第二十四話:空席と、新しい厄介ごと
姫が去った翌日。
街の食堂の朝は――やけに、うるさかった。
「おい、これ誰の席だよ」
しゃもじを肩に担いだ勇者が、テーブルの一角を指さす。
ぽっかりと、一つだけ空いた椅子。
昨日まで、確かに誰かが座っていた場所。
レイグが、ちらりと見ただけで言う。
「見れば分かるだろ」
遊び人ユウマは椅子を軽く引き、空席を覗き込む。
「……座るなよ」
「いや座らねぇよ!?怖いわ!」
即座に返すしゃもじ持ちの勇者。
スライムが、ぷるんと震えた。
(ちょっと気になる)
元王子は、一瞬だけその席を見つめ――すぐに視線を外す。
「……まだ、空けとけ」
誰も反対しなかった。
理由なんて、言葉にする必要もない。
――その時だった。
ドタドタドタッ!!
食堂の扉が乱暴に開く。
兵士が、息も絶え絶えに飛び込んできた。
「報告!!」
レイグが即座に立ち上がる。
「何だ」
「北の山岳地帯で――魔物の異常発生!」
「はい来ました」
遊び人ユウマが即答する。
「早いって!!余韻!!」
しゃもじ持ちの勇者が叫ぶ。
だが兵士は止まらない。
「通常個体ではありません!統率が取れているような動きで――」
レイグの目が、細くなる。
「……誰かが率いているな」
元王子が低く問う。
「魔王軍か?」
「断定はできませんが、それに近い規模です!」
一瞬、空気が止まる。
そして――
遊び人ユウマが、くすりと笑った。
「いいタイミングですね」
レイグは振り返る。
「行くぞ」
その一言で、全員が動き出す。
――だが。
遊び人ユウマが、ぽつりと呟く。
「……一人足りないな」
誰も返事をしない。
でも、全員分かっている。
あの席が、空いていること。
元王子が肩をすくめる。
「だから言ったろ。また誰か来るって」
その時。
入口のほうから、別の足音。
ゆっくり。
だが、迷いのない足取り。
全員が振り向く。
現れたのは――見慣れない人物。
長い外套。
顔は半分、影に隠れている。
それでも分かる。
ただ者じゃない。
レイグが低く問う。
「何者だ」
一拍の間。
そして、静かな声。
「……募集してると聞いた」
しゃもじ持ちの勇者
「してねぇよ!?」
遊び人ユウマが笑う。
「ほら来た」
元王子は、その人物をじっと見据える。
「あんたは……何をしに来たの?」
外套の人物が、一歩前に出る。
視線が、まっすぐ空席へ向く。
「その空いた席――」
空気が、張り詰める。
「埋めに来た」
沈黙。
風が、店の中を抜けた気がした。
誰も動かない。
だが――確かに、何かが変わった。
レイグが小さく息を吐く。
「……面倒なことになりそうだ」
しゃもじ持ちの勇者
「もうなってるって」
遊び人ユウマが楽しそうに言う。
「歓迎しますか?」
元王子は、ほんの少しだけ考え――口を開く。
「……とりあえず、名前を聞こうか」
外套の人物が、ゆっくりと顔を上げる。
その目は――
どこか、“姫”と同じ強さを宿していた。
「名前は――」
言葉が、途切れる。
まるで、そこで世界が一度区切られたかのように。
新しい物語が、動き出す。
空いた席は、もう“空席”じゃない。
ただしそれが――
“当たり”とは、限らなかった。




