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勇者としゃもじの冒険  作者: レモンティー


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第五十話 第三の四天王が、勇者をやめろと言ってきた

ゼルガの研究所を抜けた俺たちは、半日かけて山道を下った。

最後の装置を止めたあと、ゼルガは元王子の護衛に引き渡した。

記録結晶は被害者の治療に使えるよう、オルドのもとへ送ってある。

「結局、研究所の後始末までやったな」

俺は荷物を背負い直した。

「敵の施設なのに、なんで俺たちが片づけ係なんだ?」

「しゃもじの勇者だからでしょう」

ユウマの答えが腹立たしい。

ゲイルは首筋に布を巻いていた。

命令核は完全に消えたわけではない。

だが、自分の意思で身体を動かせる。

「痛むか?」

俺が尋ねる。

「少し」

「休もうぜ」

「先を急ぐ」

「急いでも魔王は逃げないだろ」

ゲイルは考え、頷いた。

「……そうだな」

その返事だけで、少し安心した。

夕暮れ、森の奥に白い館が現れた。

壁には蔦が絡み、窓から柔らかな灯りが漏れている。

「魔王領にこんな宿が?」

レイグが眉をひそめた。

門には看板があった。

『旅人歓迎。

疲れた心に安らぎを』

「怪しい!」

俺が言うと、扉が開いた。

現れたのは、長い銀髪の女性だった。

「ようこそ。私は第三四天王、夢幻のセレーネ」

「看板に四天王って書いておいてくれ!」

館の時計は、針が動いていなかった。

俺はそれを見て、ますます嫌な気分になった。

「ここにいたら、時間も止まるのかな」

ユウマが答える。

「止まった時間は、楽しいようで退屈ですよ」

「お前が言うと説得力あるな」

「遊び人ですから」

レイグは窓の外を見た。

「外の風が吹いていない」

元王子は食卓の花に触れた。

「香りもしない」

完璧な館なのに、細かなところが空っぽだった。

ゲイルがぽつりと言った。

「……ここは、生きていない」

その言葉に、誰も反論しなかった。

白い館の食堂には、六人分の椅子が置かれていた。

「一つ多いな」

俺が呟くと、元王子が静かに答えた。

「……姉さんがいたころの人数だ」

女武道家の席は、旅の途中からずっと空いたままだった。

あの席に彼女が座っていれば、きっと何か言っただろう。

『怪しい館に入る前に、まず外を調べなさい』

そんな声が聞こえた気がした。

俺は空の椅子を見つめた。

「帰ったら、また一緒に飯を食おうな」

元王子は小さく頷いた。

そのとき、セレーネが現れた。

「大切な方がいるのですね」

「いるよ。ここにはいないけど」

「なら、その方も夢の中へ呼びましょう」

俺は顔を上げた。

「……そんなことできるのか?」

「記憶の中にいる姿なら、いくらでも」

レイグが剣の柄を握った。

「それは本人ではない」

セレーネは穏やかに笑う。

「本人である必要がありますか? あなたが望む言葉を、望むときに返してくれるのですよ」

俺は返事に詰まった。

都合のいい言葉だけを言ってくれる相手。

それは確かに、楽かもしれない。

でも、女武道家はそんな人じゃない。

俺が間違えれば怒るし、無茶をすれば止める。

「……本人じゃないなら、いらない」

俺が答えると、セレーネの目が少し細くなった。

「なぜ、痛みを選ぶのです」

「痛いだけじゃないからだよ」

俺は空の椅子を見た。

「誰かが自分で考えて、自分の言葉で返してくれるから嬉しいんだ」

セレーネは何も言わなかった。

やがて、食堂の灯りが一つずつ消えた。

俺たちの影が長く伸びる。

「では、試しましょう。あなたが本当に、その選択をできるのか」

彼女の声が遠ざかった。

「あなたたちが一番欲しいものを、見せて差し上げます」

俺はしゃもじを握ろうとした。

でも、手の中に何もない。

そこで初めて、身体がふわりと浮いていることに気づいた。

床が消え、天井が消え、仲間の姿が消える。

最後に聞こえたのは、スラの小さな鳴き声だった。

ぷるん。

その音だけが、夢の底までついてきた。

セレーネは微笑んだ。

「戦うつもりはありません。あなたたちに、選択肢を差し上げたいのです」

レイグが剣を構える。

「何の選択肢だ」

「勇者をやめて、幸せに暮らす選択です」

俺は固まった。

「……え?」

「あなたは疲れているでしょう。誰かを救い続け、責任を背負い、眠ることもままならない」

その声は、不思議と胸に染み込んだ。

「ここで休んでいけばいい。魔王も、戦争も、あなたが背負う必要はありません」

俺は反論しようとした。

でも、言葉が出ない。

確かに疲れていた。

城塞で見た負傷者の顔も、ゲイルが苦しんだ声も、忘れられない。

「……休めるなら、休みたいよ」

俺が呟いた瞬間、足元の地面が消えた。

次に目を開けると、俺は見慣れた部屋にいた。

白い壁。

机。

窓の外には、いつもの街並み。

「……日本?」

台所から炊飯器の音が聞こえる。

俺はゆっくり立ち上がった。

机の上には、学校へ行く前に使っていた古い鞄。

携帯電話には、懐かしい日付が表示されていた。

異世界へ来る前の朝だった。

「夢……だったのか?」

台所には温かいご飯があった。

しゃもじも、普通の炊飯器の横に置かれている。

俺は椅子に座った。

平和だ。

誰も傷つかない。

魔王もいない。

レイグに怒鳴られることも、ユウマにからかわれることもない。

……なのに。

「スラ?」

声に出してから、自分で驚いた。

返事はない。

「ピカ?」

もちろん、犬の鳴き声も聞こえない。

俺は箸を持ったまま動けなくなった。

戻りたいと思ったことは、何度もある。

でも、戻ってきたのに、嬉しいだけじゃない。

「……あいつら、どうなったんだ?」

窓の外は静かだった。

そのころ、レイグは別の夢を見ていた。

魔王を倒し、王国で最強の勇者として称えられる世界。

元王子は、失った地位を取り戻し、民に愛される王として暮らす世界。

ユウマは、誰からも責任を問われず、好きなことだけして遊べる世界。

ゲイルは、研究所も命令核も存在せず、最初から普通の人間として生まれた世界。

セレーネは館の中央で目を閉じていた。

「どんな勇者にも、帰りたい場所はある。夢から出る理由などないはず」

そのとき、彼女の足元で小さな影が動いた。

ぷるん。

一匹のスライムだった。

「……あなたは、なぜ眠らないの?」

スラは答えない。

ただ、俺のしゃもじがあるはずの場所を見つめていた。

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