番外編 伝説の防具を手に入れたら、勇者の尊厳がなくなった
伝説のしゃもじを四本も見つけたのに、一本も装備できなかった。
あれから三日。
俺たちは魔王城へ向かう街道を歩いていた。
「……なあ、レイグ」
「何だ」
「俺、そろそろ防具が欲しい」
レイグが足を止めた。
「お前、今まで防具なしで戦っていたのか?」
「一応、服は着てるぞ」
「それは防具じゃない!」
「でも、洗濯すると防御力が回復する」
「しない!」
ユウマが地図を広げた。
「ちょうどいいですね。この先に、伝説の防具を扱う店があるそうですよ」
「伝説の防具!?」
俺は目を輝かせた。
「今度こそ当たりだ!」
ゲイルが静かに言った。
「……嫌な予感がする」
「お前、前回もそう言ってたな」
「前回は当たった」
「それはそう!」
俺たちは街道沿いの小さな町へ向かった。
第一の防具 絶対に壊れない鎧
店の主人は、白い髭を生やした老人だった。
「よく来たな、若き勇者よ」
「おお! 伝説の武具屋っぽい!」
「我が店には、世界でも珍しい防具が揃っておる」
老人は奥から銀色の鎧を運んできた。
『不壊の鎧』
「この鎧は、いかなる剣でも傷つけられん。魔法も弾く。竜の炎にも耐える」
「すげえ!」
レイグも感心した。
「それなら前衛で戦えるな」
俺はさっそく鎧を装備した。
がしゃん。
「……おお」
体が銀色に輝く。
見た目は完全に勇者だった。
「どうだ!」
俺は胸を張った。
「似合ってるじゃないか」
元王子が拍手する。
ゲイルも頷いた。
「防御力は申し分ない」
「よし! これにする!」
俺は一歩踏み出そうとした。
……動かない。
「……あれ?」
もう一度。
ぐぐぐ。
「……動かないんだけど」
老人が頷いた。
「当然じゃ。その鎧は重量八百キロある」
「八百キロ!?」
レイグが叫んだ。
「防御力を極限まで高めた結果じゃ」
「動けなきゃ意味ないだろ!」
老人は首を振った。
「いや、動く必要はない」
「え?」
「敵が諦めるまで、その場で耐えればよい」
「それ戦闘じゃなくて置物!!」
結局、俺はスライムに鎧を脱がせてもらった。
脱ぐだけで三十分かかった。
ユウマが記録帳に書き込む。
『不壊の鎧。防御力は最高。移動速度ゼロ』
「装備すると地蔵になる防具なんて聞いたことない!」
第二の防具 絶対に攻撃が当たらない靴
老人は次に、金色の靴を取り出した。
『神速の靴』
「これを履けば、あらゆる攻撃を回避できる」
「おお!」
俺は靴を履いた。
ぴかっ。
足元が光る。
「よし、試してみよう」
レイグが木の棒を構えた。
「軽く振るぞ」
「来い!」
レイグが棒を振った。
その瞬間。
ひゅん!
俺の体が勝手に横へ動いた。
「おおお!」
「速い!」
元王子が歓声を上げる。
レイグがもう一度棒を振る。
ひゅん!
また避けた。
「すげえ! これなら無敵じゃん!」
俺は大喜びした。
しかし
一匹の蚊が飛んできた。
ぷううん。
ひゅん!
俺の体が勝手に動いた。
「え?」
蚊が追いかけてくる。
ぷううん。
ひゅん!
「ちょっと待って!」
蚊が右へ。
ひゅん!
蚊が左へ。
ひゅん!
「止まれえええ!!」
俺は店内をものすごい速度で走り回った。
棚を避ける。
椅子を避ける。
店主を避ける。
そして、窓から飛び出した。
がしゃーん!
「カイ!?」
レイグたちが外へ飛び出す。
俺は街道を全力疾走していた。
いや正確には、靴が勝手に走っていた。
「誰か止めてえええ!!」
ゲイルが追いかけてくる。
「靴を脱げ!」
「速すぎて手が届かない!」
ユウマが叫んだ。
「スラ! 足元を塞いで!」
スライムが街道いっぱいに広がる。
ぷるん。
俺はそこへ突っ込んだ。
しかし
ひゅん!
