第三十二話 仲間が魔王軍製だと知ったので、会議が始まった
施設の中で見つけた記録は、持ち帰れるだけ持ち帰った。
ただし、俺にはほとんど読めない。
数字と難しい単語ばかりで、途中から料理の分量表に見えてきた。
「『魔力注入率、七十八』……塩、七十八グラム?」
「違う」
レイグが即座に否定した。
「知ってるよ! 言ってみただけ!」
俺たちは谷を出て、山腹の小さな監視小屋で休むことにした。
ユウマが書類を並べ、元王子が王都への報告文を作る。
ゲイルは入口に座り、黙って剣を磨いていた。
「さて」
レイグが腕を組む。
「話し合うぞ」
「お、パーティ会議」
「議題はゲイルだ」
「本人いるぞ!?」
「だからこそだ」
レイグの声は硬かった。
「魔王軍の施設で造られた戦士。しかも制御を失えば味方を襲う。放置できる問題じゃない」
元王子も頷く。
「王都に連れて帰れば、軍は身柄を要求するだろう。王家の人間としては危険を無視できない」
ゲイルは視線を落とした。
「俺を置いていけ。必要なら縛ってもいい」
「却下」
俺は即答した。
全員がこちらを見る。
「まだ何も決まってないだろ」
「決まってる。ゲイルは仲間。以上」
レイグがこめかみを押さえる。
「会議の意味を理解しているか?」
「してる。みんなで飯を食いながら喋るやつだろ」
「違う!」
ユウマが吹き出した。
「まあ、カイの結論は分かりやすいですね。でも、対策は必要です」
「そこは賛成」
俺はしゃもじを机に置いた。
「ゲイルが暴走したら止める。その方法を考える。仲間を追い出すかどうかじゃなくて」
元王子が書類を置いた。
「……確かに、順番が逆だったな」
レイグはしばらく黙り、やがて頷いた。
「では具体的に決めよう」
まず、ゲイルが黒い筋の異常を感じたら必ず申告すること。
次に、戦闘中に無理な力を使わないこと。
三つ目、異常が出た場合はレイグとユウマが周囲の安全を確保し、俺とスライムが調律を試みること。
「四つ目」
俺は手を挙げた。
「本人が一人で責任を取ろうとしないこと」
「それから、俺たちも本人抜きで勝手に決めないこと」
元王子がペンを止めた。
「危険を感じたら拘束する必要もある」
「そのときは理由を説明する。ゲイルにも意見を言ってもらう」
レイグが頷く。
「仲間だからこそ、対策を曖昧にはしない。だが、物として扱うこともしない」
ゲイルの肩から、少しだけ力が抜けた。
ゲイルがこちらを見る。
「それは……」
「一番大事」
「……分かった」
ユウマが紙に書き加えた。
「これで規則が四つ。意外とまともな会議になりましたね」
「だろ?」
「最初の五分を除けば」
「そこは忘れて!」
会議が終わったころ、監視小屋の外で音がした。
かさり。
俺が振り向くと、痩せた少年が窓からこちらを覗いていた。
少年は目が合うと逃げようとする。
「待って!」
俺が叫ぶと、少年は足を滑らせて転んだ。
ピカウルフが近づき、顔を舐める。
「ひっ、魔物!」
「大丈夫。こいつは風呂上がりみたいな匂いがする狼だ」
「説明がおかしい!」
少年の名はノル。
山の麓の集落に住んでいるという。
「父ちゃんが、帰ってこないんです」
少年は泣きそうな顔で言った。
「三日前、山で仕事をすると言って……青い光が出てから、誰も帰ってこない」
ユウマが表情を変える。
「施設に連れていかれた可能性がありますね」
ゲイルが立ち上がる。
「探しに行く」
「待て。今のお前は――」
レイグが止めようとする。
ゲイルは静かに答えた。
「分かっている。一人では行かない」
俺は笑った。
「よし、会議の成果が出た!」
少年が俺の手のしゃもじを見た。
「……それで助けられるんですか?」
「たぶん」
「たぶん!?」
見事なツッコミだった。
「いいね。君、才能あるよ」
元王子が地図を広げた。
「集落の人が消えたなら、施設の入口は一つじゃないはずだ」
ユウマが古い記録を指さす。
「ここに『資材搬入口』があります。谷の反対側です」
レイグが立ち上がる。
「行くぞ。今度は人命救助が優先だ」
ゲイルは少年の前に膝をついた。
「父親の特徴を教えてくれ」
少年は懸命に説明した。
大きな手。
左の眉の傷。
いつも古い青い帽子をかぶっていること。
ゲイルは最後まで聞いてから言った。
「必ず探す」
その声は、いつもの無表情な剣士のものではなかった。
俺はしゃもじを肩に担ぐ。
「じゃあ出発。今度の敵は、人さらいと、説明書のない機械だ!」
ユウマが肩をすくめる。
「どっちが厄介でしょうね」
「絶対、機械!」
その答えが間違いだったと知るのは、少しあとのことだった。
会議が終わったあと、レイグは一人で剣を磨いていた。
「まだ納得してない?」
俺が聞くと、彼は首を横に振る。
「納得はした。ただ、俺には守るべき国がある。ゲイルが暴走して誰かを傷つければ、俺は止めなければならない」
「分かるよ」
「お前は、それでも仲間だと言うのか」
「うん」
「理由は?」
俺は少し考えた。
「困ってるやつを助けるのに、立派な理由が必要かな」
レイグは黙った。
「それに、ゲイルは俺たちを助けた。次は俺たちの番だろ」
レイグは剣を鞘に収めた。
「……お前は単純だな」
「褒め言葉?」
「半分だけな」
俺は笑った。
半分なら、十分だ。
ユウマは会議の決定事項を二枚の紙に書き写した。
「一枚は僕が持ちます。もう一枚はゲイルに」
「なぜ二枚?」
ゲイルが聞く。
「誰かが忘れたとき、確認できるからです」
俺は笑った。
「お前、そういうの得意だよな」
「遊び人にも得意分野があるんですよ」
「遊ぶ以外に?」
「むしろ遊ぶために、面倒な準備を早く終わらせるんです」
レイグが呆れた。
「妙に合理的だな」
ゲイルは紙を受け取り、丁寧に折って懐へしまった。
「……なくさないようにする」
俺はその様子を見て、少し安心した。
仲間でいるための約束が、形になった気がした。
会議の紙には、最後に小さく『困ったときは相談する』と書き加えた。
誰も反対しなかった。
全員が頷いた。
ノルが帰る前、俺に小さな木の笛を渡した。
「父ちゃんが作ってくれたんです。山で迷ったら吹いてって」
「大事なものじゃないか」
「だから貸します。父ちゃんを連れてきて、返してください」
俺は笛を受け取った。
表面には不器用な星が彫られていた。
「約束する」
少年が走り去ったあと、ゲイルがぽつりと言う。
「……約束は、怖くないのか」
「怖いよ。守れないかもしれないから」
「それでもするのか」
「何も言わずに逃げるよりは、いいだろ」
ゲイルは長い間、木の笛を見ていた。
「俺も、約束していいか」
「何を?」
「……お前たちを守る。できる限り」
俺は笑った。
「じゃあ俺も、お前が一人で無茶しないように見張る」
「それは約束というより監視だ」
「同じようなもんだ!」




