスネ夫の学校

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第4話 叔父さんの背中

 いま振り返ってみると、僕の人生はずっと、あるひとつの幻想を壊され続けてきたのだと思う。環境を変えれば、すべてうまくいく。場所を移れば、息のしやすい世界が待っている。まともな人たちのいる場所に辿り着ける。でも現実は、だいたいいつも違った。場所を変えるたび、別の顔をしたクソ野郎が現れた。嘘はもっと上手な嘘に姿を変え、前より少しだけ見抜きにくくなって、同じようにそこに混ざっていた。

 その頃の僕は、まだそこまできっぱりとは認めていなかったけれど。



 当時、僕は映像編集スクールに通っていた。教室にはパソコンが何台か並んでいた。けれど、いつも全部が動いているわけではなくて、空いている席のモニターは黒いままだった。僕は先生のすぐそばで、マンツーマンで教わっていた。

 Premiere ProとAfter Effectsの使い方をひと通り教わり、最後に課題が出た。


 「題材は何でもいいので、一本、ちゃんと作品として仕上げてみましょう」


 先生はそう言って、それからひとつの案を出した。


 「友達と旅行に行くときに映像を撮って、帰ってきてから編集して、DVDにしてプレゼントしてみたらどうですか?」


 僕は素直に、それをやってみようと思った。



 旅行へ行く前に、いくつか番組を見て編集の勉強をした。ノートを開いたまま画面を見る。中でもいちばん参考になったのは「あいのり」だった。オープニングの入り方。ナレーションを差し込むタイミング。テロップの大きさや、出る速さや、画面の呼吸みたいなもの。そういう細かいところをじっと観察して、できる範囲で真似しながら編集した。



 完成したDVDは、郵送で田舎の友達に送った。数日して返ってきた反応は、予想以上というより、少し大げさなくらいだった。


 「え、これジョウが作ったの?」


 「すげえな!なんか番組みたいじゃん」


 でも僕は、そこで満たされなかった。

 嬉しくないわけじゃない。ちゃんと手応えもあった。けれど、それは何かの入口に立ったという感覚に近かった。扉が少しだけ開いて、その向こうにもっと深い場所があるのを見てしまったような感じだ。

 もっと知りたい、と思った。

 編集だけじゃない。企画も、構成も、撮影も、全部ひっくるめて映像制作というものを理解したかった。一本の映像が、どういう順番で、どういう考えで、どういう構造で出来上がっていくのか。そこを知りたかった。欲は、じわじわとではなく、わりと露骨な形で膨らんでいった。

 それを学べる場所はどこにあるのか。調べてみると、出てくるのは専門学校か大学ばかりだった。安価な私塾では、全体の流れをなぞるところまでならできても、腰を据えて専門的に学ぶとなると、結局そこへ行くしかなかった。

 そして当然のように、そこには大きな金が必要だった。

 僕には、その金がなかった。



 どうするべきかを考え始めた、その矢先だった。

 小さい頃からずっと可愛がってくれていた叔父さんが、急死した。心筋梗塞だった。

 僕は家を出て東京に来てから、ずっと実家に帰っていなかった。叔父さんにも、数年間会っていなかった。だからなのかもしれない。訃報を聞いても、しばらくは現実感がうまく追いつかなかった。頭では理解している。人が死んだ、という事実はわかっている。でも感情だけが、少し遅れて別の場所に取り残されている。

 そしてその遅れていたものが追いついた瞬間、堰が切れたみたいに全部が一気に押し寄せた。

 人が死んだ。

 あれだけよくしてくれた人が死んだ。

 そのことが、まともな形では受け止めきれなかった。悲しさで、ほんとうに気が狂いそうだった。



 叔父さんは学習塾の先生だった。中学生の頃、僕は無料で叔父さんの塾に通わせてもらって、勉強を教えてもらっていた。教室はいつも机がきちんと並び、黒板は綺麗に拭かれていた。夕方になると蛍光灯の白い明かりが部屋の隅まで落ちて、外が暗くなるほど、その場所だけがやけにはっきりして見えた。

 父の兄弟ではあったけれど、父とは違って、人をネチネチ責めるような人ではなかった。けれど、勉強を教えるときは厳しかった。教えたことを忘れていれば、甘やかさずにきちんと指摘する。怒鳴りはしない。でも、その厳しさにはいつも熱があった。

 人の器というものは、たぶん、楽な人生の中ではあまり育たない。削られたり、踏まれたり、理不尽な重みを背負わされたりしながら、それでも壊れずに残った部分が、あとになって器の形になる。叔父さんを見ていると、そんなふうに思えた。

