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勇者としゃもじの冒険  作者: レモンティー


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第四十九話 ゲイルが負けたので、全員で勝つことにした

研究所の警報が鳴り響いた。

『封鎖手順を開始します』

「だから何も壊してないって!」

俺の抗議は天井に吸い込まれた。

目の前では、ゲイルが膝をついていた。

首筋の黒い紋様が、脈打つように光っている。

ゼルガは白衣の袖を整えた。

「第七号。武器を置きなさい」

ゲイルの右手が震えた。

握っていた剣が、石床に落ちる。

かん、と乾いた音がした。

「……違う。俺は、そんな命令に」

「君の意思など関係ない。命令核は身体の反射より深い場所に組み込んである」

ゼルガが指を上げる。

ゲイルの身体が、無理やり立ち上がった。

そして、こちらを向いた。

「おい、ゲイル?」

俺は声をかけた。

返事はない。

レイグが一歩前へ出る。

「カイ、下がれ」

「でも――」

「今のあいつは、自分で動けない」

その瞬間、ゲイルが消えた。

刃が閃く。

レイグが剣で受け止めた。

火花が散り、壁の石が割れた。

「ぐっ……!」

「レイグ!」

「大丈夫だ! 手加減できる相手じゃない!」

ゲイルの目は冷たい銀色だった。

けれど、その頬を一筋の汗が伝っていた。

俺には、それが抵抗している証拠に見えた。

「ゼルガ! 止めろ!」

「止める理由がない。君たちは、最高の実験相手だ」

通路の奥から黒い兵士たちが迫る。

元王子が扉の前に立ち、盾を構えた。

「ここは俺が塞ぐ!」

ユウマは周囲を見回した。

「カイさん! 警報の装置とゲイルの紋様が同じ周期で光っています!」

「じゃあ装置を壊せばいい?」

「壊した瞬間に命令核が暴走する可能性があります!」

「面倒な安全装置つけやがって!」

俺はしゃもじを握った。

触れたときの、あの高い音を思い出す。

整える力が拒まれたんじゃない。

何か別のものが、こちらへ応えようとしていた。

「スラ、ゲイルの足元だけ守ってくれ。攻撃はするな」

ぷるん。

スライムたちが床に薄く広がった。

ゲイルがレイグへ踏み込む。

だが、足元のスラが衝撃を吸収し、一瞬だけ速度が落ちた。

「今!」

レイグは剣を振り上げた。

しかし、斬らない。

柄でゲイルの腕を打ち、武器を遠くへ飛ばした。

ゲイルは素手でも戦おうとした。

「どれだけ強いんだよ!」

「お前が仲間にしたんだろう!」

「そうだけど!」

ゼルガが笑った。

「素晴らしい。仲間だから殺せない。君たちの弱点は明白だ」

俺は振り向いた。

「弱点じゃない」

「何?」

「殺さずに助ける理由だ」

ゼルガが操作盤へ手を伸ばした瞬間、ユウマは床へ小さな鏡を滑らせた。

「ゲイル、下!」

鏡に映ったのは、操作盤の裏側だった。

細い導線が何本も伸び、その一本だけが黒く光っている。

「命令はあそこから来る!」

俺が叫ぶ。

ゲイルは膝をついたまま、顔を上げた。

「……分かる。身体の奥で、あの線が引っ張っている」

「じゃあ切れば?」

「中枢と繋がっている。無理に切れば心臓も止まる」

ゼルガは満足げに頷いた。

「その通り。理解の早い実験体は優秀だ」

「実験体って呼ぶな!」

俺は怒鳴った。

「名前を与えたところで、構造は変わらない」

「構造が同じでも、本人がどう生きるかは別だろ!」

ゲイルは苦しそうに笑った。

「……お前は、いつも簡単に言う」

「簡単じゃないから、みんなで考えてるんだ!」

レイグがゲイルの攻撃を受け止めながら言った。

「俺は五分も持たんぞ!」

「普段なら五分で城を落としそうな男が弱気!」

「相手がゲイルだからだ!」

その言葉を聞いたゲイルの目が、わずかに揺れた。

自分の強さを、仲間が知っている。

だからこそ傷つけたくない。

俺はその気持ちに賭けた。

「ゲイル! 自分の剣を、俺たちに向けたくないんだろ!」

「……ああ」

「だったら、その気持ちを手放すな!」

ゼルガが舌打ちした。

