表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/17

第6話 外出①

 日曜日。


 食堂で昼食をとってから、十五分ほどバスに揺られ、私鉄の駅で電車に乗り込んだ。


 四方は午前中に予備校で模試の手続きをする、ということだったので、映画館の最寄り駅で待ち合わせの約束をしている。


 ポケットからスマホを取り出して、メッセージアプリを開く。


 城青でも、スマホの所持は認められている。ただ、使用が許可されているのは、平日と休日の自由時間だけ。

 持ち出しの手続きが面倒臭いこともあって、國弘がスマホを使用するのは、親と連絡を取る時くらいだった。


 連絡先一覧の一番上に『Michiya.Y』という名前が表示されている。

 プロフィール画像は特に設定していないらしく、デフォルトの、人型のシルエットアイコンのままだ。

 四方とは、待ち合わせの時間と場所のやりとりをもう一度確認する。


(――今から二時間後には確実に、四方先輩と二人で映画を見ている)


 到底現実とは思えなくて、天変地異とか、ドタキャンとか、なんだかんだで台無しになってしまうのじゃないか、と、悪い妄想が膨らんできて動悸がした。


 目的地の駅に着き、改札を出ると、九月の空気はまだじっとりと暑さを引きずっていた。


 待ち合わせの時間まで、まだ四十分以上ある。

 とにかく時間を潰そうと、駅の近くを散歩することにした。


 初めて降りる駅だった。


 周辺にお店もほとんどなく、数件ある小汚い居酒屋はことごとく準備中。

 四方に誘われなければ、一生来ることのない場所だったに違いない。


 駅を一周し終えて駅前の時計で時間を確認すると、まだ十分も経っていなかった。

 早く来すぎるというのも考えものだな、と思いながら、日陰の場所を探していた時、ポケットのスマホが震えた。

 四方からのメッセージだった。


『もうすぐ着いちゃうかも。國弘君はゆっくり来ていいよ』


(もう着いちゃってるんだなー、これが)


 約束の三十分前に着いてしまいそうな四方より、さらに早く来ているなんて、浮かれている感じがめちゃくちゃ出てるじゃないか。


 いっそどこか別の場所で待っていて、少し遅れて着いた風を装えないか、という浅はかな考えが頭をよぎる。

 しかし、改札の外から遅れてやって来る、というのは違和感ありすぎだ。


 仕方なく、『了解です! 俺もかなり早めに着いちゃってたので、改札出たところで待ってます』と返信した。


 メッセージにはすぐに既読がつき、『了解!』の一言が返ってくる。


 國弘はスマホを胸にあて、大きく息を吐いた。

 いよいよ会うときが近づいて、また緊張がぶり返す。

 うまく話せるだろうか、会話は続くだろうか、失礼なことをして幻滅されないだろうか。


 嬉しいはずなのに、いろいろ考えるとこの場から逃げ出したい気分になった。

 いっそ天変地異が起きて、ドタキャンされてしまいたい。


 改札近くでしばらく佇んでいると、間もなくして四方が現れた。

 彼の姿を目の端で捉えながらも、浮かれがバレないよう、ギリギリまでスマホを操作して気づかないフリをした。


「國弘くん」

 

