第三十五話 魔王軍幹部を倒したら、魔王から招待状が届いた
青い光の柱は、夜明けになっても消えなかった。
俺たちは採石場の避難所を村人たちに託し、再び施設へ向かった。
「ノルのお父さんも探す。忘れてないよな」
「もちろん」
ユウマが地図を示す。
「人間用の収容区画はここ。中央槽の手前です」
「じゃあそこから」
レイグが頷く。
「敵の主力が来る前に救出するぞ」
扉を開けると、廊下には赤い警報灯が点滅していた。
『第八試験体、起動』
「嫌な館内放送だな!」
「館内放送だと思うな」
元王子が苦笑する。
人間用の区画には、作業服を着た男たちが閉じ込められていた。
「助けに来た!」
俺が叫ぶと、一人が鉄格子へ駆け寄った。
左の眉に傷。
古い青い帽子。
「ノルのお父さん!」
「息子を知ってるのか!?」
「無事だよ。今、麓で待ってる!」
男はその場に膝をついた。
「……よかった」
俺はスライムで鍵を外し、全員を解放した。
だが、最後の一人が言った。
「奥に、まだ誰かいる。子どもの声がしたんだ」
ゲイルの顔が強張る。
「……第八だ」
「子ども?」
「肉体の年齢は分からない。だが、目覚めたばかりなら……」
俺は奥の扉を見た。
「なら、放っておけない」
レイグが剣を抜く。
「俺たちが先に行く。カイは救出した人間を外へ」
「分かった。すぐ追いつく!」
スライムに道案内を任せ、男たちを非常口へ送る。
そして中央槽へ向かった。
巨大な円形の部屋。
中央に青い液体を満たした槽があり、そこから何本もの管が伸びていた。
槽の前に、一人の少年が立っている。
年は十五、六に見えた。
銀色の髪。
感情のない目。
そして、ゲイルと同じ黒い筋。
「……第八」
ゲイルが呟く。
少年は首を傾げた。
『第七を確認。
排除する』
「待て!」
俺が叫ぶ。
少年は反応しない。
一瞬でゲイルの前に現れ、拳を振り下ろした。
轟音。
ゲイルが受け止めるが、床が大きく沈む。
「強っ!?」
レイグが斬り込み、元王子が横から牽制する。
ユウマは管の配置を見上げた。
「中央槽から力を送っています! 供給を止めれば!」
「俺がやる!」
スライムを管へ送り込む。
だが黒い魔力が流れ込み、スラたちは次々に弾かれた。
「くそ、強制的に動かされてる!」
少年はゲイルの首を狙う。
ゲイルは避けながら叫んだ。
「カイ! こいつは止まらない! 俺を倒すまで動く!」
「じゃあ命令のほうを止める!」
俺はしゃもじを管に押し当てた。
銀の線が光る。
魔力の流れが見える。
青い液体から少年へ、一本の太い流れ。
その途中に、黒い塊がいくつも挟まっていた。
「……命令って、こんな形してるのか」
俺はしゃもじを回した。
しかし流れが強すぎる。
腕が跳ね返され、床に転がった。
「カイ!」
「大丈夫!」
立ち上がる。
「スラ、管を全部押さえろ! 止めるんじゃなく、流れを分ける!」
スライムたちが一斉に管へ張りついた。
青い光が幾つにも分かれる。
少年の動きが、一瞬だけ鈍った。
ゲイルが剣を下ろす。
「……今だ」
レイグと元王子が少年の両腕を押さえ、ユウマが背後の制御盤を操作する。
俺はしゃもじを少年の胸に当てた。
「聞こえるか?」
少年の目が動く。
「俺たちはお前を倒しに来たんじゃない」
黒い筋が震える。
「お前は、何がしたい?」
少年の唇がわずかに開いた。
「……分からない」
初めて、自分の声で答えた。
「じゃあ、これから考えればいい」
俺はしゃもじをもう一度回した。
黒い塊がほどけ、青い光が静かになる。
