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勇者としゃもじの冒険  作者: レモンティー


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第三十三話 魔王軍の秘密基地を見つけたので、掃除することにした

資材搬入口は、谷の反対側にあった。

古い石切り場の奥。

草に覆われた鉄の扉の前には、足跡がいくつも残っている。

ユウマがしゃがんで調べた。

「大人が四人以上。荷車の跡もあります」

「ノルのお父さんたちか」

「そう願いたいですね」

レイグは扉の取っ手に手をかけた。

「鍵がかかっている」

「任せろ」

俺はしゃもじを構えた。

「……本当に開けられるのか?」

「昨日は開いた」

「昨日のは保守点検モードだったろ」

「細かいこと言うな!」

スライムが鍵穴へ潜り込む。

内部の金属を包み、俺はしゃもじを小さく回した。

かちり。

「開いた!」

「鍵師に転職できるな」

「勇者の副業が増えていく……」

扉の先は薄暗い通路だった。

壁の明かりが一定の間隔で点滅している。

奥から、誰かの呻き声。

俺たちは足音を殺して進んだ。

最初の部屋には、檻が並んでいた。

中には魔物がいた。

狼、鳥、角のある小さな獣。

どれも目が虚ろで、体に黒い筋が浮かんでいる。

「……ひどいな」

レイグが低く言う。

「ここで力を奪われてる」

ゲイルの声が震えた。

「昔の俺と同じだ」

俺は檻の前にしゃがんだ。

一匹の小さな獣が歯を剥く。

怖がっているだけだ。

「大丈夫。いきなり触らないから」

スライムを檻の外に置くと、獣は不思議そうに鼻を寄せた。

「ほら、こいつも昔は敵だった」

ぷるん。

「今は立派な仲間。たまに俺の靴を食うけど」

「食うのか?」

「片方だけな」

元王子が鍵を開け、ユウマが動物たちを一匹ずつ外へ出した。

しかし、檻から出ても動けない個体がいた。

俺はしゃもじを近づける。

黒い筋が反応し、先端の銀線が光った。

「……やっぱり同じだ」

「何が?」

「ゲイルのときと。速すぎる流れが、体の中で暴れてる」

俺は一匹ずつ調律を始めた。

全部を一度に整えることはできない。

最初の一匹を終えた時点で腕が重くなった。

「休め」

ゲイルが水筒を差し出す。

「いや、まだいる」

「だから休め。倒れたら全員助けられない」

言い返せなかった。

「……お前、会議の規則を覚えてるな」

「お前にも適用される」

正論で殴られた。

少し休み、俺は再びしゃもじを握った。

その間、レイグと元王子が施設の奥を調べ、ユウマが配管図を見つけた。

「カイ、これを見てください」

図には檻から伸びる管が描かれ、中央の巨大な槽へ繋がっている。

「魔力を集めて、別のものに送ってる?」

「そうです。実験体を作る材料として使っている可能性があります」

ゲイルの顔が険しくなった。

「第八試験体……」

そのとき、廊下の向こうで扉が開いた。

白い服を着た男が、書類を抱えて歩いてくる。

俺たちは物陰に隠れた。

男は檻の前で立ち止まり、空になった檻を見た。

「……何?」

警報が鳴る。

『収容区画、異常』

「見つかった!」

レイグが飛び出す。

男は逃げようとしたが、ユウマが足元にスライムを滑り込ませた。

つるん。

「うわっ!」

見事に転んだ。

「お前ら何者だ!」

「掃除業者です!」

俺が答えると、レイグが振り向いた。

「余計なことを言うな!」

「だって今、檻を空にしてるし!」

男の腕に、赤い印があった。

ゲイルが息を呑む。

「……その印」

男はゲイルを見るなり顔を引きつらせた。

「第七……なぜ戻った!?」

「第八はどこだ」

ゲイルの声は静かだった。

「答えろ」

男は震えながら中央槽の方向を指した。

「もう遅い。今夜、起動する。お前より優れたものが……」

俺は男の言葉を遮った。

「優れてるとか、失敗作とか。人を物みたいに呼ぶなよ」

男が俺を睨む。

「勇者風情が、研究を理解できるものか!」

「できないよ」

俺は素直に答えた。

「でも、嫌がってる相手を閉じ込めちゃダメってことぐらい分かる」

そのとき、奥から重い音が響いた。

どん。

どん。

扉の向こうで、何かが壁を叩いている。

『第八試験体、覚醒準備完了』

警報の下で、別の声がかすかに聞こえた。

『……やめて』

俺は足を止めた。

「今、聞こえた?」

ユウマが配管へ耳を当てる。

「中央槽からです。まだ意識があるのかもしれません」

ゲイルの剣先が震えた。

「俺のときは、誰も聞いてくれなかった」

「今回は聞こえた」

俺は答えた。

「だから、助けに行ける」

ゲイルが剣を抜いた。

「……来るぞ」

俺は救い出した魔物たちを振り返った。

まだ歩けないものもいる。

「まず逃がそう。戦うのは、そのあとだ」

ピカウルフが先頭に立ち、スライムたちが魔物を運び始めた。

ここは敵の基地だ。

でも今の俺たちは、戦争をしに来たんじゃない。

助けに来たんだ。

廊下の奥で、金属が擦れる音がした。

「……まだ何かいる」

ゲイルが剣を構える。

俺たちが進むと、壁の陰に小さな檻が一つ残されていた。

中には翼の折れた鳥がいた。

「置いていけないな」

俺は檻を開けた。

鳥は飛ぼうとして、床に落ちた。

「大丈夫、無理するな」

スライムが柔らかな台になり、鳥をそっと持ち上げる。

元王子が外套の端を裂き、翼を固定した。

「応急処置だけど、これで少しは楽になるはずだ」

「器用だな」

「姉さんに怪我をさせられた経験が生きた」

「どんな姉弟関係だよ!」

ユウマが笑い、緊張が少し緩んだ。

救える命を一つずつ増やしていく。

それが俺たちの仕事だった。

施設の記録には、魔物ごとに異なる印がつけられていた。

「この印、何だろう」

俺が尋ねると、ユウマが答えた。

「能力の分類でしょう。力、速さ、耐久……でも、個体の性格は書かれていません」

「性格?」

「臆病か、好奇心が強いか、人を怖がるか。そういうことです」

俺は檻の中で震える小さな獣を見た。

「それ、一番大事な情報じゃない?」

レイグが頷く。

「戦闘能力だけを見ていたんだろう」

俺はしゃもじを握り直した。

「じゃあ、俺たちは違うところを見る。何ができるかじゃなくて、何を嫌がってるか」

ゲイルは小さく頷いた。

「……そうしてくれ」

俺たちは救出した魔物の数を確認し、置き去りがいないことを何度も確かめた。

解放した魔物たちの中には、立ち上がれないものもいた。

元王子が自分の外套を脱いで小さな獣を包む。

「王族の服を魔物に使っていいのか?」

俺が聞くと、彼は肩をすくめた。

「今は王族として来たわけじゃない。それに、こいつ寒そうだろ」

「いいこと言うじゃん」

「姉さんに聞かれたら、当たり前だって殴られそうだけど」

「確かに」

スライムたちが檻の隙間を通り抜け、奥に残された水桶を運んできた。

俺は一つずつ水を確かめ、濁っているものだけを整えた。

「よし、これなら飲める」

魔物が水を飲む音が静かな部屋に響く。

俺は胸の奥が少し温かくなるのを感じた。

施設の壁は冷たい。

ここで起きたことも、きっと簡単には消えない。

でも、今から助けることはできる。

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