 若い頃は、相当苦労したらしい。親が抱えた莫大な借金をひとりで背負って、牛乳一本で腹を満たすしかない日もあったと聞いた。

 それでも叔父さんは、地道に自宅で近所の子どもたちに勉強を教え続けた。気がつけば口コミで生徒が増え、塾は少しずつ大きくなっていった。最終的にはベンツを三台持つくらいまで、自分ひとりの力で事業を育てた。

 そういう経歴を、叔父さんは自分から誇らしげに語ることがなかった。ただ、そこにいた。黙って立っていて、それで十分だった。



 世の中には、自分の価値観を人に埋め込まずにはいられない人がいる。「立派な大人とは」「人生とは」みたいなことを、まるで自分が正解そのものだったみたいな顔で語る人たちだ。

 でも、そういう言葉は案外すぐに見抜ける。本人が格好悪いからだ。言っていることより、立ち居振る舞いのほうが先に嘘をばらしてしまう。

 叔父さんは違った。

 語らない。

 見せびらかさない。

 黙って背中で示す。

 そういう種類の、ほんとうに格好いい大人だった。

 不安があっても、それを抱えたまま静かに前へ進む。僕は叔父さんの生き方から、そういう流儀を勝手に学んでいたのだと思う。



 葬儀のあと、祖母が僕を気にかけてくれた。たぶん僕の顔は、かなりひどいことになっていたのだろう。祖母の部屋は線香の匂いがまだ薄く残っていて、湯のみの湯気が低く揺れていた。昔の話をしてくれたり、何も言わずそばにいてくれたりした。祖母なりのやり方で、僕の心がこれ以上崩れないよう支えてくれていた。


 「田舎に、いつでも帰っておいで」


 祖母はそう言った。


 「無理しなくていいんだよ。こっちに戻ってきても、何も困らない」


 僕はうなずいた。でも、そのあとで首を横に振った。畳の目を見たまま、一度だけ息を吸い込んでから言った。


 「ありがとう。でも……まだ東京で頑張りたい。映像制作を、もっと勉強したいんだ」


 祖母は少し不思議そうな顔をした。皺の深い目元が、ほんの少しだけ揺れた。


 「勉強って……仕事じゃなくて?」


 「今は勉強。ちゃんと学び直したい。専門学校に通おうと思ってる。でも、金がない」


 そこで一度言葉を切って、それから続けた。


 「だから新聞配達をやって、少しずつ貯めてるんだ」


 祖母はしばらく黙っていた。責めるでもなく、止めるでもなく、ただ考えている沈黙だった。そして小さく言った。


 「……そうか。体だけは、大事にしなよ」


 その声は、やわらかかった。祖母はいつも、僕の味方でいてくれた。

 僕はずっと、一人で絶望して、一人で生きているつもりだった。そう思い込むことで、なんとか自分を保っていた部分もあったのかもしれない。でも本当は違った。ちゃんと味方はいた。ずっと前から、ちゃんと。

 その事実は、凍りかけていた心を少しだけ動かした。

 今はつらい。でも、もう一度やれるかもしれない。

 そう思えた。



 ――しばらくしてから聞いた話だ。叔父さんは独り身だったから、遺産は祖母が相続することになったらしい。そして祖母は、その遺産から僕の専門学校の費用を出す、と言ってくれた。

 血というのは不思議だな、とそのとき思った。

 いや、もっと奇妙な言い方をすれば、叔父さんが少しだけ祖母の中に乗り移ったみたいにも思えた。もちろん、そんなことが本当にあるはずはない。遺書があったわけでもないし、叔父さんの意思が文字になって残っていたわけでもない。

 それでも、祖母が迷わずその金を僕の学費に充てたことに、叔父さんらしさの続きを見るような気がした。

 人を育てる。

 先へ進ませる。

 未来に使う。

 そういう輪郭だった。

 同時に、胸の奥が鈍く痛んだ。何年も会わなかった、その何年が、こんな形で返ってくるとは思っていなかった。会おうと思えば会えたはずだった。少なくとも、そのつもりではいた。いつでも会える、と。

 でも人は死ぬ。

 会えると思っていた時間は、永遠じゃない。

 そんな当たり前のことを、僕はそのときようやく、自分の身体の深いところで知った。

 だからせめて、この金は生きた金にしようと思った。

 もっと勉強する。

 もっとちゃんとした人間になる。

 祖母や叔父さんが、あいつに出してよかったと思えるような人間に、必ずなる。

 そうして僕は、映像の専門学校に通うことになった。


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