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落ちこぼれだった僕が、売れっ子フリーランス動画クリエイターになるまで  作者: じょう
第4章 秘密のディズニーランド

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第14話 夜のディズニーランドで

 たぶん僕は、あの会社の空気から彼女をいったん連れ出したかったのだと思う。ほんの一日でもいいから、別の光と音の中へ連れ出したかった。



 翌日、ディズニーランドの入口近くで待ち合わせた。


「ごめん、ほんとにごめん!」


 僕は、大事な日に遅刻してしまった。前の晩、なかなか寝つけなかったのだ。思っていたより、この日を楽しみにしていたのかもしれない。寝る前までカトウさんとLINEしていたのも事実だけれど、そんなものは言い訳にはならない。ただ単に、僕が浮かれていたのだ。

 カトウさんは小さく笑って、「大丈夫ですよ」と言った。責める気配は少しもなかった。そういうところに、また救われてしまう。



 入園してすぐ、彼女は売店の前で立ち止まった。ミニーのカチューシャを手に取って、鏡にあててみて、それから僕の方を見た。


「これ、さすがに変じゃないですか?」


「いや、全然」


「ほんとですか?」


「うん。似合うと思う」


 彼女は少しためらってから、それを頭につけた。驚くくらい自然だった。僕は何かもう少しましな言葉を探したけれど、結局「いいじゃん」としか言えなかった。すると彼女は、少し照れたみたいに笑った。

 その日はよく晴れていた。どこを歩いても音楽が流れていて、甘い匂いがして、あちこちで誰かが笑っていた。そういう場所を歩いていると、会社のことを考える隙が少しずつなくなっていった。

 アトラクションの待ち時間も、不思議なくらい苦じゃなかった。むしろ、その時間の方がよかったのかもしれない。


「私、進撃の巨人のリヴァイ兵長が好きなんです。もう初登場のシーンから一目惚れでした」


「ああ、リヴァイね。そういうキャラクターが好みなんだ?」


「そうです。見た目も好みなんですけど、やっぱり中身が好きです。ああいうストイックで、人にも厳しいような見せ方をしておいて、実は誰よりも仲間思いで、仲間がピンチのときは絶対駆けつけて助けてくれて。背が低いのに人類最強の兵士って、ギャップも、何もかももうずるいです」


「たしかに、ずるいね」


「ですよね。ああいうキャラ、好きじゃない人いるのかなって思います」


 彼女は嬉しそうに笑った。好きなものの話をしているとき、人は少しだけ無防備になる。会社で見せる顔とは違う、その人らしさが、ふっと出る。僕はそういう瞬間が好きだ。



 夕方になると、園内の光は少しずつ色を変えた。昼の明るさがゆっくり薄れていって、そのかわりに柔らかい灯りがあちこちに浮かび上がってくる。夜のディズニーランドは、昼よりも照明や演出が際立ち、いっそう作られた世界に見える。世の中にはいろんな種類の嘘があるけど、現実を少しだけ忘れさせてくれる嘘なら、僕は嫌いではない。

 人の流れの中を歩いているときだった。少し混み合った場所で、カトウさんの肩が僕の腕に触れた。はぐれたら面倒だな、と一瞬思って、それからほとんど何も考えずに、僕は彼女の手を取った。

 一度つないでしまうと、自分でも驚くくらい自然だった。離れないように、という理由はたしかにあった。でも、たぶんそれだけではなかった。

 カトウさんは何も言わなかった。手を振りほどくこともしなかった。僕らはそのまま少し歩いた。僕の手の中にある彼女の手は、思っていたより小さくて、でもちゃんと生きた体温があった。

 そのぬくもりが、僕の背中を少し押した。

 僕は立ち止まって、彼女を見た。


「どうしました?」


「いや……ちょっと」


 言葉がうまく出てこなかった。こういうとき、夜景の話とか、今日がどれだけ特別だったかとか、気の利いた言葉で順序よく話せる人もいるのだろう。でも僕には、そういう器用なやり方は向いていなかった。

 少し考えてから、僕は言った。


「今日、来てよかった」


 彼女は僕を見た。


「はい。私も、すごく楽しいです」


「そうじゃなくて」


 自分でも、何を言おうとしているのか途中までよく分からなかった。ただ、言わないまま帰るのはもう無理だと思った。


「会社で見てるカトウさんも、もちろんカトウさんなんだけど、今日こうやって一緒にいて、ちゃんと笑ってるのを見たら、よかったなって思って」


 彼女は黙っていた。逃げるような顔はしていなかった。だから僕は、そのまま続けた。


「もっと一緒にいたい。これからもずっと」


 そこまで口にしたところで、胸の奥で何かが静かに定まった。もう次の言葉は決まっていた。僕はほんの少し息を吸って、それを外へ出した。


「好きです」


 口にしてから、ようやく自分が本当にその言葉を言ったのだと分かった。


「よかったら、付き合ってください」


 カトウさんは少し驚いたように目を見開いて、それから、ふっと笑った。会社で見ていた笑顔とは少し違っていた。誰かに合わせるためのものじゃなくて、もっと自然に、彼女の中から出てきた笑顔だった。


「……はい」


 それだけだった。でも、それだけで十分だった。

 そうして、僕らは付き合うことになった。

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