 声をかけられて、ようやく四方に目を向ける。

 瞬間、彼の私服姿にクラリとなった。


 麻っぽいスタンドカラーのシャツに、ダークブラウンの綿パン。カジュアルな格好なのに圧倒的な清潔感。


「待たせちゃった?」


 そう聞かれて、國弘は慌てて首を振る。


「俺が早く来ただけです。まだ、約束の時間より大分早いですし……」


 四方は腕時計を見ながら、「ほんとだ。僕たち、真面目だね」と苦笑した。


 『僕たち』なんて一括りにしてもらえることに、いちいち心が弾んでしまう。


「早めに映画館着くかもしれないけど。とりあえず行ってみよっか」


 そうして、四方が歩みを進むままに、横に並んでついていった。


「あの、お借りした小説、全部読みました。……めちゃくちゃ面白かったです」


「え、全部読んだの? 一昨日貸したばっかりなのに?」


 四方は長いまつげをパチパチとしばたいた。


「すごく面白かったですし、昨日夢中で一気読んじゃいました」


 國弘の言葉に嘘はなかった。


 本を借りた時、心配したのは事実だ。

 難しい本で読みこなせなかったらどうしよう、重たすぎる内容だったらどうしよう、と。

 戦争下の話なので、内容は確かにヘビーだったが、読みやすい文章と不思議な爽快感、深い物語性に、ラノベ以外にも、こんなに魅力的で読みやすい作品があるのかと驚いた。


 四方はそれを聞いて、わずかにホッとしたような表情を見せた。


「良かった。小説って時間取るから、人に勧めづらいんだけど。本当に良い本だから、つい押し付けちゃった」


 四方が、自分のことを本の魅力がわかる人間として認めてもらえたなら、それはとても嬉しいことだ。



 四方に案内してもらった『シネマ・アデル』は、寂れた商店街の一角にある、古びた映画館だった。

 白いタイル張りの小さな公民館のような建物は、ガラスドアの入り口に、映画のチラシがおふだのように何枚も重ね貼りされている。


 四方の後から恐る恐る中に入ると、中は赤いカーペットの敷かれた、歴史を感じる狭いロビーだった。


 唯一、國弘にも馴染み深い映画館の要素があるとすれば、ポップコーンの匂いが漂っていること。

 キャラメル味のような甘い香りではなく、多分塩味一択。潔い。


 カウンターでチケットを買ってから、ロビーにある簡素な革張りの椅子に二人で腰掛けた。


 予想通り、開場時間まで時間があった。

 辺りを見回すと、ロビーにはまだ人は少なく、老夫婦が一組だけ隅っこにいるだけだ。

 奥に四段の幅の広い階段があり、その上に重厚な二枚扉がある。

 その先はシアターだろう。


 國弘の知らない、なかなかのディープな空間に圧倒されていた。


「こういう映画館、初めてです」


 素直に四方に白状すると、四方も「普通あんまり来ないよね」と頷いた。


「ミニシアター系っていうのかな? ショッピングモールとかに入ってる大きい映画館と違って、ヨーロッパの映画とかドキュメンタリーとか、もっとニッチな映画をやってるんだよね」


