番外編 伝説のしゃもじを四本も見つけたのに、一本も装備できなかった
魔王城へ向かう旅の途中。
俺たちは、山奥の小さな村に立ち寄った。
そこで、妙な噂を聞いた。
「この近くには、伝説の武器が眠る洞窟があるそうです」
ユウマが宿屋で手に入れた地図を広げる。
「伝説の武器?」
レイグが身を乗り出した。
「聖剣か?」
「分かりません。ただ、古代の勇者が使った武器だとか」
「ほう……」
レイグの目が輝いた。
俺も負けずに身を乗り出す。
「もしかして、伝説のしゃもじ?」
「そんなものが何本もあってたまるか!」
レイグが叫んだ。
しかし、地図の端には、こう書かれていた。
『四つの試練を越えし者、四本の伝説のしゃもじを手にする』
「……本当にしゃもじだった」
レイグが頭を抱えた。
俺は拳を握った。
「行こう!」
「なぜそんなに嬉しそうなんだ!」
「だって俺、今まで普通のしゃもじ一本で戦ってたんだぞ! そろそろ装備を更新したい!」
「普通のしゃもじで魔王軍の幹部を倒してる時点で普通じゃない!」
こうして俺たちは、伝説のしゃもじが眠る洞窟へ向かった。
第一の試練 炎のしゃもじ
洞窟の最初の部屋。
巨大な石台の上に、赤く輝くしゃもじが浮かんでいた。
『炎のしゃもじ』
壁には古代文字が刻まれている。
ユウマが読み上げた。
「炎の精霊が鍛えし究極の調理武器。その一振りは大地を焦がし、あらゆる敵を焼き尽くす……」
「おお!」
俺は歓声を上げた。
「かっこいい!」
レイグも感心している。
「炎属性の武器か。確かに強そうだ」
俺は石台へ近づいた。
しゃもじの周囲には炎が揺らめいている。
「よし、装備!」
柄を握った。
じゅっ。
「あっっっっっつ!!」
俺は飛び上がった。
「熱い! 熱い熱い熱い!!」
しゃもじを放り投げる。
炎のしゃもじは石床に突き刺さり、周囲の岩を赤く溶かし始めた。
「カイ! 手を見せろ!」
レイグが駆け寄る。
俺の手のひらは真っ赤だった。
ユウマが壁の続きを読む。
「ええと……『炎のしゃもじを握れる者は、炎そのものとなりし者のみ』」
「先に言え!!」
「今読みました!」
元王子が首を傾げる。
「でも、敵に当てれば強いんじゃない?」
「どうやって持つんだよ!」
ゲイルが真剣な顔で提案した。
「耐熱の手袋を使えばいい」
「おっ!」
俺たちは荷物から厚手の革手袋を取り出した。
もう一度、柄を握る。
ぼっ。
手袋が燃えた。
「手袋があああ!!」
俺は洞窟の水たまりへ手を突っ込んだ。
レイグが腕を組む。
「……次へ行こう」
「ちょっと待って! 伝説の武器なのに装備できないってどういうこと!?」
ユウマが記録帳に書き込んだ。
『炎のしゃもじ:攻撃力は非常に高いと思われる。装備すると使用者が先に焼ける』
「欠陥品じゃねえか!」
第二の試練 氷のしゃもじ
次の部屋は、真冬の雪山のように寒かった。
壁も床も氷に覆われている。
中央の石台には、青白く輝くしゃもじが浮かんでいた。
『氷のしゃもじ』
ユウマが説明を読む。
「氷の女神が生み出した究極の冷却武器。その一振りは炎を消し、海を凍らせる……」
「これなら!」
俺は目を輝かせた。
「さっきの炎のしゃもじを冷やせる!」
「二本同時に装備できればな」
レイグが言う。
「よし、まずこっちを装備!」
俺は氷のしゃもじを握った。
ぴきっ。
「つめたあああああ!!」
一瞬で指先が凍りついた。
「離れない! 手が離れない!!」
しゃもじが手のひらに張りついている。
「カイ! 無理に引っ張るな!」
ユウマが慌てて駆け寄る。
「どうする!?」
「温めればいい!」
元王子が叫んだ。
「さっきの炎のしゃもじを持ってこよう!」
「それ持つやつが燃えるだろ!!」
ゲイルが静かに剣を抜いた。
「腕を切り落とせば――」
