第六十八話 最後の戦いで、しゃもじが世界を繋いだ
決戦前、俺は通信石へ声を届けた。
「聞こえますか。カイです」
少し間があって、たくさんの返事が返ってきた。
『北方城塞、聞こえるぞ!』
『魔王領の村、準備できています!』
『王都の研究所、測定器正常!』
俺は息を吸った。
「今日は、みんなの力を借ります。でも、無理はしないでください。危なくなったら、すぐに手を離して」
『勇者様もね!』
声がした。
「……はい!」
みんなが笑った。
ユウマが最後の数値を確認する。
「全地点、接続良好です」
元王子が頷いた。
「撤退路も確保した。いつでも動ける」
レイグは剣を抜き、静かに息を吐いた。
「今回は、俺が前を守る」
姫が拳を構えた。
「私もよ」
ゲイルが言った。
「お前が迷ったら、声をかける」
「頼む」
魔王は空を見上げた。
「……私は長く、一人で世界を守ろうとしてきた」
俺は頷いた。
「今日は、違いますね」
「ああ」
魔王は俺たちを見回した。
「頼む」
たった二文字の言葉だった。
でも、以前の魔王なら言わなかっただろう。
しゃもじを掲げた。
「任せてください。……いや、一緒にやりましょう」
魔王は小さく笑った。
「そうだな」
山頂から、ヴァルザードの声が響いた。
『準備は終わったか』
俺は顔を上げた。
「待たせたな!」
スラが足元で跳ねる。
ぷるん。
「お前も準備できた?」
ぷるん!
「よし」
俺は一歩前へ出た。
最後の戦いが始まる。
国境の山は、黒い亀裂に覆われていた。
ヴァルザードは山頂に立ち、折れた槍を空へ向けている。
『来たか、調律器の持ち主よ』
俺はしゃもじを掲げた。
「今度は、折れてないぞ!」
巨人は目を細めた。
『……多くの流れを宿したか』
「そうだ。みんなで直した」
『愚かな。
異なるものは、いずれ争う』
「争うこともあるよ」
俺は答えた。
「でも、話し合うこともできる」
ヴァルザードが槍を振った。
大地が裂け、黒い波が押し寄せる。
「第一陣、支柱を起動!」
元王子の声が響く。
王国と魔王領の工兵たちが、同時に装置を動かした。
青い光の柱が立ち、黒い波の進みを遅らせる。
「レイグ、姫!」
俺が叫ぶ。
二人が左右から駆け出した。
レイグの剣が槍を受け、姫の蹴りが巨人の膝を狙う。
『小さき者どもが!』
ヴァルザードが腕を振る。
ゲイルが割り込み、二人を守った。
「……今度は、一人で勝とうとしない」
彼は笑った。
「俺たちで勝つ」
ユウマの声が通信石から響く。
『鎖の位置、確認! 右肩です!』
魔王が両手を広げた。
黒い魔法陣が巨人を囲む。
「ヴァルザード。世界をほどくことは許さぬ」
『お前も、世界の形に縛られている』
「そうかもしれぬ。だが、私は選んだ」
魔王の声が強くなる。
「守ることを」
巨人の動きが一瞬止まった。
「カイ!」
俺は駆け出した。
しゃもじを右肩の鎖へ当てる。
きぃん。
白い光ではなく、いくつもの色の光が広がった。
王国の青。
魔王領の赤。
森の魔物たちの緑。
そして、俺たちの小さな光。
「……みんな、少しずつでいい!」
通信石の向こうで、たくさんの声が返ってきた。
『了解!』
『こっちは任せろ!』
『無理はしない!』
光の糸が、世界中の測定器へ伸びていく。
ヴァルザードが叫んだ。
『なぜだ! 異なる流れは、必ず衝突するはず!』
「衝突するよ!」
俺は叫び返した。
「だから、調整するんだ!」
しゃもじをゆっくり回す。
一つに混ぜない。
消さない。
違う色を、違うまま繋いでいく。
巨人の鎖が光った。
だが、そこでヴァルザードが槍を逆手に握った。
『繋がるなら、断てばよい』
槍の先が地面を貫き、遠くの測定器が一つ、赤く点滅した。
『西の中継所、過負荷!』
「切り離して!」
俺が叫ぶ。
『でも、ここを切れば全体の出力が……』
「人が先だ! 機械はまた作れる!」
