第三十八話 スライムを城壁に配置したら、難攻不落になった
北方城塞の朝は、鐘の音で始まった。
「敵影、前方三千!」
見張りの声が城壁を走る。
俺は慌てて階段を駆け上がった。
「三千!? 昨日は百ぐらいって言ってなかった!?」
「先遣隊だ。後ろにはもっといる」
レイグが答える。
「最悪!」
城壁の向こうには、黒い鎧を着た兵と大型の魔物が並んでいた。
先頭には、角のある巨大な獣。
その後ろに、丸太を抱えた魔物たちがいる。
「攻城戦ですね」
ユウマが目を細めた。
「最初の狙いは門でしょう」
元王子が兵士たちに指示を出す。
「弓兵は門の上へ。工兵は予備の木材を運べ。避難路を空けておけ!」
俺はしゃもじを掲げた。
「スラ! 第一班は門、第二班は城壁、第三班は負傷者の搬送!」
スライムたちが三つの群れに分かれる。
「……お前、いつの間に班分けしたんだ」
レイグが呆れた。
「昨日の夜に練習した」
「寝ろよ!」
敵軍の角笛が鳴った。
巨大な獣が走り出す。
どどどど、と地面が揺れる。
「来た!」
俺は城門の内側にスライムを集めた。
門を厚い粘性の層で包み、衝撃が一点に集中しないようにする。
「これで……どうだ!」
巨大な角が門にぶつかった。
どおん!!
衝撃が全身に響く。
しかし門は折れない。
代わりに、表面がぐにゅっとへこみ、ゆっくり元に戻った。
「……は?」
敵の先頭にいた兵が立ち止まる。
「門が……戻った?」
「よし!」
俺は拳を握った。
「ぷるぷる城門、成功!」
「名前が弱そうだ!」
レイグのツッコミが飛ぶ。
二度目の突撃。
三度目の突撃。
そのたびに門はへこみ、元に戻る。
工兵の親方が笑い出した。
「こんな門、見たことがない!」
「俺もないです!」
「作った本人だろ!」
だが、敵も馬鹿ではなかった。
門への攻撃を諦め、城壁に梯子をかけ始める。
さらに、投石器から大きな岩が飛んできた。
「上だ!」
レイグが叫ぶ。
岩は城壁の中央へ向かっていた。
俺はしゃもじを振る。
「スラ、受け止めろ!」
城壁に張りついたスライムたちが、巨大なクッションのように膨らむ。
岩が当たる。
ぐにゅうっ。
勢いが吸収され、岩は城外へ転がり落ちた。
「……跳ね返した」
元王子が呟く。
「でも、これを何度も受けたらスライムが持たない」
その通りだった。
スラたちの体が少しずつ濁っている。
「……負担が大きいな」
俺は考えた。
受け止めるだけでは、いつか限界が来る。
ならば、受け流す。
「スラ! 壁の表面を斜めにしろ!」
スライムたちが形を変える。
次に飛んできた岩は、斜面を滑って城外へ落ちた。
衝撃は半分以下。
「よし、これなら!」
ユウマが笑った。
「敵の攻撃を、こちらの地形で変えるわけですね」
「そういうこと!」
しかし、敵将が新たな命令を出した。
黒い鎧の兵が一斉に弓を構える。
矢の先には、赤い火が灯っていた。
「火矢!」
レイグが叫ぶ。
「スライムを下げろ! 燃えるぞ!」
俺は一瞬迷った。
スライムを下げれば城壁が壊れる。
残せば傷つく。
「……くそ!」
そのとき、姫が城壁の上に現れた。
「迷うな、カイ!」
彼女は大きな盾を構え、兵士たちに叫ぶ。
「水桶を持て! 濡れ布を壁へ! スライムを守れ!」
兵士たちが動き出す。
水をかけ、布を広げ、火矢を消していく。
俺は目を見開いた。
「……そうか」
全部、しゃもじで解決しなくていい。
「スラ、守られていいんだぞ!」
ぷるん。
