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勇者としゃもじの冒険  作者: レモンティー


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第三十九話 魔王軍十万が攻めてきたので、全員で迎え撃つことにした

夜明け前、城塞の鐘が三度鳴った。

「敵本隊、展開開始!」

俺は寝台から飛び起きた。

枕元にはしゃもじ。

剣も盾もない。

いつも通りである。

「十万って、何人までなら数え間違いの可能性がある?」

「九万九千九百九十九人までは誤差かもな」

レイグは真顔だった。

「絶望的な励まし方をするな!」

城壁に上がると、黒い旗が地平線を埋めていた。

兵士だけじゃない。

狼型の魔物、甲殻獣、翼のある影。

まるで大地そのものが押し寄せてくる。

元王子が地図を広げた。

「敵は三方向。東は歩兵、西は騎獣、中央は大型魔物。正面から受ければ門が持たない」

ユウマが望遠鏡を覗く。

「補給車列は後方。あの旗の数、全部が戦闘員というわけではなさそうです」

ゲイルは無言で敵陣を見ていた。

「……魔力の流れが妙だ」

「どう妙なんだ?」

「揃いすぎている」

俺にはよく分からなかった。

だが、スラたちは城壁の上で震えている。

怖がっているというより、嫌な音を聞いているようだった。

作戦会議は短かった。

レイグは正門の守備。

ゲイルは突破してきた精鋭への対処。

元王子は兵の配置と退路の確保。

ユウマは敵の動きの観察。

「で、俺は?」

「お前は城壁と魔物の面倒を見ろ」

「勇者なのに飼育係!?」

「一番重要だ」

そう言われると反論しにくい。

俺はスラを集めた。

全員を城壁に貼りつけたら、また疲弊する。

昨日の反省だ。

工兵が用意した木枠と土嚢を使い、スライムは必要な場所だけ補強する。

ピカウルフには伝令の札を首に下げてもらった。

「いいか、無理はするな。危なくなったら下がれ」

ぷるん。

返事は頼もしい。

けど、たぶん半分くらい分かってない。

開戦前、俺は城壁の下にある仮設の救護所を訪ねていた。

そこでは、まだ鎧の大きすぎる若い兵士が、震える手で包帯を巻いていた。

「勇者様。俺、明日まで生きていますかね」

そんなことを聞かれても、未来なんて分からない。

「分からない。でも、帰れるように一緒に考えよう」

俺はそう答えた。

格好いい言葉は思いつかなかった。

彼は小さく笑った。

「勇者様の武器、本当にしゃもじなんですね」

「失礼な。伝説級のしゃもじだぞ」

「伝説って、どんな?」

「……まだ説明書が見つかってない」

彼は初めて声を出して笑った。

その笑顔を見て、俺は思った。

戦いが始まったら、この子を数字の一つにしたくない。

元王子は防衛計画を見直していた。

「負傷者の搬送路は一本では足りない。東門の裏にも通路を作る」

「城壁の守備兵が減るぞ」

レイグが言う。

「減らす。逃げ道のない陣地は、勇敢な兵士を死なせるだけだ」

元王子は地図の端に赤い線を引いた。

俺は少し驚いた。

かつて王位を求めていた男が、今は誰が無事に帰れるかを考えている。

「いい顔になったな」

「何がだ」

「王子じゃない顔」

彼は照れたように咳払いをした。

「余計なことを言うな」

ユウマは敵の進路を予測するため、夜通し旗の位置を記録していた。

「三つの隊列が同時に動いているようで、微妙に時間差があります」

「それって大事なのか?」

「一番先に動く部隊が、本命とは限りません」

ゲイルは遠くの丘を見た。

「敵は、こちらがどこまで守れるか試している」

その言葉に、俺の背中が冷たくなった。

開戦の角笛が鳴ったとき、さっきの若い兵士が槍を握っていた。

俺は声をかけた。

「帰ったら、飯を食おう」

「はい!」

たったそれだけの約束を守るために、俺はしゃもじを握り直した。

戦場には剣の達人も、優秀な指揮官もいる。

だから俺は、俺にしかできない仕事をしよう。

最初に救うのは、目の前で苦しんでいる魔物だ。

敵のものだろうが、味方のものだろうが、苦しいものは苦しい。

そんな単純なことを、戦場で忘れたくなかった。

その後、救護所の医師が俺を呼んだ。

「勇者様、スライムで止血はできますか?」

「できるかもしれない。でも傷口に直接触れさせるのは危ない」

俺たちは清潔な布を用意し、スラには水桶や包帯の運搬だけを任せた。

医師は頷いた。

「万能ではないと分かっているのが、ありがたい」

俺は苦笑した。

「万能だったら、もっと立派な武器を持ってるよ」

医師は笑わなかった。

「立派な武器より、戻ってくる人が多いほうがいい」

その言葉を胸にしまった。

敵の角笛が鳴った。

最初の突撃は西側だった。

騎獣の群れが砂煙を上げる。

矢が降り、盾が鳴る。

俺はしゃもじを振った。

「西門前、ぬかるみ作戦!」

スラが地面の水分と土を混ぜ、馬の脚が沈む程度の柔らかい地面を作る。

敵の先頭が急停止し、後続がつかえた。

「止まった!」

兵士たちが歓声を上げる。

「まだ喜ぶな! 転んだやつを踏み潰すなよ!」

俺の声は戦場の騒音に消えた。

レイグが城門から飛び出し、倒れた騎獣を避けながら敵の武器だけを弾き飛ばした。

「お前の無茶な注文に慣れてきた!」

「褒め言葉として受け取る!」

だが中央から大型魔物が進み出た。

背中には金属の輪が嵌められ、そこから黒い光が伸びている。

巨体は苦しげに鳴いた。

「……あれ、嫌がってる」

俺は思わず呟いた。

ユウマが頷く。

「見てください。兵士は止まっているのに、魔物だけが前進を続けている」

巨獣は城壁に頭を打ちつけた。

スライムが衝撃を受け止める。

だが、その目は怒りよりも怯えに満ちていた。

「待て、レイグ! あいつを斬るな!」

「じゃあどうする!」

「分からん! でも分かるまで時間を稼いで!」

「一番困る指示だ!」

ゲイルが巨獣の足元へ滑り込み、鎧の継ぎ目を斬った。

黒い輪から火花が散る。

巨獣の動きが一瞬だけ鈍った。

その隙に俺はしゃもじを地面へ突き立てた。

「スラ、輪の周りを見てくれ。壊すんじゃない。絡まってるものを探すんだ」

数匹が巨獣の背を這い、金属の輪を包む。

ぴりっと指先が痺れた。

しゃもじを通じて、嫌なざらつきが伝わる。

何かが、無理やり命令を押し込んでいる。

俺は息を呑んだ。

「……これ、戦争じゃなくて、誰かが操ってるんだ」

遠くの敵陣で、赤い旗が一度だけ振られた。

巨獣が悲鳴を上げる。

輪がさらに強く光った。

戦いは、まだ始まったばかりだった。

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