第十一話:勇者になれなかった男
「お前が勇者だ」
そう言われた瞬間、俺は確信した。
――違うな。
目の前には王様。
横には姫。
後ろにはやたら神々しい装備一式。
そして、俺の手元には――
木の棒。
「……確認いいですか?」
「なんだ」
「勇者って、もっとこう……光る剣とかじゃないんですか?」
王はうなずいた。
「本来はな」
「本来は?」
「だが、“本物の勇者”は別にいる」
静寂。
「じゃあ俺は?」
王はためらいなく言った。
「予備だ」
俺の名前はユウマ。
ただの一般人だったはずなのに、気づいたら異世界に呼ばれていた。
しかも勇者“候補”。
つまり、正式じゃない。
替えが効く。
雑な扱い。
「魔王を倒せば、元の世界に帰してやる」
王はそう言った。
だが。
(それ、本命の勇者に言うセリフだろ)
俺は城を出た。
支給されたのは――
・木の棒
・布の服
・50ゴールド
「……完全に初期装備だな」
城の外には、広い草原。
そして――
スライム。
ぷるぷるしている。
青い。
いかにも“最初の敵”。
「……まあ、ここからか」
俺は木の棒を構える。
スライムが跳ねる。
来る。
「よし」
振る。
当たる。
――手応えが、ない。
「え?」
スライムは、何事もなかったかのようにぷるぷるしている。
もう一度。
振る。
当たる。
――効いてない。
「ちょっと待て」
三度目。
振る。
――すり抜けた。
「は?」
その瞬間。
スライムが跳ねる。
べちゃ。
顔に直撃。
「うわっ!?」
視界が青になる。
息ができない。
「な、なんだこれ――!」
必死に引き剥がす。
ようやく外れた。
地面に落ちるスライム。
ぴょん、と跳ねて逃げていく。
俺はその場に座り込んだ。
「……弱いの、俺じゃない?」
結論から言うと。
俺は戦えなかった。
何をしてもダメだった。
剣を振っても、当たらない。
魔法を唱えても、発動しない。
防御しても、普通に痛い。
完全に“ゲームの外側の人間”。
「いや無理だろこれ……」
森の中。
俺は木にもたれていた。
腹が減っている。
ゴールドはあるが、町は遠い。
「……詰んでるな」
そのとき。
「助けてー!!」
叫び声。
反射的に顔を上げる。
森の奥。
女の子が、モンスターに追われている。
ゴブリンだ。
典型的なやつ。
「……いや、無理だって」
助けに行っても、俺は戦えない。
分かっている。
でも。
「……クソ」
体が勝手に動いた。
走る。
全力で。
「おい!!」
ゴブリンが振り向く。
「こっちだ!!」
石を投げる。
当たる。
ゴブリンが怒る。
こっちに来る。
(よし、ヘイトは取った)
「逃げろ!!」
女の子が走る。
助かった。
……問題はここからだ。
「さて」
ゴブリンが近づく。
ナイフを構えている。
(終わったな)
俺は木の棒を握る。
どうせ当たらない。
分かっている。
でも――
「来いよ」
ゴブリンが突っ込んでくる。
ナイフが振り下ろされる。
俺は目を閉じた。
――その瞬間。
世界が、止まった。
風も。
音も。
ゴブリンの動きも。
全部。
「……え?」
目を開ける。
完全な静止。
「なんだこれ……」
そのとき。
頭の中に、声が響いた。
――『選択してください』
目の前に、ウィンドウが浮かぶ。
ゲームみたいな。
・攻撃
・防御
・逃げる
・話す
「……今さら!?」
だが、時間は止まっている。
選べる。
俺は考える。
(攻撃は効かない)
(防御も意味ない)
(逃げる……間に合わない)
残るは――
「話す?」
半信半疑で選ぶ。
その瞬間。
時間が、動き出す。
「――ちょっと待て!!」
自分でも驚くくらい大きな声が出た。
ゴブリンの動きが、一瞬止まる。
「話、できるか?」
沈黙。
普通ならありえない。
だが。
ゴブリンが、ゆっくり口を開いた。
「……ナニ?」
「通じた!?」
俺は一気にまくし立てる。
「俺は戦えない。お前もケガしたくないだろ? だったらここでやめないか?」
ゴブリンは首をかしげる。
「……タノシイ」
「何が!?」
「オソウノ、タノシイ」
(ダメだこいつ)
だが。
ふと気づく。
(“楽しい”……?)
「なあ」
俺は言う。
「それって、“勝てるから楽しい”んじゃないか?」
ゴブリンが止まる。
「もし負けたら?」
沈黙。
「……イヤ」
「だよな」
俺は一歩踏み出す。
「じゃあ、やめよう。勝てる相手だけ殴るのって、つまらなくないか?」
ゴブリンが、初めて考える顔をした。
「……ツマラナイ?」
「そうだ」
間。
長い沈黙。
そして――
ゴブリンは、ナイフを下ろした。
「……ヤメル」
「マジで!?」
ゴブリンはそのまま、森の奥へ去っていった。
俺はその場に立ち尽くす。
「……え、勝った?」
後日。
俺は町にいた。
助けた女の子のおかげで、食事と宿を得た。
そして――
噂が広がっていた。
「戦わずに魔物を退けた男」
「言葉でモンスターを止める勇者」
「新しい勇者の形」
「……いや、違うんだが」
俺は頭を抱える。
戦えないだけだ。
だが、この世界ではそれが“異常”だった。
剣で戦うのが当たり前。
魔法で倒すのが当たり前。
その中で、俺だけが違う。
「……これ、もしかして」
ふと思う。
(本命の勇者より、やばいことしてないか?)
そのとき。
城から使者が来た。
「王がお呼びです」
嫌な予感しかしない。
玉座の間。
王が俺を見る。
「聞いたぞ」
低い声。
「モンスターを、説得したと」
「……はい」
沈黙。
やばい。
怒られる流れだ。
だが。
王は、ゆっくりと立ち上がった。
そして言った。
「魔王のもとへ行け」
「……はい?」
「奴もまた、“言葉を持つ存在”だ」
空気が張り詰める。
「もしお前が、戦わずに魔王を止められるなら――」
王は目を細める。
「この世界は、変わる」
静寂。
俺は理解した。
(あ、これ)
(本命の勇者より、重い役目だ)
旅立ちの朝。
俺は、相変わらずの装備だった。
木の棒。
布の服。
だが。
一つだけ違う。
俺には、“選択肢”がある。
戦うか。
話すか。
逃げるか。
そして――
まだ誰も選んだことのない道。
「……行くか」
剣ではなく、言葉で。
敵ではなく、相手として。
この世界の“ルール”そのものを、変えるために。
勇者になれなかった男の、
本当の冒険が――
今、始まる。