一瞬の沈黙。
続いて、接続が切れる音がした。
光が弱まる。
ヴァルザードの腕が自由になり、魔王を吹き飛ばした。
「魔王!」
『私に構うな! 次の手を!』
元王子が地図を広げた。
「東の予備線を使う。北方の工兵、応答しろ!」
『待ってたぜ!』
親方の声が返ってきた。
『このために夜通し橋の下へ線を通したんだ!』
ユウマが息を呑む。
「予備線、接続成功! 負荷を各地点に分散します!」
「みんな、ありがとう!」
俺はしゃもじを握り直す。
ヴァルザードはまだ諦めない。
鎖を引きちぎろうと、巨体をねじった。
ゲイルが駆け込み、その腕を剣で受ける。
姫が反対側から踏み込み、レイグが傷ついた足で鎖の輪を押さえた。
「お前ら、無茶するな!」
「お前が言うな!」
三人の声が重なった。
俺は笑いそうになった。
怖い。
誰かが倒れるのも、世界が消えるのも。
だからこそ、ひとりで終わらせない。
「ヴァルザード! お前も聞け!」
俺は叫んだ。
「世界が壊れるのが怖いなら、壊れないようにする方法を一緒に探せ!」
『……そんなものがあるはずがない!』
「ないなら作るんだよ! 今日みたいに!」
そこから、古い記憶が流れ込んできた。
原初の世界。
形のない混沌。
そして、初めて大地が生まれた日。
ヴァルザードは、世界が形を持つことを恐れていた。
形があれば、いつか壊れる。
ならば、最初から形などなければよい。
「……怖かったんだな」
俺は呟いた。
『何?』
「壊れるのが怖かったんだろ」
巨人の動きが止まった。
俺は続けた。
「でも、壊れるかもしれないからって、最初から全部なくすのは違う」
しゃもじの光が強くなる。
「直せばいいんだ。壊れたら、またみんなで!」
ヴァルザードの鎖がほどけた。
黒い波が止まり、空の亀裂がゆっくり閉じ始める。
巨人は膝をついた。
『……これが、調律か』
俺は頷いた。
「そうだよ」
『我は、世界を恐れていたのか』
「たぶんね」
ヴァルザードは長く沈黙した。
やがて、槍を地面へ置いた。
『……ならば、見届けよう。
お前たちが、どこまで繋げるか』
黒い鎧が光となり、山の奥へ消えていく。
空の亀裂は、完全には消えなかった。
でも、広がるのをやめた。
俺はしゃもじを下ろした。
「……終わった?」
ユウマが測定器を確認する。
「世界の崩壊速度、ゼロです!」
レイグが笑った。
「勝ったな」
姫が拳を上げる。
「みんなでね!」
ゲイルは静かに空を見た。
「……やっと、自分で選んだ戦いが終わった」
魔王は俺の隣へ立った。
「カイ。礼を言う」
俺は笑った。
「礼なら、みんなに言ってください」
魔王は頷いた。
遠くで、王国と魔王領の兵士たちが歓声を上げていた。
しゃもじを見た。
「世界を救ったのが、しゃもじか」
レイグが笑う。
「お前らしいだろ」
「まあ、そうだな」
俺は空を見上げた。
青空が戻り始めていた。
戦いのあと、俺たちは山の麓へ戻った。
避難していた人たちが、遠くから手を振っている。
「勇者様!」
「魔王陛下!」
「姫様!」
声が重なった。
俺は思わず笑った。
「……みんな、呼ぶ相手が違うな」
ユウマが頷く。
「それでいいんですよ」
レイグは包帯の巻かれた腕を押さえた。
「俺は少し休む」
「やっと休む気になったか!」
姫が笑った。
ゲイルは子どもたちに囲まれていた。
「剣、見せて!」
「……危ない」
「じゃあ、持つだけ!」
「……それも危ない」
俺は笑いをこらえた。
あのゲイルが、子どもに困っている。
少し前なら考えられなかった光景だ。
俺はしゃもじを腰へ差した。
白い表面には、みんなの色が残っている。
世界は今日で終わらなかった。
でも、まだ直す場所がある。
「……帰ろう」俺が言うと、レイグが笑った。
「まず飯だな」「賛成!」俺たちは、いつものように腹を空かせて山を下りた。