少年は膝をついた。
『制御喪失』
天井から声が響く。
『第八試験体、回収不能』
次の瞬間、部屋全体が赤く染まった。
『施設自壊手順を開始』
「うわああ! 最後は自爆かよ!」
ユウマが時計のような表示を見た。
「三分!」
「短っ!」
ゲイルが少年を背負い、レイグが出口へ走る。
俺はしゃもじを掲げた。
「スラ! 通路を作れ! 全員まとめて脱出だ!」
床が揺れる。
壁が崩れる。
それでも、誰も置いていかなかった。
外へ飛び出した瞬間、背後で山が震えた。
青い光が消える。
俺は地面に転がり、空を見た。
「……助かった?」
ピカウルフが顔を舐めた。
「よし。生きてる」
ゲイルは少年をそっと下ろした。
少年が小さく聞く。
「……俺は、何者だ」
ゲイルは答えた。
「これから決めればいい」
俺は笑った。
「とりあえず、腹減ってない?」
レイグが頭を抱えた。
「そこから始めるのか……」
そのとき、空から黒い封筒が一通、ひらひらと落ちてきた。
表には、銀色の文字。
『しゃもじの勇者へ』
俺は顔をしかめた。
「……今度は手紙かよ」
黒い封筒を拾ったとき、少年は俺の後ろに隠れた。
「……怖い」
「手紙が?」
「それを見たら、胸が苦しくなる」
ゲイルも同じように顔をしかめていた。
俺は封筒をしゃもじの先でつつく。
銀色の文字が、一瞬だけ青く光った。
「うわ、反応した!」
ユウマが目を細める。
「封筒そのものに魔力が封じられてますね。送り主は、こちらの居場所を正確に知っていたようです」
「つまり、ずっと見られてた?」
「可能性は高いです」
俺は空を見上げた。
誰もいない。
鳥が一羽、遠くを飛んでいるだけだ。
「……魔王って暇なのかな」
レイグが真顔で言う。
「暇な魔王などいてたまるか」
「じゃあ、よっぽど大事な用なんだな」
黒い封筒には、封蝋の代わりに奇妙な紋章が押されていた。
ユウマが指先でなぞる。
「古い文字ですね。『対話』を意味する記号に似ています」
「魔王が対話?」
レイグは眉をひそめた。
「信じる理由にはならん」
「でも、いきなり攻撃してこない理由にはなるかも」
俺は言った。
ゲイルは封筒から目を離さない。
「相手は、こちらの反応を試している可能性もある」
「だったら、こっちも相手の出方を見るしかないな」
俺は封筒をしまった。
今はまだ、何も分からない。
でも、返事をする前に考える時間はある。
「……とりあえず、王都で相談だ」
脱出したあと、俺たちは施設のあった谷をしばらく見つめていた。
煙が上がり、岩が崩れ、もう二度と同じ場所には戻れないように見えた。
「……本当に終わったのか?」
元王子が聞く。
ゲイルは首を横に振った。
「ここは一つの施設にすぎない。似た場所が、他にもあるかもしれない」
俺は深く息を吐いた。
「一つ片付けたら、また一つか」
レイグが剣を収める。
「勇者の仕事は、そう簡単には終わらん」
「残業代、出る?」
「出ない」
「この世界の労働環境どうなってるんだよ!」
ユウマが笑った。
「少なくとも、今日は救えた人がいます」
俺はノルの父親の青い帽子を思い出した。
「……そうだな」
俺は拾い上げた黒い封筒を見た。
敵の親玉からの招待状なんて、普通なら罠に決まっている。
でも、研究所で見つけた記録には、魔王軍の命令に反して動いた研究者の名前も残っていた。
「魔王が全部知ってるとは限らない。けど、知らなかったで済ませてもいけない」
レイグが頷く。
「だから会いに行く前に、証拠を揃えるんだ」
俺は封筒をしまった。