「絶対やめろ!!」
スライムたちが俺の腕に集まり、少しずつ温め始めた。
数分後。
ようやくしゃもじが外れた。
俺は両手を抱えて震えていた。
「……死ぬかと思った」
レイグがため息をつく。
「今度は冷たすぎるのか」
ユウマが壁の続きを読む。
「『氷のしゃもじを握れる者は、永遠の氷に愛されし者のみ』」
「そんなやつ連れてこいよ!」
「連れてきたら洞窟ごと凍りそうですね」
ユウマが記録帳に書いた。
『氷のしゃもじ:攻撃力は非常に高いと思われる。装備すると使用者が凍る』
俺は叫んだ。
「伝説の武器って、使う人間のこと考えてないの!?」
第三の試練 くさやのしゃもじ
三つ目の部屋。
扉の前に立った瞬間、ゲイルが足を止めた。
「……待て」
「どうした?」
「敵がいる」
レイグが剣を抜く。
「どこだ?」
「分からん。だが、恐ろしく危険な気配がする」
俺たちは慎重に扉を開けた。
その瞬間。
むわっ。
「…………」
全員が止まった。
次の瞬間。
「くっっっっさ!!」
俺は鼻を押さえた。
「何これ!? 何が腐ってるの!?」
ユウマが涙目になる。
「こ、これは……強烈ですね……!」
元王子は壁にもたれた。
「王城の厩舎でも、こんな臭いはしない……」
レイグが震える声で言った。
「敵の毒ガスか……?」
中央の石台。
そこに、茶色く輝くしゃもじが浮かんでいた。
『くさやのしゃもじ』
「名前からして嫌な予感しかしない!!」
ユウマが壁の説明を読み始める。
「古代の漁師が生み出した伝説の武器。その臭気は魔王すら退け、あらゆる生物の戦意を奪う……」
「確かに戦意なくなるわ!!」
俺は鼻をつまんだまま叫んだ。
「でも、敵にも効くなら強いんじゃないか?」
レイグが言う。
「問題は装備できるかどうかだ」
俺たちは顔を見合わせた。
誰も動かない。
「……カイ」
「何?」
「勇者だろ」
「こういうときだけ勇者扱いするな!」
仕方なく、俺は石台に近づいた。
一歩。
臭い。
二歩。
もっと臭い。
三歩。
「……うっ」
目から涙が出た。
しゃもじに手を伸ばす。
その瞬間。
猛烈な臭気が鼻を突き抜けた。
「おえええええ!!」
俺は後ろへ倒れた。
スライムが受け止める。
ぷるん。
しかし、そのスライムまで震えている。
「スラ!? お前まで!?」
ぷるぷるぷるぷる。
ピカウルフはすでに洞窟の外へ逃げていた。
鼻の利く狼には耐えられなかったらしい。
ゲイルが真剣に呟いた。
「……これは危険だ」
「お前がそんな顔するの初めて見たぞ」
「敵として出会っていたら、俺は逃げていた」
「最強の剣士を逃走させるしゃもじ!?」
ユウマが記録帳に書き込む。
『くさやのしゃもじ:敵味方を問わず戦闘不能にする。装備前に使用者が敗北する』
俺は鼻を押さえた。
「……これ、魔王に投げつければ勝てるんじゃない?」
レイグが即答した。
「魔王城に入る前に俺たちが全滅する」
「ですよね!」
第四の試練 汚物のしゃもじ
最後の部屋。
俺たちは扉の前に立った。
「……もう帰らない?」
俺が提案する。
「ここまで来たんだ。最後ぐらい見よう」
レイグが言った。
「そうですよ。今度こそ使える武器かもしれません」
ユウマも期待している。
ゲイルが扉を開けた。
ぎぎぎ……。
そこには、巨大な石台があった。
石台の上には、黒茶色のしゃもじが一本。
周囲には謎の液体が滴り、得体の知れないものがこびりついている。
そして、壁に刻まれた文字。
『汚物のしゃもじ』
「…………」
俺たちは黙った。
長い沈黙。
最初に口を開いたのは元王子だった。
「……帰ろうか」
「そうだな」
レイグが頷く。
「ちょっと待て!」
俺は叫んだ。
「説明だけでも読もう!」
ユウマが嫌そうな顔で壁を見る。
