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勇者としゃもじの冒険  作者: レモンティー


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第四十一話 しゃもじが効かない敵が現れた

黒い兵士たちは、走らなかった。

同じ歩幅。

同じ角度。

同じ呼吸。

城壁の上から見ているだけで、背筋が寒くなる。

「なんか、全員同じ人に見える」

俺の呟きに、ユウマが頷いた。

「魔力の反応がありません」

「じゃあ普通の兵士?」

「普通の兵士は、矢が刺さっても歩き続けません」

嫌な説明をありがとう。

最初の矢が黒い鎧に当たった。

兵士はよろめきもしない。

次の矢は関節の隙間に刺さったが、それでも進む。

レイグが城門の前へ出た。

「試す」

一閃。

先頭の兵士の武器が折れた。

しかし兵士は素手で殴りかかる。

痛みを感じていないようだった。

「……厄介だ」

ゲイルが横から斬り込み、膝の装甲を砕いた。

兵士は倒れたが、腕だけで前へ進もうとする。

俺はしゃもじを掲げた。

「スラ、整えろ!」

スライムが一体を包む。

いつもなら、敵意が薄れたり動きが止まったりする。

だが、何も変わらない。

「……あれ?」

もう一度。

「整えろって!」

ぷるん。

スラは困ったように揺れた。

兵士はスライムを引き剥がし、こちらへ向かってくる。

「効かない!?」

レイグが俺を引っ張った。

黒い拳が頬のすぐ横を通る。

「下がれ!」

「いや、もう一回なら!」

「同じことをしても変わらん!」

言われて、足が止まった。

城壁の上で警鐘が鳴る。

敵は魔物を解放されたことなど気にしていない。

むしろ、最初からこちらの手を読んでいたようだった。

ユウマが倒れた兵士を調べた。

「中身が……妙です」

鎧の隙間から見えたのは、青白い人工の筋肉と金属の骨格だった。

「人間じゃない?」

「生き物ですらないかもしれません」

最初に異変に気づいたのは、スラだった。

ぷるん、と俺の手首に巻きつき、いつもより強く引っ張った。

「どうした?」

黒い兵士の胸元を見た。

そこには紋章も、階級章もない。

ただ、小さな番号だけが刻まれている。

「人間だったら、名前があるはずだよな」

俺は呟いた。

ユウマは返事をしなかった。

敵が前進するたび、金属の足音が同じ間隔で響く。

倒れても叫ばない。

傷ついても怒らない。

その不気味さは、魔物の咆哮よりずっと怖かった。

城壁では、弓兵たちが矢を使い果たし始めていた。

「予備の矢は?」

「あと二箱です!」

元王子は歯を食いしばる。

「狙う場所を絞れ。動きを止めるだけでいい」

「ですが、止まりません!」

その報告を聞き、俺は初めて戦場の数字を実感した。

一体を倒すために十本の矢が必要なら、千体には一万本いる。

こちらには、そんな余裕はない。

レイグが城壁へ戻ってきた。

腕の鎧に深い傷がある。

「平気か?」

「かすり傷だ」

「それ、鎧が半分なくなってるけど」

「中身は無事だ」

冗談のように言っていたが、息が荒い。

ゲイルも同じだった。

圧倒的な速さで敵を斬っても、相手は疲れない。

「休んでくれ」

俺が言うと、ゲイルは首を振った。

「俺が止まれば、門が破られる」

「じゃあ俺が代わる」

「……何で?」

「それはこれから考える!」

「考えてから来い」

正論だった。

俺は悔しくて、城壁の石を蹴った。

これまでの旅では、しゃもじを振れば何とかなることが多かった。

失敗しても、スラが助けてくれた。

その気軽さに甘えていたのかもしれない。

ユウマが水筒を渡してくれた。

「今、何が見えます?」

「黒い敵と、困ってる仲間」

「じゃあ、敵以外は?」

俺は辺りを見回した。

壊れた荷車。

石材の山。

排水溝。

古い貯水池の標識。

「……いっぱいある」

「戦場は敵だけでできてるわけじゃないです」

俺はようやく顔を上げた。

スラはまだ俺の手首にくっついていた。

「お前も、しゃもじがなくても手伝ってくれるか?」

ぷるん。

「そうだよな」

俺は、敵ではなく地形を見ることにした。

俺は黒い兵士の手首に触れようとして、やめた。

金属の指が、まだわずかに動いている。

そこに意思があるのか、ただ命令を繰り返しているだけなのか、俺には分からない。

「壊していいものなのかな」

ユウマは慎重に答えた。

「分かりません。でも、今は仲間を守る必要があります」

「……そうだよな」

正しい答えが見つからなくても、選ばなければならない。

勇者って、思っていたよりずっと面倒な仕事だった。

俺はしゃもじを握った。

手のひらが汗で滑る。

「じゃあ、整えるところがないのか」

これまで俺は、敵を倒さずに済ませてきた。

魔物も盗賊も、どこかに乱れがあって、それを直せば戦いが終わった。

でも目の前の兵士には、苦しむ心も、戻る場所も見えない。

レイグが二体を相手に押され始めた。

ゲイルは速い。

けれど数が多すぎる。

元王子が兵士たちへ叫ぶ。

「第一防衛線を放棄! 負傷者を内側へ!」

「待って! 俺が何とか――」

「カイ!」

元王子の声が鋭くなった。

「今はお前一人の問題じゃない!」

俺は息を呑んだ。

そのとき、黒い兵士の一体が城壁の上に跳び上がった。

若い兵士が転び、槍を落とす。

「助けて!」

俺は反射的に走った。

しゃもじを振る。

ぺちっ。

当然、効かない。

黒い兵士が腕を振り上げた。

間に合わない。

そう思った瞬間、ピカウルフが飛び込み、兵士の腕に噛みついた。

金属の音。

牙が滑る。

「ピカ!」

ゲイルの剣が兵士の脚を断ち、レイグが若い兵士を抱えて後退した。

誰も死ななかった。

だが、ピカウルフは足を引きずっていた。

「……俺のせいだ」

俺はしゃがみ込み、傷を確かめた。

ピカは俺の手を舐めた。

わふ。

慰めるなよ。

余計に情けなくなる。

ユウマが隣に座った。

「カイさん。能力が効かないなら、別の方法を考えましょう」

「簡単に言うなよ」

「簡単じゃないから、五人いるんです」

俺は顔を上げた。

ユウマはいつもの軽い笑顔ではなかった。

「しゃもじが使えないときの勇者を、まだ誰も見てません」

城門の向こうで、黒い足音が近づく。

俺は立ち上がった。

「……分かった」

しゃもじを腰に差す。

「今度は頭を使う」

レイグが振り返った。

「普段は使ってなかったのか?」

「今そこ突っ込む!?」

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