靴がスライムまで回避した。
「味方まで避けるなあああ!!」
結局、ピカウルフが俺の上着をくわえ、空中へ持ち上げた。
ようやく止まった。
……と思った瞬間。
靴が空中で猛烈に足踏みを始めた。
「まだ走る気かよ!!」
ユウマが記録帳に書き込む。
『神速の靴。あらゆる攻撃を回避する。ただし蚊も回避する。使用者の意思は無視』
レイグがため息をついた。
「……普通の靴に戻せ」
「俺もそう思う」
第三の防具 敵を威圧する兜
店に戻ると、老人が三つ目の防具を用意していた。
『覇王の兜』
黒い角が二本生えた、恐ろしく立派な兜だった。
「この兜を装備すれば、周囲の者は恐怖に震える」
「いいじゃん!」
俺は兜をかぶった。
ずしっ。
「……おお!」
鏡を見る。
強そうだ。
ものすごく強そうだ。
「どうだ、レイグ!」
レイグが俺を見る。
「……ぷっ」
「え?」
ユウマも口元を押さえた。
「ふふっ……」
元王子は肩を震わせている。
「何!? 何がおかしいの!?」
ゲイルだけは真顔だった。
「……確かに威圧感はある」
「だろ!?」
「ただし、別の意味でな」
「どういう意味!?」
俺はもう一度鏡を見た。
その瞬間。
兜の角が、ぴょこん、と曲がった。
「……え?」
さらに。
ぽよん。
角が揺れた。
「何これ!?」
老人が説明した。
「その兜は、敵の恐怖を増幅するため、着用者の感情を外見に反映する」
「……つまり?」
「嬉しいと角が跳ねる」
ぽよん!
「悲しいと角が垂れる」
しゅん。
「怒ると角が震える」
ぷるぷるぷる。
「感情が全部バレるじゃねえか!!」
レイグが腹を抱えた。
「はははは! お前、今すごく怒ってるぞ!」
「分かるだろ!」
ぽよん! ぷるぷる!
「角が忙しい!」
元王子が笑いすぎて座り込んだ。
ユウマが記録帳に書き込む。
『覇王の兜。敵を威圧するはずが、着用者の感情を実況する』
俺は兜を脱いだ。
「もう嫌だ!」
角が最後に一度だけ、しゅん、と垂れた。
「脱いだあとまで落ち込むな!!」
第四の防具 伝説のパンツ
老人は最後に、木箱を取り出した。
「これが我が店の最高傑作じゃ」
「……まだあるの?」
「もちろん」
箱の蓋が開く。
中には、黄金色に輝く一枚のパンツが入っていた。
『勇者の聖なるパンツ』
「…………」
全員が黙った。
俺は老人を見た。
「……これ、防具?」
「そうじゃ」
「パンツだよね?」
「そうじゃ」
「どこを守るの?」
「勇者の最も大切なものじゃ」
「説明が雑!!」
老人は胸を張った。
「このパンツは、あらゆる呪いを無効化する」
「えっ」
ユウマが目を輝かせた。
「それは本当に強力ですね」
「毒も防ぐ」
「すごい!」
「精神攻撃も防ぐ」
「最強じゃん!」
「さらに、装備者の防御力を十倍にする」
「今度こそ当たりだ!!」
俺はパンツを受け取った。
「よし、装備!」
俺は試着室へ入った。
数分後
「……装備できた!」
俺は外へ出た。
「どうだ!」
レイグが首を傾げる。
「普通に見えるな」
「まあ、服の下だからな」
元王子が言った。
「今度こそ問題なさそうだね」
そのとき老人が説明を続けた。
「ただし、一つだけ注意がある」
「……何?」
「そのパンツは、危険を感じると自動的に防御形態へ移行する」
「防御形態?」
「うむ」
老人は笑った。
「全身を包み込むのじゃ」
「……え?」
レイグが試しに木の棒を構えた。
「軽く叩いてみるぞ」
「おう!」
棒が振り下ろされる。
その瞬間。
ぱああああっ!
