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勇者としゃもじの冒険  作者: レモンティー


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第三十六話 魔王から招待されたので、王様に相談した

黒い封筒は、妙に上等だった。

山の上で拾ったとは思えないほど汚れ一つなく、銀色の文字が光っている。

『しゃもじの勇者へ』

「……俺宛て?」

「他にしゃもじを持っている勇者がいるなら会ってみたいな」

レイグが言った。

「いるかもしれないだろ。おたま勇者とか」

「話を逸らすな」

封を切ると、中には短い手紙が入っていた。

『一度、話がしたい。

魔王城にて待つ』

それだけ。

俺は裏返した。

『追伸。

できれば、そのしゃもじを持参してほしい』

「……え?」

ユウマが覗き込む。

「魔王から、ですか?」

「多分。差出人に『魔王』って書いてある」

「雑ですね」

「お前に言われたくないと思う」

元王子は真剣な顔で手紙を受け取った。

「王都に戻ろう。これは父上にも知らせる必要がある」

ゲイルは青い光が消えた谷を見つめていた。

「……魔王は、俺たちのことを知っている」

「施設のことも?」

「少なくとも、知らないとは思えない」

少年――第八試験体は、まだ名前を持っていなかった。

彼は俺たちの会話を聞きながら、じっとしゃもじを見つめている。

「……それは何だ」

「しゃもじ」

「用途は?」

「本来はご飯をよそう」

「ご飯?」

「米を炊いたら分かる」

「お前、炊いたことあるのか?」

レイグが聞く。

「この世界ではまだない」

「説得力がない!」

少年は初めて、ほんの少しだけ笑った。

俺はそれを見て安心した。

施設を出たばかりの少年を王都へ連れていくのは危険だ。

ゲイルも同じ考えだった。

「麓の村に預けよう。事情を話して、保護を頼む」

「名前が必要だな」

ユウマが言う。

「じゃあ、ハチ」

「安直すぎる!」

全員に突っ込まれた。

少年はしばらく考えたあと、首を横に振った。

「名前は、自分で決めたい」

俺は頷いた。

「いいじゃん。それが一番だ」

村へ戻ると、ノルが走ってきた。

「父ちゃん!」

青い帽子の男が少年を抱きしめる。

二人とも泣いていた。

俺たちは少し離れたところで見守った。

「……よかったな」

ゲイルが小さく言った。

「ああ」

俺はしゃもじを見た。

こいつで人を殴るより、こういう場面を増やしたい。

そう思った。

数日後、王都。

王城の門前で、俺たちは盛大に止められた。

「勇者様、その後ろの魔物の群れは……」

「仲間」

「前より増えていませんか?」

「気のせい」

「明らかに増えています!」

「……数えるな。悲しくなる」

スライムたちが整列し、門番にぺこりと頭を下げる。

門番は目を閉じた。

「慣れません……」

王との謁見は、すぐに許された。

俺は黒い封筒を差し出す。

王は手紙を読み、しばらく黙った。

「魔王から直接、か」

「招待状です。飯が出るかは書いてないです」

「そこが気になるのか」

「大事ですよ。遠いんで」

王は笑わなかった。

「魔王が勇者を招くのは、異例だ。しかも、討伐ではなく対話を求めている」

レイグが口を開く。

「罠の可能性が高い。軍を動かすべきです」

元王子は首を振った。

「罠なら、こんな目立つ招待状を送る必要がない。何か伝えたいことがあるのかもしれない」

ユウマが続ける。

「手紙の材質も奇妙です。魔力が残っているのに、攻撃性がない」

王は俺を見た。

「勇者カイ。お前はどう思う」

俺は少し考えた。

「……まず、聞いてみたいです」

「何を?」

「なんでしゃもじが欲しいのか」

王の表情が変わった。

ほんの一瞬。

しかし、確かに。

「……その道具について、何か知ってるんですか?」

王は答えなかった。

代わりに窓の外を見た。

「今は話せぬこともある」

俺は顔をしかめる。

「うわ、また秘密!」

レイグが低く言った。

「陛下。勇者を危険にさらすなら、説明が必要です」

王はゆっくり頷いた。

「明日、軍議を開く。その場で、知っていることを話そう」

俺は深く息を吐いた。

「よし。じゃあ今日は寝ます」

「緊張感!」

ユウマが笑う。

「カイは平常運転ですね」

「寝不足で魔王に会いたくないだろ」

その夜、王城の廊下で姫と再会した。

「無事だったか」

「ああ。ゲイルもいる」

姫はゲイルを見て、目を細めた。

「……お前、どこかで」

ゲイルは静かに頭を下げた。

「昔、山で助けられた」

姫は少し考え、突然手を叩いた。

「ああ! あの無口なやつか!」

「覚え方が雑!」

俺が叫ぶと、姫は笑った。

ゲイルも、ほんの少し笑った。

翌朝、王都の鐘がいつもより早く鳴った。

北方の見張り台から、緊急の知らせが届いたのだ。

魔王軍が、国境へ集結している。

王都での夕食は、久しぶりに賑やかだった。

姫が豪快に肉を切り分け、元王子が皿を並べ、ユウマが勝手に乾杯の音頭を取る。

「王城でこんな食べ方をしていいのか?」

俺が聞くと、姫は笑った。

「食べるときくらい、肩書きを忘れろ」

ゲイルは肉を一口食べて、目を丸くした。

「……うまい」

「そうだろ!」

俺が嬉しくなると、レイグが首を傾げた。

「お前が作ったわけじゃないだろ」

「うまいものは誰が作ってもうまい!」

ゲイルはもう一口食べた。

姫はその様子を見て、満足そうに頷いた。

「少しは人間らしい顔になったじゃないか」

ゲイルは困ったように笑った。

その夜の食事は、きっと彼の記憶に長く残る。

王城の客室で、俺はしゃもじを机に置いた。

王様にもらったときは、ただの外れ武器だと思った。

今は、こいつのおかげで出会えた仲間がいる。

スライム。

ピカウルフ。

レイグ。

ユウマ。

元王子。

姫。

そしてゲイル。

「……変な旅になったな」

窓の外で、城の灯りが揺れている。

俺はしゃもじの銀線に触れた。

「お前、いったい何なんだよ」

当然、返事はない。

「喋らないって王様も言ってたしな」

そう呟いた瞬間、銀線が一度だけ明るくなった。

俺は固まる。

「……今の、気のせいだよな?」

返事は、やっぱりなかった。

姫はゲイルの腕を見て、すぐに異変を察した。

「また無茶をしたな」

「……すまない」

「謝る相手は私じゃない。今の仲間だ」

ゲイルは少し驚いたように顔を上げる。

姫は俺たちを見回した。

「こいつは昔から、助けを求めるのが下手だった」

「知ってたのか」

「山で倒れていたときも、平気だと言い張った。立てもしないのにな」

俺はゲイルを指さした。

「今と一緒じゃん!」

レイグが深く頷く。

「まったくだ」

ゲイルは珍しく困った顔になった。

姫は笑う。

「だから、頼む。こいつを一人にするな」

俺はしゃもじを掲げた。

「任せろ。見張りは得意だ」

「それ、勇者の仕事なのか?」

「今はそう!」

姫は笑いを収めると、ゲイルの前に立った。

「助けてもらったことはある。でも、私のために死ぬ必要はないわ」

ゲイルは驚いたように顔を上げる。

「お前の人生は、お前が決めなさい」

「……承知した」

「返事だけ立派ね」

俺は思わず吹き出した。

その言葉を、ゲイルがいつか本当に信じられたらいい。

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