第六十三話 武器がない勇者に、仲間が作戦を持ってきた
翌朝、俺は避難所の隅で目を覚ました。
机の上には、折れたしゃもじの柄。
昨日のことを思い出し、胸が重くなる。
「……おはよう」
誰にともなく言うと、スラが跳ねた。
ぷるん。
「お前は元気だな」
扉が開き、ユウマが大きな紙束を抱えて入ってきた。
「カイさん、作戦会議です」
「……俺、しゃもじ使えないぞ」
「知ってます」
「だったら」
「だから、別の方法を考えました」
ユウマは机に図面を広げた。
魔力を測る器具。
各地へ送る通信石。
スライムの移動経路。
全部が線で繋がっている。
「これ、何?」
「世界の魔力を分散させるための、仮の網です」
元王子が続けた。
「王国の工兵が支柱を作る。魔王領の研究者が測定器を設置する。各地の住民は、無理のない範囲で魔力を支える」
「でも、しゃもじがない」
「中央で一度に整える必要はない」
ユウマが言った。
「小さな場所を、それぞれが少しずつ整えればいいんです」
レイグが椅子に座った。
「俺は護衛をする」
ゲイルも頷く。
「俺は魔力の流れを感じ取れる。危険な場所を探す」
姫は地図を指差した。
「私は王国側の協力者を集めるわ」
俺はみんなを見回した。
「……じゃあ、俺は?」
ユウマが笑った。
「みんなの話を聞いて、必要な人を繋いでください」
「それって、勇者の仕事なのか?」
レイグが答えた。
「お前が今までやってきたことだろ」
俺は言葉に詰まった。
確かに、そうかもしれない。
スライムと人間。
王国と魔王領。
ゲイルと仲間たち。
俺は、違うものを無理に同じにせず、繋ごうとしてきた。
「……やってみる」
作戦会議のあと、俺は一人で外へ出た。
夜の風は冷たい。
しゃもじの柄だけを持つと、手が妙に軽かった。
「……これで戦えって言われてもな」
足元にスラが来た。
ぷるん。
「お前、俺が弱くなったと思う?」
ぷるん。
「どっちの返事だよ!」
スラは俺の靴にくっついた。
俺はしゃがみ込んだ。
「……一緒にいてくれるんだな」
ぷるん。
そこへゲイルが来た。
「眠れないのか」
「ちょっとな」
ゲイルは隣へ座った。
「俺は、命令核を失ったとき、空っぽになると思った」
「……そうだったのか」
「でも、違った。何をするか、自分で決められるようになった」
俺は柄を見た。
「俺も、しゃもじがなくなったら何も残らないと思った」
「残っている」
「何が?」
「俺たちだ」
ゲイルは静かに答えた。
「お前が助けた者が、ここにいる」
俺は言葉に詰まった。
「……ずるいな、そういうの」
「何がだ」
「格好よすぎる」
ゲイルは困ったように笑った。
「お前に教わっただけだ」
俺は空を見上げた。
亀裂はまだ消えていない。
でも、今夜は少しだけ眠れそうだった。
翌朝、避難所の子どもが俺に小さな木片を渡した。
「これ、しゃもじの代わり!」
木片には、下手な絵が描かれていた。
「……ありがとう」
俺は受け取った。
「これで魔王を倒して!」
「いや、魔王とは今、協力してるんだ」
「えー!」
子どもは目を丸くした。
俺は笑った。
「世の中、いろいろあるんだよ」
木片を袋へしまう。
本物のしゃもじじゃなくても、誰かの気持ちは受け取れる。
そのことが、今の俺には嬉しかった。
その日の午後、俺たちは最初の試験を行った。
小さな村の井戸を中心に、三つの測定器を置く。
魔力の流れが乱れた場所で、住民たちが自分の意思で器具へ触れた。
誰か一人が強い力を出す必要はない。
一人ずつ、少しずつ。
水面が静かになった。
「……成功?」
俺が尋ねる。
ユウマは数値を確認した。
「少なくとも、井戸の周囲は安定しました」
村人たちが拍手した。
俺は思わず笑った。
「しゃもじなしでも、できた!」
そのとき、スラが井戸の縁へ登った。
ぷるん。
「お前も頑張ったな」
レイグが笑った。
「最初から、お前の力だけで勝ってきたわけじゃない」
俺は頷いた。
「……そうだな」
夜、元王子が王国と魔王領へ同時に報告を送った。
『強制調律を使わず、局所的な安定化に成功』
魔王から短い返事が届いた。
『計画を進めよ。
必要な物資は出す』
俺は通信石を見つめた。
「……魔王も変わったな」
ユウマが笑う。
「カイさんが喧嘩した成果ですね」
「喧嘩じゃないって!」
でも、その夜。
北の要石から、また赤い光が上がった。
グラディウスは、俺たちの試験結果を待つつもりがなかった。
村の井戸が安定したあと、俺は協力してくれた人たちへ礼を言った。
「ありがとう。みんなのおかげだ」
年配の魔族が首を振った。
「礼を言うのはこっちだ。井戸の水が戻った」
「でも、まだ一つの村だけだよ」
「一つでも、ここで暮らす者には大事だ」
俺は頷いた。
その言葉は、避難所を作ったときにも聞いた気がした。
ユウマが測定器を片づけながら言った。
「次は、もう少し広い範囲で試しましょう」
「急いでいいのか?」
「急ぎます。でも、確認は省きません」
元王子が記録簿を閉じた。
「失敗したら止める。その約束を守ろう」
ゲイルは井戸の水を手ですくった。
「……普通の水だ」
「普通でいいだろ」
俺が言うと、彼は頷いた。
「そうだな」
姫が笑った。
「世界を救うって、案外地味なのね」
「俺のしゃもじだって地味だったぞ」
「地味すぎて、最初は武器だと思わなかったわ」
「ひどい!」
みんなが笑った。
俺はその笑い声を聞きながら、机の上の折れた柄を思い出した。
あれがなくても、こうして誰かを助けられる。
それは嬉しかった。
でも、少し寂しくもあった。
しゃもじと過ごした旅が、急に遠くなった気がしたからだ。
スラが俺の足元で跳ねる。
ぷるん。
「……分かってるよ」
俺は笑った。
「まだ、終わってないんだよな」
翌朝、俺たちは新しい測定器を積んで出発した。
今度の目的地は、王国と魔王領の国境だった。
俺は測定器を運ぶ荷車の後ろを押した。
しゃもじがあれば一瞬で終わったかもしれない。
でも、車輪が石に引っかかれば、誰かが手を貸してくれる。
「せーの!」みんなで押すと、荷車は動いた。
俺は汗を拭った。
「……こっちも悪くないな」




