第四十六話 四天王の一人が、料理勝負を挑んできた
魔王領の街道を進んで三日目。
俺たちは、巨大な石造りの門にたどり着いた。
門の上には炎の紋章。
左右には武装した魔族の兵士。
「いよいよ四天王とか出そうだな」
俺が言った瞬間、門が開いた。
「待っていたぞ、しゃもじの勇者!」
現れたのは、赤い髪と大きな角を持つ魔族の男だった。
炎のような外套をまとい、背中には巨大な鉄板を背負っている。
「……鉄板?」
「我こそは魔王軍四天王、炎将バルザック!」
「名前は強そう!」
「そして魔王軍第一厨房の総料理長!」
「職業が混ざってる!」
バルザックは俺のしゃもじを見て、目を輝かせた。
「その道具を持つ者が来たなら、勝負は一つ!」
レイグが剣を抜く。
「望むところだ」
「料理勝負だ!」
「……は?」
全員が固まった。
バルザックは胸を張る。
「魔王軍の食卓を背負う者として、伝説の調律器を持つ料理人に負けるわけにはいかん!」
「俺、料理人じゃないんだけど!?」
「その形で言い逃れするな!」
形で職業を決めないでほしい。
勝負の条件は単純だった。
双方が同じ食材を使い、審査員に料理を出す。
勝てば通行を認める。
負ければ、バルザックの厨房で一年働く。
「罰が就職!?」
ユウマが笑った。
「安定した雇用ですね」
「魔王城に就職したくない!」
食材は、硬い根菜、乾燥肉、豆、少量の塩。
正直、豪華とは言えない。
バルザックは指先に炎を灯した。
「見よ、我が秘技! 灼熱調理!」
鉄板が真っ赤に熱せられる。
肉が一瞬で焼き上がり、香ばしい匂いが広がった。
「おお……!」
俺は素直に感心した。
「すげぇ。普通に料理がうまそう」
「当然だ!」
俺の番になった。
火を使うのは得意じゃない。
しゃもじで何でもおいしくなるわけでもない。
「スラ、食材は触るなよ。衛生的に怖いから」
ぷるん。
「そこは気にするんですね」
ユウマが笑う。
俺は鍋を借り、豆と根菜を弱火で煮始めた。
乾燥肉は細かく刻んで旨味を出す。
塩は最後に少しずつ。
「地味だな」
レイグが覗く。
「料理は戦争じゃないんだよ」
「お前が言うと説得力がない」
バルザックは豪快に炎を操っていた。
俺は鍋を混ぜ続ける。
しゃもじを入れると、具材が妙に均等に回った。
熱の偏りが消え、焦げつきがなくなる。
「……あ、そういう使い方もできるんだ」
俺は思わず笑った。
勝負の前に、バルザックは俺たちを巨大な食料庫へ案内した。
天井まで積まれた袋、干した肉、乾燥豆。
「これだけあるのに、兵士の食事がまずいのか?」
俺が聞くと、バルザックは不機嫌そうに腕を組んだ。
「食材はある。だが、どの部隊にも同じ料理を大量に出す必要がある」
「作る人は?」
「足りん」
「鍋は?」
「足りん」
「時間は?」
「もちろん足りん!」
「全部足りないじゃん!」
バルザックは真剣だった。
「だから炎で一気に仕上げる。速さこそ軍の料理だ」
俺は食料庫を見回した。
「速く作れても、食べる人が元気にならなきゃ意味なくないか?」
彼は答えなかった。
料理勝負の審査員は三人。
魔王軍の兵士、街の商人、そして食堂で働く年配の女性だった。
「公平なのか?」
レイグが小声で言う。
「俺も不安」
女性は俺たちを睨んだ。
「勇者でも四天王でも関係ないよ。まずいものはまずいと言うからね」
「信用できそう!」
勝負が始まると、バルザックの炎が高く上がった。
香りは素晴らしい。
焦げ目も美しい。
俺はその技術に見惚れた。
「……あれ、普通にすごい」
「相手を褒めてる場合か!」
レイグが叫ぶ。
「だってすごいものはすごいだろ」
俺は鍋の蓋を開けた。
豆がまだ硬い。
焦って火を強くしたくなる。
でも、急に熱を上げれば底だけ焦げる。
「待つしかないか」
しゃもじでゆっくり混ぜる。
スラが足元で同じ動きを真似した。
「お前、手伝いたいのか?」
ぷるん。
「気持ちだけ受け取る。食べ物には入るなよ」
ユウマが笑った。
「衛生管理は完璧ですね」
「スライムに料理を混ぜさせたら、さすがに説明が大変だろ!」
審査が始まると、最初の兵士はバルザックの料理を絶賛した。
「肉の香りが最高です!」
次に俺の煮込みを食べる。
「……毎日食べるなら、こっちがいい」
商人も頷いた。
「高級料理としては炎将殿。でも旅人や兵士に出すなら、こちらです」
最後の女性は、しばらく黙っていた。
「この豆、ちゃんと柔らかいね」
「はい」
「根菜も、噛むと甘い」
「はい」
「……こういうのが食べたかったんだよ」
その一言で、バルザックの顔が変わった。
勝負の結果よりも、何かに気づいたようだった。
「俺は、誰に食わせる料理を作っていたんだ……」
俺は思わず答えた。
「次は一緒に考えようぜ」
レイグが肩を落とした。
「敵の四天王を弟子にするな」
「してない! たぶん!」
勝負のあと、バルザックは俺の鍋を覗き込んだ。
「何か特別な魔法を使ったのか?」
「いや。焦がさないように混ぜただけ」
「それだけで?」
「それだけ。でも、それが難しいときもある」
バルザックはしばらく考えた。
「炎を強くすることばかり考えていた」
「強い火も必要だろ。肉を焼くの、すごかったぞ」
「……そうか」
彼は嬉しそうに笑った。
敵の四天王なのに、料理の話をしていると普通の職人に見えた。
審査が始まった。
バルザックの料理は香りも見た目も豪華だった。
審査員が歓声を上げる。
俺の料理は、地味な豆の煮込み。
一人が口に運ぶ。
「……温かい」
「そりゃ煮込みだから」
「違う。身体の芯まで落ち着く味だ」
審査員たちは黙々と食べ続けた。
結果は、僅差で俺の勝ち。
「馬鹿な……!」
バルザックは膝をついた。
「炎の料理が、豆に負けた……!」
「豆を馬鹿にするな!」
俺はしゃもじを掲げた。
「料理は、食べる人のために作るんだろ?」
バルザックはしばらく黙っていたが、やがて大きく笑った。
「面白い! ならば、我が厨房を見せよう!」
レイグが嫌な顔をした。
「……まさか、まだ終わらないのか」
俺も同じことを思っていた。




