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勇者としゃもじの冒険  作者: レモンティー


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第四十三話 王国を守ったら、魔王軍の将軍に褒められた

三日目の朝、魔王軍は攻撃をやめた。

城壁の兵士たちは拍子抜けした顔で敵陣を見つめている。

「……罠かな」

俺が言うと、レイグは即答した。

「罠だろうな」

「即答やめて!」

敵陣から一騎が進み出た。

黒い外套、銀の仮面。

馬には武器が見えない。

代わりに白い旗を掲げていた。

元王子が眉をひそめる。

「使者か」

使者は城門から十分離れたところで止まり、仮面を外した。

思ったより若い男だった。

片目の下に古い傷がある。

『しゃもじの勇者に話がある』

声が戦場全体へ響く。

「名前くらい名乗れ!」

俺が叫ぶと、男は軽く頭を下げた。

『魔王軍北方方面軍将軍、ヴォルグ』

「肩書き長いな!」

『そちらの武器ほどではない』

「しゃもじは短いだろ!」

レイグが額を押さえた。

「交渉中に漫才をするな」

ヴォルグは淡々と告げた。

『我が軍の先遣部隊を退け、拘束魔物を解放し、対調律兵装を無力化した。

見事だ』

「褒められた?」

『ああ。

特に、殺傷を避けた点を評価する』

俺は警戒した。

「だったら、もう帰ってくれない?」

『それは私の判断だけでは決められない』

「だよなぁ」

ヴォルグは仮面を手に持ち、続けた。

『だが、戦線をここで維持する価値も薄い。

撤退する』

城壁がざわつく。

「本当か?」

『ただし、勇者に一つ伝える』

ヴォルグは俺の手元を見た。

『そのしゃもじは、もともと魔王様のものだ』

一瞬、風の音が消えた。

「……は?」

俺はしゃもじを見下ろす。

白くて平たい、どう見ても米をよそう道具。

「これが?」

『そうだ』

「魔王、炊飯するの?」

『その問いには答えられない』

「なんでそこだけ機密なんだよ!」

ヴォルグは小さく笑った。

『魔王様は、ずっとそれを探していた。

勇者が持っていると知り、確かめるために軍を動かした』

元王子が声を張った。

「十万もの軍を、ただ確認のために?」

『軍を動かした理由は一つではない。

しかし、その道具が重要なのは事実だ』

ゲイルの顔が険しくなる。

「……ヴォルグ。お前は、あの施設を知っているな」

将軍の視線がわずかに揺れた。

『その話はここでするべきではない』

「答えろ」

『答えれば、ここで再び戦うことになる』

ゲイルは剣に手をかけた。

俺は慌ててその腕を押さえる。

「待てって! 今日はもう戦わなくていいんだろ!」

ゲイルはしばらく黙っていたが、やがて手を離した。

ヴォルグは頷く。

『魔王様から、招待状が届いているはずだ』

俺は懐の黒い封筒を思い出した。

『城へ来い。

答えの大半は、そこで得られる』

「全部じゃないの?」

『私にも知らないことがある』

それは意外に正直だった。

ヴォルグは馬首を返す。

『では、また会おう。

しゃもじの勇者』

「できれば戦場以外でな!」

『同感だ』

魔王軍の旗が下がり始めた。

遠くの兵が列を組み、ゆっくり退いていく。

城壁では歓声が上がった。

勝った。

確かに守り切った。

けれど俺の手元には、新しい問題が残っていた。

「なあ、レイグ」

「何だ」

「王様からもらった武器が、魔王の落とし物だったらどうなる?」

「普通は国家間の大問題だ」

「だよな!」

ユウマがにやりと笑う。

「返品します?」

俺はしゃもじを肩に担いだ。

「……とりあえず持ち主に会ってみるか」

スラがぷるんと跳ねた。

どうやら、次の目的地が決まったらしい。

敵の撤退が始まっても、城塞の中はすぐに祝賀ムードにはならなかった。

兵士たちは門の向こうを見つめ、最後の旗が見えなくなるまで武器を離さない。

元王子が報告書を読み上げる。

「負傷者は百三十七名。城壁の損傷は三か所。食料はあと五日分」

俺は思わず聞いた。

「亡くなった人は?」

元王子は一拍置いて答えた。

「……少なくない」

それ以上は言わなかった。

俺も聞かなかった。

戦争に勝ったという言葉が、急に重くなる。

救護所では、あの若い兵士が腕に包帯を巻いて座っていた。

「勇者様」

「生きてたか」

「約束、覚えてます?」

「飯を食うってやつだろ」

俺は厨房から持ってきたスープを差し出した。

彼は笑って受け取った。

「勇者様が守ってくれたんですね」

「俺だけじゃない。みんなで守ったんだ」

その言葉は、本当にそう思ったから出た。

城壁を補修した工兵、矢を運んだ子ども、負傷者を担いだ衛生兵。

誰か一人欠けても、結果は違っていたかもしれない。

夕方、元王子は敵将ヴォルグから届いた文書を開いた。

『捕虜の交換と負傷者の引き取りについて協議を求める』

「……敵も、怪我人を気にするんだな」

俺が言うと、元王子は頷いた。

「軍隊には軍隊の事情がある。だからこそ、戦争を終わらせるのは難しい」

ユウマは文書の端に書かれた小さな印を指差した。

「これ、北方で見つけた研究施設の刻印に似ています」

ゲイルの表情が変わった。

「……同じ系統だ」

俺は封筒としゃもじを交互に見た。

「魔王がこれを欲しがる理由、やっぱり戦争だけじゃないんだろうな」

レイグが言う。

「魔王が本当に持ち主だとしても、簡単に渡すなよ」

「なんで?」

「お前が手放した途端、世界が変わるかもしれん」

俺はしゃもじの柄を握った。

ただの道具だと思っていたものが、少し怖くなった。

夜、城塞の鐘が静かに鳴った。

勝利を祝う鐘ではない。

亡くなった人を悼む鐘だ。

俺はスラを膝に乗せ、しばらくその音を聞いていた。

「次は、こんな鐘を鳴らさずに済ませたいな」

ぷるん。

小さな返事が、やけに心強かった。

勝利の夜、城壁の上でゲイルと並んだ。

「ヴォルグを知っているのか?」

俺が尋ねると、ゲイルは少し考えた。

「名前だけだ。研究施設に物資を運んでいた部隊の指揮官だった」

「悪いやつ?」

「分からない」

ゲイルは夜空を見上げた。

「命令に従う者が、何を考えているかは見えにくい」

「そっか」

俺はしゃもじを見つめた。

「じゃあ、会って確かめるしかないな」

ゲイルは短く頷いた。

その返事は、前より少しだけ柔らかかった。

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