不安も期待もお腹も膨らんで行く日々
「はっはっふっふっ、ひっひっふー·····」
タッタッタッタッタッ·····
「おや町長んとこの娘さんじゃないか、朝からランニングかい?·····いやダイエットかい?」
「へほ?あっそうなんですよ!最近お腹が出てきちゃって····· ってちゃうわい!!悪阻がかなり落ち着いて動けるようになってきたんで運動してるんですよーっ!!」
「あらそうだったのかい、こりゃ失礼したわね」
妊娠19週目に差し掛かった私は、赤ちゃんのためにも運動した方がいいと聞いたので朝に軽くランニングをし始めていた。
·····んだけど、走るコースがいつもダイエットの時に走り回るコースだったので町民のオバチャンにまたダイエットだと勘違いされてしまった。
町長家の2人にそれぞれ子供ができたって結構ウワサになってたと思ったんだけどなぁ·····
「·····まぁ、ちょっと安静にしすぎて肉がついてきちゃったんで軽くダイエットするつもりだったんですけどね」
「あらあら、あながち間違ってなかったわね」
と言っても実は太ったのよね。
いやー、お腹の子がやたら大食いでカロリーめっちゃ消費するから調子乗ってバクバク際限なく食べてたら普通に太っちゃってさ·····
多分ほっとけば3日でガリガリになるくらいエネルギーを奪われてるんだけど、まぁ運動しておいて損は無いから動くのが厳しくなる時期まで続けようとは思っている。
ちなみにエビちゃんは妊娠30週目であと10週で出産予定で、お腹が大きくなって動くのが大変そうだし足元もうまく見えなくなったみたいなので運動するのはやめて、今は家で暇つぶしに聴覚が発達し始めて音が聞こえるようになった自慢の我が子に話しかけまくっている。
そんでウナちゃんは妊娠8週目で悪阻でダウンしてる所だ。
·····まぁ初日は元気なウェアちゃんが私のランニングに付き添ってたんだけど、よく考えたら意味が無い事に気が付いてその日のうちにやめてしまったので結局私一人で走っているのだ。
「さてと、そろそろ帰ろっかな」
「あら邪魔しちゃったわね、お疲れさん」
「はいはい~、よし、ざっと100kmくらい走ったからもういいかな」
「·····桁間違えてないかい?」
「1000kmは流石にお腹の子供に悪いんで·····」
「10kmの間違いじゃないかって思ったんだけどねぇ·····」
えっ?別に100kmくらいなら30分あれば終わる軽いランニングじゃないの?
流石に1000kmとなるとお腹の子への負担が酷くなるから私でもやらないわ、結構マジの全力ダッシュしなきゃ朝ご飯に間に合わないし流石にやらないなぁ·····
「まぁ満足できるまで走ったんでヨシですよ、ではまた~」
「はいよ、あまり無茶するんじゃないわよー」
そして私はオバチャンに別れを告げ、ついでに貰ってた旬の野菜をかじりながら、絶望の贅肉と幸せな膨らみが合わさって大きくなったお腹をさすりながら帰っていったのだった。
◇
「ただいまー、いやーよく走った」
「お疲れ様、今日もまた100キロ走って来たの?」
「うん、だってそれくらい走らないと走った内に入らないでしょ?」
「·····走り過ぎだとおもうけどなぁ」
家に帰ると早速愛しの旦那のフィーロ君が出迎えてくれて、早速文句を言われてしまった。
流石に走り過ぎかなぁ·····
町の外周を走ってるから途中で魔物轢き殺す事あるし·····
「まぁそこら辺は後でちゃんと考えるよ、ところでエビちゃんは?」
「そこに居るけど、どうしたの?」
「旬じゃないけどトマト貰ったんだけど食べるかなって」
『たべるのじゃー』
「はーい」
まぁそれは置いといて、エビちゃんにさっき貰ったお店に出せないけど普通に美味しい野菜を渡そう。
エビちゃんは元々野菜はそんな好きじゃなかったけど、妊娠してからはよく食べるようになったので野菜を貰ったら分けてムシャムシャ食べるのがいつもの恒例行事になっているのだ。
·····多分野菜が好きになったんじゃなくて、マヨ+龍丹の組み合わせが美味しすぎる上に、例の天空農園の野菜だから平気で食べられるようになったんだろうけどね。
まぁどっちにせよ野菜の栄養を好んで取るようになればOKだ。
「ふむ、今年もいい感じそうじゃのぅ、実が重くてズッシリしておるし魔力も豊富なのじゃ」
「だねぇ·····」
ちなみにこの世界のトマトは他の野菜に比べてはるかに多く魔力を蓄える特性があってかなり人気の食材で、トマト料理がめっちゃ多かったりする。
マヨラーとケチャラーが同じくらい居ると言えばどれくらい人気があるかわかるだろう。
ちなみに私はマカロニサラダの卵を全部トマトにしたヤツが好きだったりする。
トマトを雑に潰して茹でたマカロニにぶち込んでオリーブオイルと塩コショウと香草類を加えてケチャップ(濃)をブチ込んで完成という大胆な料理だ。
·····料理かなこれ?