スライムたちは、少しだけ元気を取り戻した。
日が傾くころ、敵軍はようやく後退した。
城門は残り、城壁も持ちこたえた。
兵士たちが歓声を上げる。
「勝ったぞ!」
「門が残った!」
俺は城壁にもたれた。
「……疲れた」
レイグが水筒を差し出す。
「よくやった」
「珍しく褒めるな」
「明日も同じことができるか?」
俺は敵陣を見た。
遠くに、新しい旗がいくつも上がっている。
「……できればやりたくない」
「だろうな」
ユウマが望遠鏡を下ろした。
「本隊が来ています。数は……十万に近い」
歓声が、少しずつ止んだ。
俺はしゃもじを握り直す。
「……なあ、レイグ」
「何だ」
「次は門を守るだけじゃ足りないな」
「ああ」
俺は遠くの黒い旗を見つめた。
「なら、敵が攻めたくなくなる方法を考えよう」
スライムが、足元でぷるんと跳ねた。
戦いは、まだ始まったばかりだった。
夜、敵陣には無数の火が灯った。
城壁から見ると、まるで地上に星空が落ちたようだった。
「……十万って、あんなにいるんだな」
俺は呟いた。
レイグが隣に立つ。
「数だけを見れば、勝ち目は薄い」
「正直だな」
「嘘をついても兵は守れない」
俺はしゃもじを握った。
「じゃあ、相手の数を減らす方法を考えよう」
「どうやって?」
「全員を倒すんじゃない。戦わなくてもいいやつを、戦わない側に戻す」
レイグは俺を見た。
「……魔物の支配を解くつもりか」
「まだ分からない。でも、今日の敵の中に、嫌がってるやつがいた気がする」
レイグは少し考えて頷いた。
「調べる価値はある」
俺は遠くの炎を見つめた。
明日は、守るだけじゃなく、敵の事情も確かめよう。
その晩、城壁の上で見張りを交代する兵士が、俺に温かい飲み物を渡してくれた。
「勇者様、今日はありがとうございました」
「いや、俺だけじゃないよ」
俺は城内を指さした。
工兵は壁を点検し、料理人は夜食を作り、治療係は負傷者を診ている。
「みんなが動いたから守れたんだ」
兵士は頷いた。
「明日も、守れますかね」
俺は遠くの敵陣を見た。
「分からない。でも、今日より準備はできる」
「……はい」
兵士は少しだけ背筋を伸ばした。
俺は飲み物を一口飲んだ。
熱かった。
舌を火傷しそうになった。
「うわっ!」
兵士が笑う。
緊張した夜にも、笑い声は必要だった。
戦いが終わったあと、俺はスライムたちを一匹ずつ確かめた。
体が濁っているもの。
動きが鈍いもの。
少し欠けたもの。
「……無理させたな」
しゃもじを当てて、ゆっくり整える。
スラはぷるんと震え、俺の指にくっついた。
「お前ら、よく頑張った」
工兵の親方が近づいてきた。
「勇者殿。明日からは俺たちも壁の補強を手伝う。魔物任せにはしない」
「助かります」
「人間にも、できる仕事があるからな」
俺は笑った。
「そうですよ。俺だって、しゃもじだけで全部やるつもりはありません」
親方が頷く。
「なら、明日はもっと丈夫な壁を作ろう」
親方は壁の上のスライムを見た。
「だが、こいつらに無理をさせっぱなしにはできん」
「そうなんです。休憩と交代が必要で」
ユウマが即座に当番表を広げる。
「四班交代にしましょう。負担が偏ったら防衛が崩れます」
レイグが笑った。
「しゃもじの勇者の城塞は、勤務表で守られるのか」
「働き方改革だよ!」
俺は城壁を見上げた。
一人の力で守るより、みんなで守ったほうが強い。
そんな当たり前のことを、戦場で教えられた気がした。