「感情では命令核に勝てない」

「感情だけじゃない。こっちにはユウマの悪知恵もある!」

「悪知恵扱いはひどいですね!」

ユウマは鍋の内側に、素早く小さな刻印を刻んでいた。

「これは受信器です。命令を消すのではなく、しばらく預かる」

「しばらくって?」

「たぶん十秒」

「短っ!」

「十秒あれば、ゲイルさんなら十分でしょう」

レイグが笑った。

「確かにな」

ゲイルの口元も、ほんの少し上がった。

十秒。

たった十秒でも、自分で選べる時間があれば。

俺はしゃもじを強く握った。

「十分だ。十秒で取り返そう」

ユウマが壁の配線を指差した。

「今です! 受信器へ流します!」

俺は鍋を受け取り、しゃもじを差し込んだ。

「料理するみたいで嫌だな、これ!」

ユウマが導線を接続する。

ゲイルの紋様が激しく光った。

「カイ……離れろ……」

ようやく声が聞こえた。

「嫌だ!」

俺は鍋の中をかき混ぜるようにしゃもじを回した。

黒い光が細い糸となって、鍋の内側へ流れ込む。

ゲイルが崩れ落ちた。

同時に鍋が弾けた。

「うわっ! 夕飯の道具が!」

「命を救ったんですから安いものです!」

ゼルガの顔から笑みが消えた。

「ありえない。命令の受け皿を外部に作った?」

「そういうことらしい!」

俺もよく分かっていない。

でも、ゲイルは自分の手で床を押し、立ち上がった。

「……俺は、誰の命令も受けない」

ゼルガが新たな命令を送る。

ゲイルは苦しそうに顔をしかめたが、もう動かされなかった。

レイグが横に並ぶ。

「一人で勝とうとするな」

元王子も扉から戻ってきた。

「退路は確保した」

ユウマが割れた鍋を見つめる。

「次は、もう少し丈夫な器が必要ですね」

俺はしゃもじを構えた。

「よし。全員で勝つぞ」

ゲイルは初めて、はっきり笑った。

「ああ」

その返事を合図に、俺たちは前へ踏み出した。

ゼルガは後ずさった。

だが、その背後の壁が開き、巨大な装置が姿を現す。

「……まだ、試験は終わっていない」

研究所の床が、低く震え始めた。

巨大装置の中央に、透明な容器が現れた。

中には、かつて番号で呼ばれた人々の記録結晶が詰め込まれている。

「君たちが壊せば、証拠も被験者の治療法も消える」

ゼルガが勝ち誇った。

「ほら。今度は何を選ぶ、しゃもじの勇者?」

俺は歯を食いしばった。

壊すのは簡単だ。

でも、それじゃゲイルの過去まで消えてしまう。

「壊さない。奪い返す」

「無理だ。装置は第四型の兵装で守られている」

「知ってる。だから、みんなでやる!」

元王子が盾で兵士を押し込み、レイグがその関節だけを斬り落とす。

スラは床の隙間を塞ぎ、暴走した魔力を吸い受けた。

ユウマが叫ぶ。

「容器の底に手動の遮断弁があります! 装置を停止せずに記録だけ切り離せる!」

「誰がそこまで行くんだ!」

「俺だ」

ゲイルが前に出た。

「お前はまだ……」

「怖い。あの命令がまた来るのが」

ゲイルは震える指で剣を握り直した。

「だが、俺の名前を決めたのは俺だ。今、進むのも俺が決める」

ゼルガが命令を叫んだ。

「第七号、停止しろ!」

ゲイルの首筋が黒く光る。

それでも足は止まらなかった。

俺はしゃもじを床へ当て、命令の波だけを散らす。

「第七号じゃない! ゲイルだ!」

ゲイルは装置の下へ滑り込み、弁を回した。

重い金属音。

記録結晶が保護容器へ落ちる。

ユウマが非常停止の紐を引き、元王子がゼルガの腕を取り押さえた。

「離せ! 私の研究だぞ!」

「違う」

ゲイルが言った。

「奪われた人生の記録だ」

ゼルガは初めて言葉を失った。

俺は砕けた鍋を見た。

「……これ、弁償してもらえるかな」

「研究所の予算から出させましょう」

ユウマの返事に、レイグが吹き出した。

研究所の警報が止まる。

ゲイルは首筋に触れた。

黒い紋様はまだ薄く残っていたが、もう誰の声も聞こえない。

「完全に治ったわけじゃない」

「じゃあ、これから治そう」

俺が言うと、ゲイルは頷いた。

「……ああ。今度は、俺の意思で」

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