「先輩はよく来るんですか?」


「んー、そんなには。気になったやつがあったら、たまにって感じかな」


 会話が終わってしまい、なにか話を振ろうと、改めて周囲を見渡す。

 壁に貼られた『伝説の男 リバイバル上映』という映画のポスターが目に入った。


「『伝説の寮長』って……」


 言った瞬間、隣の四方が少し驚いたように「うん?」と反応した。


「木曽先輩が寮会で言ってた、『伝説の寮長』って、去年の寮長のことですよね。確か一条――……」


 自分が実際に会ったことのない先輩に対して、名字の後に『先輩』をつけるか『さん』をつけるか、悩んで言い淀む。


「美徳」


 そう言われて、すこし考えてから、あぁ、下の名前のことか、と気づいた。


「その、一条……美徳……先輩? っていうのは、そんなにすごい人だったんですか? 『伝説の寮長』って呼び方も、なんだかすごいですし」


 ――『伝説の寮長』


 噂話に疎い國弘でも、上級生が冗談交じりにその言葉を使うのを、たびたび耳にしたことがある。


 ――去年はさ、伝説の寮長がいたから


 ――伝説の寮長はマジすごかったんだから


 そんな話を聞く度、一体彼らがどこまで本気で『伝説』と言っているのか、気になったものだった。


「すごい……というかなんというか。ワガママで強引で、大変な人……」


 四方はそう言い終えてから、付け加えるようにフォローを入れた。


「……あ、センスとか人を惹きつける魅力、みたいなのは、すごくある人だったけどね?」


 それでもやっぱり抽象的な表現に、一条の人物像がまるでつかめなかった。

 國弘が首を傾げていると、四方が続けた。


「うちの寮祭ってもともと、そこまで盛り上がるイベントじゃなかったんだ」


「そうなんですか?」


「寮会でも言ったけど、学校側から出されてる条件も厳しいし、寮会も寮生も、あんまりやる気がなくてね」


「なんか、想像できますね」


「だから、去年も元々は、多目的ホールで懇親会みたいなものを開けばいいよね、っていう流れで」


「懇親会……」


 確かにその程度のイベントだったら、企画する側としても大分楽だったかも知れない。


「でも、そこで前寮長……一条先輩が、『いや、それつまんなくね?』って言い出したんだ。寮会メンバーも、そりゃそうなんだけどさって……」


「それで、一条先輩が、ホストクラブを提案した、と?」


「いや、二年代表に全部押し付けた」


「えっ」


 四方が呆れたように苦笑する。


「その時の二年代表が、僕とか木曽だったわけなんだけど。『お前ら受験もまだ先だし、なんか面白い企画考えてこいよ』って」


「それは、大変そうですね……」


 四方が「本当に」と強く頷いた。


「頑張って企画考えても考えた企画も、全部ボツにされちゃうし。

 『ホストクラブ』の案が出たときにようやく、それいいじゃん、ってなって。

 でも企画が決まったら決まったで、準備から何から、最後まで二年代表中心でやりきったよ」


「その、一条先輩は、何をしていたんですか?」


「うーん、いろいろ文句つけてたかなぁ……」


「文句?」


「面白くない。ちゃんと考えろ。やり直し。彼の顔色を伺って、彼が満足するために、二年はひたすら動くって感じ」


 唖然とする國弘に、四方が笑って続ける。


「まあ不思議と、それが許される人だったんだよ。一条先輩のワガママも、筋はちゃんと通っていたし。

 この人の言う通りにすれば、窮屈な日常が、ちょっとは面白くなるんじゃないかって……そんな気にさせる人だった」


 四方は過ぎた日々を懐かしく思うように、目を細めた。


「結果、寮祭は大成功。お遊びの範疇ではあったけど、なにより寮生たちが喜んでね。

 学校の歴史のなかで初めて、寮祭に刺激と輝きを与えた寮長、ということで『伝説の寮長』って呼ばれるようになってた」


「そういうことだったんですか」


 ふと、ロビーに人が増えて来たことに気づく。

 壁の時計を見ると、開場まであと少しだ。

 この際だからと、常日頃思っていた疑問を尋ねることにした。


「木曽先輩って、いろんな人に攻撃的ですけど、二年の時からああいう人なんですか?」


 四方は腕を組み、天井を見上げた。


「うーん、二年の時はマシだったかな」


「俺、寮会の時、『そんな言い方しなくても』っていつも思います。なんか四方先輩にも、いちいち突っかかると言うか」


 そう口をとがらせる國弘に、四方は困ったように微笑む。


「まあでも、木曽も的外れなことは言ってないし。

 僕は性格的に、どうしても無難におさめがちだからさ。小さくまとまりすぎる俺のこと、叱咤してるのかもしれない」


 いやいや、あなたそれは、木曽先輩を良いように解釈しすぎですよ、と思わずツッコミを入れたくなった。


 去年の文化祭の話を聞くと、四方と木曽は、理不尽な寮長のもとで寮祭をやりとげた仲間……ということではないのだろうか。

 それなのに、なぜ木曽はいつも四方に対してあんな態度なんだろう。


 それに加えて、木曽のことをまるで意に介さない四方に対しても、少しだけ違和感をおぼえる。

 優しすぎるのか、鈍感すぎるのか――……。


 何か言いたそうにしている國弘を、四方は少しの間見つめていた。

 やがて視線をそらすと、ボソリとつぶやくように言った。


「……まぁ、木曽は木曽なりに、複雑なんだと思う」


 國弘が「どういうことですか?」と訊こうとした時、映画館の係員の女性がシアターの開場を合図した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