俺の体が黄金色の光に包まれた。
そしてパンツが巨大化した。
「……え?」
腰から上へ。
ぐんぐん伸びる。
胸を覆う。
肩を覆う。
頭を覆う。
最後に、顔の部分だけ穴が開いた。
俺は巨大な黄金のパンツに全身を包まれていた。
「…………」
レイグが固まった。
ユウマが固まった。
元王子が固まった。
ゲイルが固まった。
俺は震える声で聞いた。
「……俺、今どうなってる?」
レイグが口を開いた。
「……パンツだ」
「え?」
「巨大なパンツが歩いてる!!」
「うわあああああ!!」
俺は鏡へ走った。
そこには。
黄金色に輝く、巨大なパンツ人間がいた。
しかも。
頭の上には、パンツのゴム部分が王冠のように乗っている。
「何だこれえええ!!」
元王子が床に崩れ落ちた。
「ははははは! 勇者じゃない! パンツ王だ!」
ユウマも涙を流している。
「だ、だめです……! 防御力十倍……! 見た目の防御力ゼロ……!」
レイグは壁を叩きながら笑っていた。
「お前! その姿で魔王城へ行け! 戦わずに勝てるぞ!」
「絶対嫌だ!!」
ゲイルだけが真顔だった。
「……防御力は本物だ」
「そこ評価しなくていい!!」
「俺の剣でも傷つかないかもしれない」
「試すなよ!?」
「……だが」
ゲイルは少し考えた。
「その姿で戦場に立てば、敵味方の士気に重大な影響が出る」
「どういう意味!?」
「敵は混乱する」
「うん」
「味方は笑って戦えなくなる」
「最悪じゃねえか!!」
最後の試練 パンツが脱げない
「もういい! 脱ぐ!」
俺は試着室へ戻った。
……しかし。
脱げない。
「……あれ?」
引っ張る。
ぐぐぐ。
びくともしない。
「ちょっと待って」
老人が説明書を開いた。
「おお、書いてあるぞ」
「何て!?」
「『防御形態は、周囲の危険が完全に消えるまで解除されない』」
「……つまり?」
「危険がなくなれば戻る」
「ここ、武器屋だよね?」
「そうじゃ」
「武器いっぱいあるよね?」
「そうじゃ」
「危険だらけじゃねえか!!」
俺たちは慌てて店の外へ出た。
しかし、街道には馬車が走っていた。
危険。
森には魔物がいた。
危険。
空には鳥が飛んでいた。
危険。
「鳥まで危険判定なの!?」
ユウマが説明書を読む。
「『頭上から落下する物体を自動検知』……鳥のフンも危険扱いみたいですね」
「防御性能が細かすぎる!!」
結局、俺たちは町外れの草原へ向かった。
誰もいない。
魔物もいない。
馬車もいない。
「よし!」
俺は両手を広げた。
「危険ゼロ!」
ぱあああっ!
黄金の光が消えた。
パンツが元の大きさに戻る。
「やったあああ!!」
俺は歓声を上げた。
レイグたちも安心した。
そのとき
ぷううん。
一匹の蚊が飛んできた。
ぱああああっ!!
巨大な黄金のパンツが復活した。
「蚊あああああ!!」
レイグが地面を転げ回った。
ユウマは笑いすぎて声が出ていない。
元王子は涙を拭いている。
ゲイルが静かに言った。
「……神速の靴と組み合わせれば、蚊への対策は万全だな」
「お前まで変な提案するなあああ!!」
結局、普通の服が一番だった
夕方。
俺たちは武具屋へ戻った。
老人にパンツを返す。
「……返品します」
「お気に召さなかったか?」
「性能は最高です」
「ほう」
「でも、俺の尊厳が死にます」
老人は残念そうに頷いた。
「そうか。残念じゃ」
ユウマが記録帳を開いた。
「今回の成果をまとめましょう」
「もう嫌な予感しかしない」
「不壊の鎧。防御力最高。動けない」
「うん」
「神速の靴。回避力最高。蚊からも逃げ続ける」
「うん……」
「覇王の兜。威圧力最高。感情が角に全部出る」
「……うん」
「勇者の聖なるパンツ。防御力最高。装備者がパンツになる」
「最後だけ職業変わってる!!」
レイグが笑いながら言った。
「結局、何も買わなかったな」
「いいんだよ!」
俺はいつもの服を見下ろした。
普通の上着。
普通のズボン。
普通の靴。
そして、腰には木のしゃもじ。
「……これが一番落ち着く」
元王子が頷いた。
「そうだね。カイはカイのままがいいよ」
ゲイルも静かに言った。
「……見た目より、中身が大事だ」
「おっ! いいこと言うじゃん!」
「ただし」
「何?」
「パンツ姿のお前は、忘れられそうにない」
「忘れろおおお!!」
俺の叫び声が、夕暮れの街道に響いた。
そして、その夜。
俺たちは宿屋で夕食を食べていた。
すると、隣の席の冒険者が話しかけてきた。
「なあ、聞いたか?」
「何を?」
「今日、この町に新しい伝説の勇者が現れたらしいぞ」
「……へえ」
「黄金に輝く鎧をまとい、どんな攻撃も通さない最強の勇者だそうだ」
「…………」
「人々はその勇者を、こう呼んでいる」
俺は嫌な予感がした。
冒険者は誇らしげに言った。
「黄金のパンツ勇者!!」
ぶふっ!!
