第四話:橋、だいたい概念から直す
夜の街道。
月明かりの下、崩れた橋が黒い影になっていた。
「……これは無理だろ」
思わず本音が出る。
川幅、広い。
水流、速い。
橋、完全崩壊。
板どころか、支柱ごと持っていかれている。
対岸には――
ランタンを持った人影。
「おーい!! 助けてくれー!!」
商人たちだ。
馬車も止まっている。
「橋がないと帰れねぇんだ!!」
ですよね。
後ろでは村長と数人の男たちが顔をしかめている。
「これを直すとなると……何日かかるか」
「材料も足りん……」
「というか人手が――」
「はいストップ」
俺は手を上げた。
全員がこちらを見る。
「普通にやる発想は一旦捨てよう」
「嫌な予感しかしないんだが」
村長、正しい。
俺は川辺まで歩く。
流れを見下ろす。
「……スラ」
ぷるん。
スライムたちが前に出る。
十数匹。
いや、なんか増えてるなこれ。
「いけるか?」
スラたちは、川を見る。
そして――
ぴょん。
次々に飛び込んだ。
「おいぃぃぃ!?」
村人たちが叫ぶ。
普通流されるぞ
だが。
ぼこっ。
水面が揺れる。
スライムたちが、流れの中で――
“止まっている”。
「……は?」
流れてない。
踏ん張ってる。
しかも――
広がっている。
川の上に、薄く、広く。
「……お前ら、何してんの」
ぷるるん。
答えは単純だった。
――自分たちを“混ぜて”、形を変えている。
「……は?」
スライムたちが、水面の上でゆっくりと集まり始める。
一匹が伸びる。
別の一匹とくっつく。
さらに別の一匹が重なる。
ぐにゅ。
ぬる。
ぺた。
「おい……」
誰かが呟く。
スライムたちは、ただ浮いているんじゃない。
“繋がっている”。
川の上に、一本の筋のように。
「……まさか」
俺は目を細める。
スライムたちは、さらに広がる。
横に。
縦に。
厚みを持って。
やがて――
ぴたり、と動きが止まった。
そこにあったのは。
「……橋?」
誰かが、信じられないように言った。
見た目は半透明。
ぷるぷるしている。
だが形は完全に――
橋だ。
「いや待て待て待て」
俺は近づく。
恐る恐る足を乗せる。
ぺた。
沈まない。
もう一歩。
ぺた。
「……立てる」
重さをかける。
びくともしない。
むしろ――
じんわりと、足裏にフィットする。
「クッション性あるのやめろ」
村人の一人が叫ぶ。
「お、おい! 行けるぞこれ!!」
別の男が恐る恐る乗る。
ぺた。
ぺた。
「……おお……」
次の瞬間。
「うおおおおお!!」
一気にざわめく。
「橋だ!!」
「橋できてるぞ!!」
「なんでだよ!!」
正しい反応である。
対岸の商人たちも気づいた。
「おーい!! それ渡れるのか!?」
俺は手を振る。
「たぶん!!」
「信用できねぇ!!」
知ってる。
だが一人が覚悟を決めた。
「……行くぞ!!」
馬を引いて、一歩。
ぺた。
止まる。
「……」
さらに一歩。
ぺた。
「……いける」
そのまま歩き出す。
ぺた、ぺた、ぺた。
そして――
「渡れたぁぁぁ!!」
歓声。
一気に流れができる。
商人。
荷車。
馬。
全員、スライム橋を渡っていく。
ぺたぺた音がうるさい。
俺は橋の中央でしゃもじを持ったまま立っていた。
下を見る。
流れるはずの川。
だが今は――
スライムたちが“形”として存在している。
「……お前ら、すげぇな」
ぷるん。
橋全体が、わずかに揺れた。
なんか返事した。
渡り終えた商人たちが、何度も振り返る。
「信じられねぇ……」
「橋を……魔物で……?」
「いやもう意味が分からん……」
村長が俺の横に立った。
「……勇者様」
「ん?」
「これ、どのくらい持つ」
またそれである。
俺は少し考えて――
しゃもじを軽く振った。
すると。
橋の一部が、ぐにゅ、と動いた。
「……あー」
理解した。
「維持は必要だな」
「やっぱりか……!」
その時。
橋の端で、スライムが一匹だけ遅れて動いた。
ぷる……ぷる……。
「ん?」
そのスライムは、小さく震え――
ぺたり。
少し崩れた。
「おい」
俺は眉をひそめる。
「負担、かかってるな」
橋という“形”を維持するのは、
どうやら楽じゃないらしい。
スライムたち全体も、わずかに揺れている。
「……長時間は無理か」
だが、それでも。
「ゼロから作るより、圧倒的に早い」
村長が頷く。
「応急処置としては……十分すぎる」
対岸の商人の一人が、目を輝かせた。
「……いや、待て」
全員がそちらを見る。
「これ、逆にすごくないか?」
「は?」
「橋が壊れても、その場で復旧できる」
「……まあ」
「しかも材料いらず」
「……まあ」
「人もいらない」
「……まあ」
「維持だけすればいい」
「……まあ」
商人は、にやりと笑った。
「――商売になるぞ、これ」
「おい」
嫌な方向に頭いいやつ来た。
「通行料、取れるぞ」
「やめろ」
「橋より安くすれば人は来る」
「やめろ」
「しかも壊れない、流されない」
「やめろ」
「勇者様、共同事業どうだ?」
「話が早ぇな!?」
村長が頭を抱える。
「勇者様がインフラ利権を握る未来が見える……」
「やめてくれ」
でもちょっと考える。
……いや、これ普通に強いな?
その時だった。
ぐらり。
橋全体が、わずかに揺れた。
「……ん?」
次の瞬間。
森の奥から――
ずしん。
ずしん。
重い足音。
全員の視線が、一斉に向く。
「……おい」
村人が震えた声を出す。
「なんか来るぞ……」
木々が揺れる。
地面がわずかに震える。
そして――
現れた。
巨大な影。
「トロル……!」
誰かが叫ぶ。
でかい。
硬い。
絶対強い。
しかも――
まっすぐ橋に向かってくる。
「おい待て」
俺は思わず声を上げた。
「それ、乗る気か?」
トロルが一歩踏み出す。
ぺた。
スライム橋が、ぐにゅっと沈む。
「やめろぉぉぉ!!」
耐えろスライム!!
「……どうする!?」
村長が叫ぶ。
俺はしゃもじを握る。
目の前には、
橋を壊しかねない巨大モンスター。
後ろには、
限界で支えているスライムたち。
選択肢は一つ。
「……混ぜるしかねぇか」
「無茶言うな!!」
たぶんそう。
でも――だいたいそれでなんとかするしかねぇ。
俺は一歩踏み出した。
スライム橋の上を。
トロルに向かって。
しゃもじ一本で。
「よし」
覚悟を決める。
「デカいの、整えるぞ」
橋の上で――
無謀すぎる戦いが、始まった。