まぁトマトは万能だし余ったらマカロニサラダにしたりドライトマトにしたり色々できるからいいや。
「あっ!ソフィちゃんわたしにもちょーだい!」
「おーウナちゃん、つわりは大丈夫なん?」
「だいじょーぶ!·····まぁ今あっちでウナが苦しんでるけど、たぶん大丈夫!·····ごめん大丈夫じゃないって」
「どっちなんだ····· まっいいや、はいどうぞー」
「ありがとー!!」
なにはともあれ、私たち妊婦3人は朝っぱらからディメンションルームのリビングでトマトをムシャムシャ食べるのだった。
◇
「おあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!!」
「大丈夫!?産まれる!?」
「産まれんわっ!!!足が、あしがぁ·····」
「うるさいのぅ·····」
今日はまた時間が空いて私は妊娠23週目、エビちゃんは妊娠34週目に差し掛かったとある日だ。
ちなみにこの前ついに悪阻から解放されたウナちゃんが国民に向けて妊娠した事を発表して、割と国中が大騒ぎになり始めている。
特に王都なんかは数日前からずっと祭りが開かれてて、更に国内外からご祝儀が届きまくって城もてんやわんやの大騒ぎになっているそうだ。
·····あとその時に王様が『そろそろ引退するか』とか『引退したらどこかの片田舎の鉱山町で隠居生活をしようか』とかめっちゃ不穏な事を言ってたけど気のせいだと信じたい。
あとあと、ウナちゃんが妊娠してから11週以上経ったけど吉報は無くてちょっとがっかりしたりもした。
えっ?
で?なんで私が苦しんでるのかって?
「あっ、足攣った·····」
「蹴るぞお主」
「やめて、マジやめて·····」
そう、私は足を攣ったのだ。
いやふざけてて足が攣ったわけじゃないんだよ?
私は妊娠23週目でお腹も大分大きくなって、私の娘もお腹の中でポコポコ蹴ってきたり動いたりするのを感じられる時期になってきたんだけどね?
