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落ちこぼれだった僕が、売れっ子フリーランス動画クリエイターになるまで  作者: じょう
第1章 逃亡とモニターの光

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3/7

第3話 モニターの光

 新聞配達の不規則な生活も重なって、心はどんどん病んでいった。音楽活動もうまくいっていなかった。バンドを組んでも数ヶ月で解散。理由は、だいたい『音楽性の違い』。


 「じゃあ、最初から言えよ」


 喉まで出た。出したところで空気が悪くなるだけだから、結局飲み込む。飲み込むたびに、体のどこかが重くなる。

 音楽は本来、楽しむためにあるはずだ。なのに僕の周りでは、楽しさより先に“線引き”が来る。ジャンルだの方向性だのメーカーだの、そういう言葉で区切っては、音楽を語りたがる。


 「音楽に国境なんてない」


 そう言ったミュージシャンがいた。なのに僕の周りの人間は、先に国境を引いて、その中で窒息している。言葉と行動が噛み合ってない。嘘っぽい。いや、嘘だ。

 嘘はいつもテレビの中から始まる。画面の中はいつもキラキラしている。高そうな衣装、整えられた笑顔、照明とカメラ。英雄でもないのに、英雄みたいな扱いをされて、キャーキャー言われている。


 「音楽に国境なんてない」


 また言ってる。

 かっこいいセリフだ。——でも嘘だ。お前らみたいなミュージシャンに憧れて音楽を志したやつらが、率先して「音楽性の違い」とか言い出して、先に国境を作る。

 嘘は嫌いだ。だから僕は、テレビを見なくなった。



 代わりに本を読むようになった。布団に半分沈んだまま、手垢のついた文庫本を何冊も読んだ。外は静かなのに、頭の中だけがうるさい夜には、文字を追っている時間だけ少し楽になれた。小説がほとんどで、その世界からインスピレーションを受けて曲を書いたりした。

 悲しいことや恐ろしいことを体験して、最後に報われて、安堵して涙が流れる。涙が流れるとき、心に溜まった毒が一緒に出ていくみたいで、妙に爽快だった。泣き終わった後だけは、胸の奥が少し明るくなる。

 うつの症状が完全に消えるわけじゃない。でも、さっきまでの重さが一段だけ軽くなる日があった。だから僕は、本を読むのをやめられなかった。



 そんな生活を続けていると、ある日、玄関のチャイムが鳴った。ネット回線の営業マンがやって来た。きっちりしたスーツ姿で、手にはバインダーを持っていた。作り慣れた笑顔だけが、妙に印象に残った。


 「こんにちは。回線のご案内で……」


 早口で、慣れた口調で、こちらに考える隙を与えない。


 「中古のパソコンをお譲りするので、ネット回線の契約をしませんか?」


 テレビから離れていたぶん、ネットの世界には興味があった。でもパソコンは高額だという認識もあって、自分には無縁だと思っていた。


 「無料、ですか」


 「はい。回線をご契約いただければ、こちらで——」


 言葉は丁寧なのに、動きは早い。“断らせない構造”が見える。ただ、本当に断った方がいいのかは半信半疑だった。その場では、「いったん保留にします」とだけ言って引き取ってもらった。



 何日か経って、また同じ営業マンがやって来た。


 「……じゃあ、お願いします」


 鬱でも、頭は正常だ。パソコンを得る。それは当時の僕にとって、まだ触れたことのない世界だった。未知は、踏み込むまで未知のままだ。踏み込んでみたら、何かが動くかもしれない。だから僕は、そこでしっかりと首を縦に振った。

 思えばこの瞬間が、この途方に暮れた人生を変える転機だったのかもしれない。



 そこから僕は、ネットの世界にどっぷりハマった。

 夜になると、暗い部屋の中でモニターだけが青白く光った。その光の向こうに、今まで知らなかった別の世界が開いている気がした。

 ニコニコ動画全盛期の時代。YouTubeは当時まだ全然有名じゃない。僕はニコニコ動画にハマった。

 画面の中には、テレビとは違う空気があった。整ってない。泥臭い。変なまま出てくる。でも、そこに嘘が少ない気がした。少なくとも、テレビの“キラキラ”よりは。

 その中でも特に、神聖かまってちゃんという若手バンドに強い刺激を受けた。独特な音楽に魅了されて、ニコ生配信も活動に取り入れている斬新さに心がくすぐられた。

 そして決定的だったのは、音楽だけじゃない。彼らは、ミュージックビデオも自主制作していた。

 ——バンドマンが自分たちで、映像を作ってる。

 衝撃だった。映像って、テレビの人間とか、映画の人間とか、そういう“別の世界”の人たちが作るものだと思っていた。機材も金も、技術も人脈も必要で、専門外の人間が触っていい領域じゃない——勝手にそう決めていた。なのに、曲を作って歌ってライブをやっている連中が、しっかりした映像まで自分たちで作ってる。


 「……え、できんの?どうやって?」


 思わず声が出た。その瞬間、胸の奥が熱くなった。僕はしばらく画面から目が離せなかった。嘘じゃない。本当に、作ってる。完成物がある。その事実が、頭の奥でずっと止まっていた何かを動かした。

 僕は音楽の才能がないかもしれない——そんなことに、薄々気づき始めていた。本気でやっても勝てない相手がいるかもしれない。もしそうなら、工夫しない限り勝てっこない。

 その工夫の具体が、目の前にあった。バンドマンが、自分たちで映像を作っている。その瞬間、糸口が見つかった気がした。


 「……俺も、作りたい」


 口に出した瞬間、さっきまで遠かった世界が、急に手を伸ばせば届きそうな位置まで近づいた。何も始まっていないのに、そこだけははっきり光って見えた。

 心臓が、どくん、どくんと鳴っていた。鼓動だけが先に走って、しばらく息が追いつかなかった。


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