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勇者としゃもじの冒険  作者: レモンティー


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第四十四話 魔王のしゃもじらしいので、返品しに行くことにした

王都へ戻った俺たちを待っていたのは、祝宴だった。

「北方城塞を守った英雄たちに、乾杯!」

王様が杯を掲げる。

俺は目の前の料理に手を伸ばした。

三日間まともに寝ていない。

英雄の演説より、温かいスープが欲しい。

「カイ、聞いているか?」

元王子が小声で注意する。

「聞いてる。英雄、乾杯、肉うまい」

「最後が違う」

宴が落ち着いたころ、王は俺たちを小さな会議室へ呼んだ。

机の上には、魔王から届いた黒い封筒が置かれている。

「魔王城へ行くつもりか」

「はい。これ、返したほうがいいらしいんで」

俺はしゃもじを掲げた。

王は長い沈黙のあと、深くため息をついた。

「勇者が魔王へ武器を返しに行くとはな」

「俺も予想してませんでした」

レイグは腕を組んだ。

「罠の可能性が高い」

「分かってる。でも、何もしなければまた軍が来る」

元王子が地図を広げた。

「魔王領へ入る道は三つ。正規の街道、南の湿地、旧鉱山道。軍を連れて行けば目立つ」

ユウマが指を鳴らす。

「少人数で潜入ですね」

「お前、楽しそうだな」

「冒険らしくなってきましたから」

ゲイルはずっと黙っていた。

俺は尋ねる。

「お前はどうする?」

「行く」

「即答?」

「施設のことを確かめたい」

その声は静かだったが、強かった。

王は俺たちを見回した。

「魔王を倒すことができるなら、それに越したことはない。だが、まずは情報を持ち帰れ」

「はい」

「そして、生きて帰れ」

俺は頷いた。

出発前、北方で共に戦った兵士たちから荷物が届いた。

乾燥肉、薬草、丈夫な靴。

工兵の親方からは、折り畳み式の木枠まで。

「これ、何に使うんだ?」

ユウマが首をかしげる。

「スライムの足場を作るとき便利だって」

「ついに装備が土木用具になりましたね」

「俺は勇者だ!」

レイグが荷物を担ぎながら笑った。

「勇者なら荷物も持て」

旅の準備は、思った以上に難航した。

王国の役人は、魔王領へ入るための許可証を十枚も用意した。

「これ、全部必要なのか?」

「国境通過、武器携行、魔物同行、特別任務、外交使節……」

「しゃもじ携行許可って何!?」

役人は真顔だった。

「特殊武器ですので」

「誰が決めた!」

元王子は淡々と署名した。

「王国の制度を作った側として、謝っておこう」

「お前、元王子だろ。簡略化してくれよ」

「だからこそ、勝手には変えられない」

珍しくもっともなことを言われた。

その夜、俺たちは宿の一室で装備を確認した。

レイグの剣は刃こぼれを直してある。

ゲイルは新しい鞘を受け取っていた。

ユウマは道具袋の中身を全部床に並べていた。

「針金、鏡、小さな鈴、乾燥した果物……」

「最後だけおやつじゃない?」

「おやつも立派な装備です」

元王子は地図を見つめていた。

「魔王領の集落には、普通に暮らす住民もいる。敵と決めつけるな」

「分かってる」

俺は頷いた。

北方の戦場で解放した魔物たちを思い出す。

あいつらは、戦いたくて戦っていたわけじゃなかった。

「魔王に会ったら、まず話を聞く」

「それで襲われたら?」

レイグが聞く。

「そのときは逃げる」

「倒すとは言わんのか」

「だって、まだ理由が分からないから」

ゲイルが小さく言った。

「……理由を知っても、許せないことはある」

俺は彼を見た。

「うん。それはそうだと思う」

ゲイルは少し驚いた顔をした。

「でも、知らないまま決めるよりはいい」

しばらく沈黙が続いた。

翌朝、城門で見送ってくれた兵士の中に、あの若い兵士もいた。

「勇者様!」

彼は片腕を吊りながら敬礼した。

「今度こそ、無事に帰ってください!」

俺はしゃもじを掲げた。

「おう。帰ったらまた飯な!」

城門を出てから、ユウマが笑った。

「カイさん、食事の約束ばかり増やしてますね」

「約束があると、帰りたくなるだろ」

「……なるほど」

レイグが少しだけ微笑んだ。

俺はその表情を見て、胸の奥が軽くなった。

魔王城までの道は長い。

でも、帰る場所があるなら、歩ける気がした。

出発の前夜、王様は俺だけを呼んだ。

「勇者よ。魔王に会っても、王国のために必ず戦えとは言わぬ」

「え?」

「お前が北方で示したものを、余は見た。倒すより難しい道を選ぶこともある」

王は窓の外を見た。

「ただし、民を危険にさらす選択はするな」

俺は頷いた。

「分かりました」

「それと、あのしゃもじは大切に扱え」

「はい」

「国宝の可能性が出てきたのでな」

「急に現実的な話になった!」

王様は珍しく笑った。

翌朝、元王子は出発前に城門の方角を確かめた。

「戻るときは、この道を使おう」

「ずいぶん気が早いな」

俺が笑うと、彼は真面目に答えた。

「帰り道を決めずに出発すると、無茶をしやすい」

ゲイルが頷いた。

「目標があるのは悪くない」

ユウマは地図の端に小さな印をつけた。

「では、ここが帰還地点です」

俺はその印を指で押さえた。

「絶対に、全員でここへ戻ろう」

レイグは何も言わず、拳を差し出した。

一人ずつ拳を重ねる。

最後にスラがぷるんと乗った。

「お前、手がないだろ!」

笑い声が、朝の道に響いた。

帰る約束を、俺は忘れない。

出発の日、城門には見送りの人々が集まった。

子どもが俺のしゃもじを指差す。

「勇者様、魔王を倒してね!」

俺は少し迷った。

「……できれば、倒さずに帰ってくるよ」

子どもは不思議そうな顔をした。

「それでもいいの?」

「世界が平和になるなら、いいだろ?」

横でレイグが笑う。

「お前らしい」

俺たちは歩き出した。

王都の城壁が遠ざかる。

しばらくして、ユウマが聞いた。

「で、魔王に会ったら最初になんて言うんです?」

俺は考えた。

「落とし物、届けに来ました」

「門番に追い返されますね」

「じゃあ、領収書ください」

「もっと追い返される!」

ピカウルフが楽しそうに吠えた。

魔王領への旅は、こうして始まった。

なお、俺たちの荷物の中で一番大事に包まれているのは、やっぱりしゃもじだった。

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