そのぶんお腹が重くなってさ?なんか足腰に掛かる負担が変わったみたいで盛大に足を攣ったのよね·····
「おごご····· 腰も痛い·····」
「とっととマッサージチェアに座ってこい」
「へぁい·····」
その後、私はフィーロ君の助けを借りてなんとか足の攣りを歩けるレベルにまで回復して、最近はすっかり定位置になっているマッサージチェアへと向かったのだった。
◇
妊娠26週目
もうだいぶお腹もおおきくなってきて、少し動くのが厳しくなってきた。
多分どんどん大きくなっていくお腹の子供と子宮に内臓が圧迫され始めて、体が悲鳴を上げているのだろう。
·····ここ最近、時間が経つのが早い。
私の体感時間もそうだし、この1話の中だけでも1ヵ月近く連続で時間が飛び続けていてだいぶ早く感じる。
でも、その間は何も考えてないわけではないし、何もしていなかったわけじゃない。
小説に書かれていなくても、確かに私は、私の赤ちゃんはずっと成長し続けて、私は赤ちゃんを迎えるために日本でベビーグッズを買い集めたし、沢山色々な資料を読んで勉強もして、変化していく体に合わせるように自分の心も変えてきた。
「·····」
でも、やっぱり不安だ。
もう半年以上前になるけど、あの時私は『案ずるより産むが易し』って言った。
·····ホントにそうなんだけど、やっぱり覚悟が決まらないのは辛いし、母になる覚悟が決まらなくてずっとモヤモヤしている。
今もこうして、夜な夜な体に悪いのもわかっているのに日本で投稿するための小説に私の愚痴を書いてしまうくらい精神のコンディションは最悪だ。
ここまで書いて、私は嫌になってキーボードから手を離してだらりと椅子の背もたれに寄り掛かって脱力した。
「はぁ·····」
そして寝る事もできず、起きていても悪い事ばかり考えてしまって、どっちも出来なくて私はだいぶ疲弊していた。
だがそんな母の様子を知ってか知らないかわからないが、お腹の子供は時折モゾモゾと動いて呑気に胎児生活を満喫しているのを、すくすくと成長するのを宿主の私は嫌でも感じられた。
·····私がちょっとナーバスになってるのを感じ取っちゃったかな。
「どうしたの、お母さんは大丈夫だからね、産まれるまであと4ヶ月くらいだから時間はあるよ?もっとゆっくりお腹の中に居ていいし、ゆっくり休んでていいよ」
私はモゾモゾと動いて姿勢を変えてるような気がする自慢の娘をお腹の上から撫でてあげて、ちょっと頑張って優しい気持ちを混ぜた魔力を流し込んであげた。
するとしばらくして、お腹の中の住人は丁度いい姿勢を見つけたのか動き回るのを止めてしまった。
こうやって動いているのを感じると、健やかに成長してるんだなって感じられて安心するし、この体調の悪さもお腹の子供の為に私の身体が変化していってるから起きてるのだろう。
「·····成長できてないのは、私の心だけかな」
エビちゃんは妊娠37週目の臨月に入って、もうすぐ産まれそうだからいつ産気づいてもいいように実家の方で暮らし始めた。
この前会いにいったけど、だいぶお母さんらしい顔つきになっていてちょっと心がチクッとした。
ウナちゃんは悪阻の時期も何とか抜けて、ガイア様が作った魂を赤ちゃんが受け入れていた。
·····ちなみに、私の子ももうとっくに私が作った魂が入ってるけど、どんな魂にしたかはナイショだ。
そんな感じで、みんな心身ともに母親になるため頑張ってるのに、私は体しか成長してない。
まだ母になるって言うのがどういう事か理解できてないし、この子が産まれた後もちゃんと成長を促してあげられるか、この厳しい世界で幸せにしてあげられるのか、私はその子が自慢できるような母親になれるのだろうか。
·····そうなるためには、どうすればいいのか。
考えれば考えるほどわからないし、意味も分からず泣きたくなってくる。
「性転換した時は、上手くいったんだけどなぁ·····」
思えば、あれからもう16年····· いや、来週にはもう17年だ。
長いようで短いっていうけど、やっぱり17年は長い。
男だった私が、心まで女になってしまうくらいには長い年月だ。
「·····私、あのときみたいにちゃんと変われるのかな」
真っ暗な部屋は、寝室に置いてきた私の夫は、返事をしてくれなかった。
·····と思っていた。
『変われないんじゃなくてさ、受け入れられないだけだと思うよ』
「·····何しに来たんですか」
部屋にはいつの間にか、私を転生させた女神のガイア様がいた。