レイグがスープを噴き出した。
ユウマが机に突っ伏した。
元王子が腹を抱えた。
ゲイルは顔を背けた。
肩が震えている。
「……ゲイル?」
「……何だ」
「お前、今笑ってる?」
「……笑っていない」
「絶対笑ってるだろ!!」
そのとき、宿屋の主人が俺を見た。
「あれ? お客さん、もしかして……」
「違います!!」
「まだ何も言ってませんよ?」
「違いますからあああ!!」
こうして俺は、魔王を倒す前に、新たな称号を手に入れてしまった。
『黄金のパンツ勇者』
……頼む。
せめて、しゃもじ勇者と呼んでくれ。
・追加エピソード
魔王城へ向かう旅の途中。
俺たちは、森の奥にある古い遺跡を発見した。
「……宝箱だ」
レイグが呟いた。
「宝箱!?」
俺は飛び上がった。
「ついに来た! 冒険者らしいイベント!」
「お前、今まで何をしていたつもりだ?」
「しゃもじで戦ってた!」
「それは知ってる!」
遺跡の中央には、大きな金色の宝箱が置かれていた。
宝石が埋め込まれ、いかにも高価そうだった。
ユウマが慎重に調べる。
「……魔法の罠がありますね」
「罠?」
「ええ。開けた人間に、何らかの呪いがかかるようです」
俺は腕を組んだ。
「つまり、開けなきゃいいんだな」
「その通りです」
「よし、開けよう!」
「話聞いてた!?」
レイグが叫んだ。
「だって宝箱だぞ!?」
「だから何だ!」
「宝箱は開けるためにあるんだ!」
ゲイルが静かに言った。
「……その理屈なら、墓も掘るためにあることになる」
「嫌な例えをするな!」
元王子が宝箱の横に刻まれた文字を見つけた。
『この宝箱を開けし者、七つの試練を受けるべし』
「七つの試練か……」
レイグが眉をひそめる。
「戦闘か?」
「分かりません」
ユウマが首を振る。
俺はしゃもじを構えた。
「大丈夫! 何が出ても戦う!」
そして
ぱかっ。
宝箱を開けた。
中には、一枚の紙が入っていた。
『おめでとうございます! あなたは呪われました!』
「……え?」
次の瞬間。
俺の頭の上に、巨大な文字が浮かんだ。
《呪い発動:本音が全部声に出る》
「……何これ?」
レイグが心配そうに聞いた。
「大丈夫か、カイ?」
「大丈夫だよ」
俺は答えた。
その直後、口が勝手に動いた。
「でも正直、お前の説教って長いんだよな」
「…………」
レイグが固まった。
俺も固まった。
「……今の、違う!」
さらに口が動く。
「あと、剣を磨いてる時間が長すぎる。剣と結婚すればいいのに」
「カイ!!」
「違うんだあああ!!」
ユウマが腹を抱えて笑い始めた。
「はははは! 本音が全部出てます!」
俺はユウマを指さした。
「お前も笑うな!」
しかし
「ユウマって遊び人のくせに、誰よりも仕事してるよな。もう遊び人じゃなくて事務員だろ」
「…………」
ユウマの笑顔が止まった。
元王子が吹き出した。
「事務員! 確かに!」
俺は元王子を見た。
「お前もな!」
「え?」
「王子なのに旅費の計算ばっかりしてるし、姉さんに逆らえないし、もはや王族というより経理担当だろ!」
「俺まで!?」
ゲイルが静かに言った。
「……恐ろしい呪いだな」
俺はゲイルを見た。
「お前はな!」
「……何だ」
「無口でかっこいいと思ってるかもしれないけど、たまに発言が物騒すぎるんだよ! 何でも腕を切り落とそうとするな!」
「…………」
ゲイルは少し考えた。
「……気をつける」
「反省するのかよ!!」




