第8話 外出③
「え、じゃあ留学蹴って、城青来たの?」
ケーキをつつきながら一通り映画の感想を言い合ったあと、話は自然と城青学園に入学した経緯になっていた。
「……はい」
「留学じゃなくても、寮がある高校は他にもあったでしょう?」
國弘は内心、あなたのせいですよ、と思った。
だが本人を目の前にしてそれを言える訳がない。
そういえば、オープンキャンパスで会ったことを、彼の前で口にしたことがなかった。四方の方から言われたこともないし、忘れているかもしれない。
「まあ城青って、建物とか綺麗じゃないですか」
四方は信じられないという様子で、目を丸くした。
「國弘くんって、ちょっと変わってるね」
「よく言われます」
例えば、兄を頑なに作らないところとか……ああそれも、この人のせいだった。
「四方先輩は、なんで城青に?」
四方は背もたれに背中を預けると、「よくある話だよ」と前置いて話してくれた。
もともと四方の父親は、地方で有名な病院グループの理事長なのだという。
息子である彼も、当然医師になることを期待され、中学は地元の名門中高一貫校に入学した。
しかし間もなく文学にハマり、国語以外の成績がどんどん落ちていき、とうとう学校側からも、このままじゃ絶対に医学部なんていけない、とさじを投げられてしまった。
そこで、どうしても医学部に行かせたかった四方の両親が、城青に入学させた、という訳だった。
よくある話、というのは本当にそうだった。
話の細いところこそ違うが、息子をどうしても良い大学に入れたいと切望する親が、大金をはたいて城青学園に入れる、というのは王道ルートだ。
國弘のように、子供が自ら望んで入学する方がレアケースといっていい。
「でも、親元を離れられたのは良かったと思う。最初は学校側の監視も厳しかったんだけど、模試でA判定さえ出てれば、わりと自由に過ごせるようになったし」
「さらりとすごいこと言いましたね」
医学部レベルになってくると、たとえ学力が合格できるラインに達していても、A判定はなかなか出ない。
「本を読む時間確保するために、一年生の時、結構頑張ったんだよ。
よく、何も勉強していなかった高校生が、三年生の受験ギリギリで猛勉強して、志望大学に合格する、みたいな話あるでしょ?
僕はそれを一年生の時にやっただけ」
なんてことない、という口ぶりに全く嫌味がない。
一年生だからと、教師に怒られない程度の勉強しかしていない自分が恥ずかしくなった。
「じゃあ、四方先輩はやっぱり、将来はお医者さんになるんですか?」
四方は「いや」と首を振った。
そして、すこしの間のあと、わずかに思い切ったように言った。
「実は、文学部を受けようと思ってるんだ。親にも学校にも内緒で」
「文学部……ですか」
文学部は、四方の親が望む医学部とは真逆に感じた。
「やっぱり僕、本が好きだし、できればそっちの勉強したいって思ってて」
「じゃあ、文系科目も勉強してるってことですか?」
医学部なら、受験するのは理系科目だ。それが文学部を受験しようと思ったら、国語や地歴などの文系の科目も当然勉強しなくてはならない。
「まあ……多少は」
語尾を濁され、不思議に思って四方を見ると、四方は少し言いづらそうに説明した。
「ざっとはするよ。でも、T大なら、英・数・国は被っているし、地歴は割と最低限でいいくらいなんだよね」
「は、はあ……」
(ってか、T大かよ!)
要するに、T大医学部A判定の四方は、特別な対策なしにしても、文学部くらいなら余裕で合格できる、と言っているのだ。
次元の違いに正直ビビる。
「あ、もしかして午前中の用事――模試の申し込みって言ってましたけど、文系の科目で受けるとか、ですか?」
「鋭いね。一回くらいは模試も受けとかなきゃと思って」
四方が今日の午前中、模試の手続きが予備校であると聞いて、違和感があった。
城青学園の生徒は、予備校にあまり縁がない。
そもそも学校自体が予備校のような教育が整っていて、大手予備校の模試も、学校経由で申し込めてしまう。
だが模試を学校から申し込んだ場合、成績表は学校に送られ、それは当然、志望学部も親の知るところとなる。
予備校の窓口で直接申し込めば、成績表も同じ窓口で受け取ることができる、というわけだ。
「親は当然医学部に行くと思ってるから卒倒するだろうけど、でも、自分の人生の責任は、自分でとらないといけない気がするし」
四方はそう言うと、少し悲しそうな目で紅茶を一口飲んでから、「あ、このこと秘密ね」と付け加えた。
「絶対、誰にも言いません」
――絶対。
自分が発したその言葉が、思ったよりも軽く響いた。
誰かに告げ口する気なんてさらさらないが、こんな重大な秘密を打ち明けられると、自分のことをそこまで信頼していいんですか、と訊きたくなってしまう。
でも、これ以上言葉を上塗りしても逆効果だ。
「あの、俺、応援しています」
四方は爽やかに「ありがとう」と言った。
喫茶店を出ると、外はまだ明るかった。
ただ、門限を考えると、そろそろ帰らないとまずい。
「國弘くん、ちょっと寄りたい所あるから、先に寮帰っててくれる?」
喫茶店のビルの前で不意にそう切り出されて、名残惜しい思いに心が萎んだ。
でも「帰ってて」と言われて、「一緒に行く」、と言えるほどの図々しさは、國弘にはなかった。
「わかりました」
別れを告げた後、四方は駅に続く交差点を渡らず、道沿いに歩いて行った。
信号待ちをしながらその背中を眺めていると、しばらくして古本屋に入っていったのが見えた。
(本屋くらいなら、誘ってくれてもいいのに)
そう思いながら國弘は、一人横断歩道を渡った。




