第五十六話 魔王に会ったら、いきなり謝られた
魔王城の門は、思ったより静かに開いた。
黒い石の城壁。
高い塔。
空には不気味な雲。
いかにも魔王城という見た目なのに、門番は礼儀正しかった。
「しゃもじの勇者カイ様ですね。お待ちしておりました」
「……あ、はい」
俺は拍子抜けした。
「身分証は必要ですか?」
「招待状を確認させてください」
「ちゃんと受付あるんだ!」
レイグが小声で言う。
「油断するな」
「分かってる。でも受付が丁寧なんだよ」
門番は招待状を確かめ、深く頭を下げた。
「どうぞ、お進みください」
城内には長い廊下が続いていた。
壁には歴代の魔王の肖像画。
中には、角のない魔王もいる。
「魔王って、みんな角があるわけじゃないんだ」
俺が呟くと、案内役の魔族が答えた。
「種族も姿もさまざまです」
「へぇ」
「ちなみに現魔王様は、朝が弱いです」
「急に生活感!」
ユウマが笑った。
「親近感が湧きますね」
謁見の間の扉が開いた。
奥には巨大な玉座。
その上に、黒い衣をまとった男が座っていた。
銀色の髪。
赤い瞳。
威圧感はある。
でも、どこか疲れた顔をしていた。
「……お前が、しゃもじの勇者か」
低い声が響く。
俺はしゃもじを握った。
「そうです」
魔王は立ち上がった。
ゆっくりと階段を下りてくる。
レイグが剣に手をかけた。
ゲイルの表情が硬くなる。
元王子も身構えた。
俺は息を止めた。
そして魔王は――
深く頭を下げた。
「……すまなかった」
「…………は?」
俺は間抜けな声を出した。
魔王は顔を上げない。
「我が軍が王国を攻め、多くの者を傷つけた。実験の名の下に、自由を奪った。すべて、私の責任だ」
部屋が静まり返った。
「え、えっと……」
俺はレイグを見た。
レイグも困っている。
「……謝られても、すぐには許せん」
ゲイルが低く言った。
魔王は頷いた。
「当然だ」
「俺の身体を作り、命令で縛った者たちを、なぜ止めなかった」
「世界の崩壊を恐れ、成果を急いだからだ」
「それで、俺たちを道具にしたのか」
「……そうだ」
ゲイルの手が震えた。
俺は何も言えなかった。
魔王は言い訳をしない。
それが余計に、重かった。
「……世界が壊れるって、本当なんですか」
俺が尋ねる。
魔王は顔を上げた。
「ああ。すでに境界の一部が崩れ始めている」
「じゃあ、どうするつもりだったんですか」
「世界の魔力を一つの流れに固定する」
「自由を奪って?」
「……そうだ」
俺は眉をひそめた。
「それじゃ、みんな生きてても、好きなことできないじゃないですか」
魔王は静かに答えた。
「死ぬよりはよいと、私は考えた」
「でも、本人たちに聞いたんですか?」
魔王は黙った。
俺は一歩前に出た。
「生き方を選べなくなるのって、救ったことになるんですか?」
長い沈黙。
やがて魔王は言った。
「……分からなくなった」
俺は驚いた。
「魔王なのに?」
「魔王でも、分からぬことはある」
ユウマが小声で言う。
「意外と普通ですね」
「聞こえている」
魔王が答えた。
「すみません!」
少しだけ空気が緩んだ。
魔王の前で、俺はもう一つだけ尋ねた。
「北方で解放した魔物たちは、どうなりました?」
魔王は側近を呼び、報告書を確認させた。
「森へ戻った者が多い。怪我をした者は、魔王領の治療所で保護している」
「また命令で連れ戻したりしない?」
「しない」
「約束できますか」
魔王は俺を見つめた。
「約束する」
俺は頷いた。
「じゃあ、そこから始めましょう」
レイグが小声で言う。
「魔王に約束を取りつけるとはな」
「約束は守るためにあるんだろ」
ゲイルは何も言わなかった。
でも、握りしめていた拳が少しだけ緩んだ。
魔王は俺たちを会議室へ案内する前、城の中庭へ連れていった。
そこには、小さな花壇があった。
黒い石の城に似合わない、色とりどりの花。
「……魔王城にも花が咲くんだ」
俺が言うと、魔王は頷いた。
「昔、ある子どもが植えた」
「誰の?」
「戦争で親を失った子だ。ここで暮らしていた」
魔王は花に触れた。
「その子は、世界が終わると聞いて泣いた。私は、必ず守ると約束した」
俺は黙った。
「その約束を守るために、私は多くの間違いを犯した」
ゲイルが冷たく言う。
「間違いで済むと思うな」
「思っていない」
魔王は顔を上げた。
「責任は取る。だが、今は世界の崩壊を止めたい」
レイグが尋ねた。
「責任を取るとは、どういう意味だ」
「戦争を止め、実験施設を閉鎖し、被害者へ償う。必要なら、魔王の座も退く」
俺は驚いた。
「そこまで?」
「それでも、失ったものは戻らぬ」
魔王の声は静かだった。
元王子が言った。
「言葉だけでは信じられません。行動で示してください」
魔王は頷いた。
「その通りだ」
俺は花壇を見た。
小さな花は、風に揺れている。
誰かが植えた花。
誰かが守ろうとした花。
でも、守るために他の花を踏みつけたら、意味がない。
「……俺も、守りたいものがあります」
俺は言った。
「仲間と、帰る場所と、まだ会ってない人たちの暮らしです」
魔王は俺を見た。
「同じだな」
「似てるけど、違います」
俺はしゃもじを握った。
「俺は、みんなに選んでほしい」
魔王はしばらく黙った。
そして、ゆっくり頷いた。
「……その違いを、忘れぬようにしよう」
俺たちは中庭を後にした。
背後で、花が風に揺れる音がした。
魔王は玉座の横に置かれた古い台座を指差した。
そこには、しゃもじと同じ形の窪みがあった。
「その調律器は、かつて魔王家が守っていたものだ」
「じゃあ、返せばいいんですか?」
「返してほしい。だが、それだけでは足りぬ」
魔王は俺を見た。
「カイ。お前の力が必要だ」
俺はしゃもじを握り直した。
「……世界を救うために?」
「ああ」
俺は仲間たちを見回した。
レイグは警戒したまま。
ゲイルは怒りを隠していない。
元王子は静かに考え込んでいる。
ユウマは珍しく真剣だった。
俺は魔王へ向き直った。
「協力するかどうかは、方法を聞いてから決めます」
魔王は頷いた。
「それでよい」
こうして、勇者と魔王の、妙な会議が始まった。




