第四十二話 しゃもじが使えないので、普通に作戦を考えた
作戦会議の場所は、城塞の厨房だった。
理由は簡単。
地図を広げる机が空いていたからだ。
「勇者が厨房にいると妙に落ち着くな」
レイグが言う。
「しゃもじのせいで俺の職業が固定されてない?」
ユウマは鍋の蓋を裏返し、地図の上に置いた。
「これが敵の進路。まっすぐ門へ来ます」
「曲がれないのか?」
「曲がれます。ただ、障害物を避ける判断が遅い」
元王子が敵の動きを思い返した。
「命令された道を優先する。ならば、その道をこちらで作ればいい」
俺は城塞の外周を指した。
「ここの空き地、何に使ってる?」
「古い貯水池だ。今は水がない」
「底は?」
「石と泥だな」
「いいじゃん」
全員が俺を見る。
「嫌な予感しかしない」
レイグは正しい。
俺の作戦は、敵を倒すことではない。
歩かせたい場所へ歩かせ、そこで動けなくすることだった。
まず城門前の土嚢を一部撤去する。
代わりに左右へ低い壁を作る。
敵には、門へ続く一番通りやすい道に見えるはずだ。
「罠だと気づかれるぞ」
元王子が言う。
「だから途中までは本当に通りやすくする」
俺は地図に線を引いた。
「でも最後だけ、貯水池へ曲がる」
ユウマが笑った。
「敵に自分で選んだと思わせるわけですね」
「そう。選択肢を減らして、正解に見える道を残す」
工兵たちはすぐ動いた。
石を積み、板を敷き、壊れた荷車をわざと目立つ場所へ置く。
スライムは土台の補強だけを手伝う。
「しゃもじを使ってるじゃないか」
レイグが指摘した。
「戦ってない! 建設業だからセーフ!」
「何のルールだ」
作戦を実行する前、工兵の親方が俺を呼び止めた。
「勇者様。貯水池の底は古い石組みです。崩れたら城下へ水が流れます」
「じゃあ水は少しだけ。敵を溺れさせたいわけじゃない」
「その量では、動きを止められないかもしれません」
俺は黙った。
確実に勝つためには、大量の水を流すほうが簡単だ。
でも、それで城下の家を壊したら、何を守ったことになるのか。
元王子が工兵の図面を覗いた。
「排水路を一本増やそう。敵を閉じ込めたあと、水を逃がす」
「時間が足りません」
「兵を貸す」
「城壁の守りが薄くなります」
「俺がその間を埋める」
レイグがあっさり言った。
「無茶だろ」
俺が言うと、レイグは笑った。
「お前にだけは言われたくない」
結局、工兵と兵士が夜通し作業することになった。
俺も土嚢を運んだ。
剣は持てないが、袋なら持てる。
二袋運んだところで腰が痛くなった。
「勇者様、休んでください」
若い兵士に言われる。
「まだ二袋だぞ?」
「顔が死にそうです」
「戦争って、体力勝負だな……」
工兵の親方は笑った。
「勇者様は、戦うより作るほうが向いてますな」
「俺もそう思う」
作業の合間、ユウマが敵の観察記録を持ってきた。
「黒い兵士は、狭い通路で一列になると前の個体を追い越しません」
「じゃあ、入口を狭くする」
「ただし、後ろから押されると前進します」
「出口も狭くする」
「そうすると詰まりますね」
俺は地図に丸を描いた。
「それでいい。壊すんじゃなくて、止める」
ゲイルは作戦図を見て、小さく頷いた。
「俺は最後に残ったやつを止める」
「頼む。でも無理はするな」
「……お前もな」
その一言が、少し嬉しかった。
翌朝、俺たちは貯水池の底へ最後の木枠を置いた。
見た目は、ただの工事現場だ。
元王子が完成した道を見渡す。
「これで敵が来なかったら?」
「そのときは、立派な排水施設ができる」
俺は胸を張った。
「無駄にならない作戦だろ?」
レイグが笑った。
「なるほど。戦争に負けても土木工事は成功か」
「縁起でもないこと言うな!」
そして、黒い兵士たちが動き出した。
貯水池へ水を流す直前、俺は合図の旗を見失った。
「ユウマ、どこだ!」
「こっちです!」
見張り台から小さな鏡が光る。
太陽を反射させた合図だった。
「戦場で感心してる場合じゃありません!」
俺は水門の工兵に手を振った。
一度。
二度。
三度。
木の栓が抜かれる。
この合図を間違えれば、味方まで巻き込む。
それでも、目を逸らさなかった。
敵の黒い兵士が再び現れた。
先頭は障害物を避け、開いた道へ進む。
二列目、三列目も続く。
「来た……!」
俺は息を止めた。
予定より速い。
貯水池へ誘導する前に一部が門へ向かいそうになる。
「右の壁が低い!」
元王子が叫ぶ。
ゲイルが飛び出し、積み上げた板を蹴り倒した。
道が塞がる。
黒い兵士たちは進路を修正した。
「よし、そっちだ!」
レイグは最後尾の敵を引きつける。
強く斬る必要はない。
攻撃を受け流しながら、敵の注意を自分へ向ける。
ユウマは見張り台から旗を振った。
「第一群、進入! 第二群、続いています!」
黒い兵士が貯水池へ踏み込んだ。
底の石は、前夜の雨で滑りやすくなっている。
先頭が足を取られ、後続がぶつかる。
「まだだ」
俺は歯を食いしばった。
ここで水を流せば、城塞の外まで被害が出る。
必要なのは少しだけ。
「水門、開け!」
工兵が小さな水路の栓を抜いた。
貯水池の底へ水が広がる。
泥が緩み、重い黒鎧の脚が沈んだ。
「止まった!」
兵士が歓声を上げる。
だが敵は腕を使って這い上がろうとした。
「ここからは、俺たちの仕事だ」
レイグとゲイルが飛び込む。
関節を狙い、武器を奪い、動けないようにする。
元王子は縄と木枠を運ばせ、兵士たちに拘束を指示した。
一体、また一体。
敵の前進が止まる。
最後の黒い兵士が倒れたとき、俺は厨房の机に突っ伏した。
「……勝った?」
ユウマが笑った。
「勝ちました。しかも、しゃもじで殴らずに」
「殴っても効かなかったんだよ!」
レイグが水筒を差し出す。
「悪くない作戦だった」
「お前、今日やたら優しいな」
「二度と厨房で軍議をしたくないだけだ」
俺は笑った。
でも、その夜、敵の鎧を調べていたユウマが妙な刻印を見つけた。
黒い金属の内側に、細い文字が並んでいる。
『対調律兵装・試作第三型』
その下に、もう一行。
『標的:しゃもじの勇者』
俺は固まった。
「……俺専用の敵!?」
レイグは顔をしかめた。
「向こうは本気でお前を研究しているらしい」
笑い話では済まなくなっていた。