「ええと……『古代の汚泥王が生み出した禁断の武器。その一撃はあらゆる防御を無視し、敵の精神を破壊する』」
「強いじゃん!」
「ただし……」
「ただし?」
ユウマが続きを読んだ。
「『この武器を装備した者は、永遠に汚物の勇者として語り継がれる』」
「嫌だよ!!」
レイグが俺を見る。
「カイ。お前の出番だ」
「なんで!?」
「勇者だから」
「さっきも聞いた!」
ゲイルがしゃもじを観察する。
「……攻撃力だけなら、四本の中で最強かもしれない」
「本当か?」
「ああ。防御不能の攻撃は脅威だ」
俺は少し考えた。
伝説の武器。
最強の攻撃力。
魔王にも通用するかもしれない。
……しかし石台の上で、謎の茶色い液体が一滴落ちた。
ぽたっ。
俺は一歩下がった。
「……無理」
「勇者だろ」
「無理なものは無理!」
「世界を救うんじゃなかったのか?」
「世界は救う! でも、あれは持たない!」
ユウマが微笑んだ。
「では、装備画面を確認しましょう」
「装備画面?」
ユウマが古代の石板に触れた。
空中に文字が浮かび上がる。
装備確認
汚物のしゃもじ
伝説級
攻撃力:測定不能
この武器を装備しますか?
はい
いいえ
俺は即座に「いいえ」を選んだ。
すると空中に、真っ赤な文字が浮かんだ。
それを装備するなんてとんでもない!
「ゲームのシステムにまで拒否された!?」
ユウマが腹を抱えて笑い始めた。
「はははは! 装備画面の意味がない!」
元王子も笑っている。
「伝説の武器なのに、誰も装備できないんだ!」
レイグが真顔で言った。
「いや、待て。逆に考えろ」
「何を?」
「誰も装備できないから、今まで伝説として残っているんじゃないか?」
「……あ」
全員が黙った。
妙に納得できる説だった。
そして、いつものしゃもじに戻った
洞窟を出たころには、すっかり夕方になっていた。
俺は腰に差した、いつもの木のしゃもじを取り出した。
どこにでもありそうな、白っぽい木製のしゃもじ。
炎は出ない。
氷も出ない。
臭くもない。
汚れてもいない。
「……やっぱり、これが一番だな」
レイグが頷く。
「少なくとも安全だ」
ユウマが笑った。
「しかも、これまで魔王軍の幹部を何人も倒していますからね」
元王子が言う。
「伝説の武器より強い普通のしゃもじって、何なんだろうね」
ゲイルが静かに答えた。
「……使い手の問題だろう」
「おっ! 今ちょっと褒めた?」
「褒めてはいない」
「そこは褒めろよ!」
俺たちは笑いながら街道を歩いた。
その夜。
焚き火の前で夕食を作っていると、ユウマが記録帳を開いた。
「今回の探索結果をまとめました」
「聞かせて」
ユウマは真顔で読み上げる。
「炎のしゃもじ。熱すぎて装備不能」
「うん」
「氷のしゃもじ。冷たすぎて装備不能」
「うん」
「くさやのしゃもじ。臭すぎて装備不能」
「……うん」
「汚物のしゃもじ。汚すぎて装備するなんてとんでもない」
「最後だけ説明が雑!!」
レイグがため息をついた。
「結局、何も手に入らなかったな」
「いや」
俺はしゃもじを持ち上げた。
「大事なことが分かった」
全員がこちらを見る。
「どんなに強い武器でも、使えなきゃ意味がないってことだ」
「……珍しくまともなことを言うな」
レイグが感心した。
俺は続けた。
「あと、しゃもじは清潔なのが一番!」
「結局そこか!!」
全員のツッコミが夜空に響いた。
そのとき俺のしゃもじが、ほんの一瞬だけ銀色に光った。
だが、誰も気づかなかった。
俺も気づかなかった。
この何の変哲もない木のしゃもじこそが、四本の伝説のしゃもじよりも、はるかに重要な役割を持っていることを・・・。
それを知るのは、もう少し先の話だった。
――もっとも、くさやのしゃもじだけは、魔王ですら恐れるかもしれない。