·····まぁ、精神状態が不安定になってたから落ち着かせに来たのだろう。
受け入れられないだけ、かぁ·····
「ちょっと悩んでるみたいだからね、お助け女神株式会社からの出張サービスの時間だよ」
「·····一人でいいですよ、どうせ答えも出ないのに、身体に悪いのもわかっていて夜更かしして、無駄に悩んでいたいだけなんで」
「ここ最近そうだよね、ずっと見てたよ?」
「·····なら放っといてくださいよ」
·····そう、私は意味もなく悩んで、母になるという事実を受け入れられない自分を責めてるだけだ。
こうしてガイア様がくるときは、いつもいつも的確に私が図星にしている所を突いてくる。
いい迷惑だ。
「キミはさ、昔から変化を受け入れたりするのって意外と苦手でしょ?」
「·····女性になるって決めた時は、すぐに決まりましたけどね」
「でもかなり覚悟を決めてからだったっしょ? それにフィーロ君との告白の時もさ、嫌われたらどうしようとかウジウジ思い悩んでたのも、今の心地よい関係が壊れるのが嫌だっただけでしょ?」
「·····あんまり事実ばっかり突き付けないでくださいよ、わかってても悩んでて辛いんですよ」
クレームや叱責は自分が変わるアドバイスに使えるって昔からポジティブには考えてるけど、いざ言われると、事実を突き付けられると、落ち込んでる時には流石に辛い。
ポルチーニの茎くらい図太い私の精神でもダメになるときはある。
そんな時に言われると流石にキツい。
それに、私だってイライラが貯まるし、キレたくもなる。
「でもさぁ?」
「うるさい、少しは1人にさせてくださいよ·····」
「·····もう一人じゃないってわかってるよね?」
·····そして、私だって堪忍袋の緒が切れることだってある。
「もう、もう、ウザイんだよ!私だって、悩んでるのに、答えも分ってるのに、受け入れられなくて、受け入れたくても出来なくて、どうしたらいいかわかんないだけなのに·····」
もう、限界だった。
悩んでも悩んでも、答えはわかってるのにたどり着けなくて、答えを受け入れられなくて、この子をが大好きで、楽しくて幸せな日々を送りたいのに、私の意地が、私自身が、そうなる事を拒んているのがもう限界だった。
私のお腹が大きくなると、周囲からの期待と希望はどんどん大きくなって、私は不安だけが大きくなって行って、でも、私が不安な顔はみんなに見せられないし見せたくない。
そんな日々をずっと送っていって、もう、限界が来た。
「·····全部知ってるんでしょ、アカシックレコードには、ガイア様の『インフィニティ』には過去も未来も平行世界の記録も、全部が記されてるんだから、·····だから、全部、ぜんぶ、教えてよ····· ねぇ、私、どうすればいいの?」
「·····はぁ、いつになく追い詰められてるね」
そりゃ母になるんだもん、覚悟が決まらないのに、その日は容赦なく近づいてきていて逃げられないんだから悩むし追い詰められるに決まってる。
「別に答えを出す必要なんてないよ、世の中には正解のない問題なんていくらでもある、沢山悩んで、好きなだけ悩んで、暴れたらいいさ」
「でもね、少しだけでもみんなに話すといいよ?·····みんな、私がこうなるのを理解してちゃんと送り出してくれるくらい優しいから、きっと聞いてくれるよ?ちゃんと話が聞けるうちにさ、ソフィたんはみんなと話せるんだからさ、相談していいんだよ?」
「·····私には、相談も雑談も出来るみんなが、もういないからね」
「·····経験者が言うと、違いますね」
「まぁね~、私としてはそうやって一人で悩めるのも、友達と大切な人と話し合えるのも幸せだとおもうけどなぁ」
「わかりましたよ、まったく、自分勝手な女神ですねホント」
「それは自分もそうなんじゃないの?まぁ自分勝手に生きられるっていうのは良い事だよ、ソフィたんももっと好き勝手して回りに迷惑かけていいよん」
「はいはい、んじゃお腹の子供にも悪いんでさっさと寝ますよ、だからさっさと帰れ」
「うひゃー、冷たいねぇ、まだ夏の終わりだよ?寒すぎない?」
「もう無視して寝ますね、一応眠気だけはあるんで」
「へぇい、んじゃまたね~」
私は席を立つと、夫の居るベッドルームへと向かった。
「·····今も昔も、どんな世界でも、1人が苦手なのは変わらないんだね」
ソフィが部屋を後にして誰も居なくなった部屋に響くその言葉は、すぐに夜の静寂の中に消えていった。
名前:ソフィ
ひと言コメント
「·····コレで良かったんだよね、私」




