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第5話 出会い

 國弘が四方道哉にはじめて出会ったのは、城青学園のオープンキャンパスだった。


 國弘の父親はもともと小さな会社の経営者で、國弘が中学を卒業するタイミングで、生活の拠点をシンガポールに移すことになった。


 そこで、國弘の進路には二つの選択肢が与えられた――海外の高校に留学するか、寮のある日本の高校に進学するか。


 國弘は父親と違って、海外への憧れがまったくなかったが、まあ将来のことを考えれば留学かな、くらいの軽い気持ちでいた。


 実際、現地の高校の下見も兼ねて、長期休みにアメリカやカナダにホームステイしたりもした。だがそこでわかったのは、文化の違いの壁は、思いのほか厳しい、ということだった。


 一転して、寮のある日本の高校をいろいろ探すうち、城青学園でオープンキャンパスがあるのを見つけて、國弘もそれに申し込んだ。


 初夏というのに、冷房がガンガンに効いて寒いくらいの講堂で、校長による城青の自慢話を嫌と言うほど聞いた後のことだった。


「なんか……すごかったね」


 一緒に来た國弘の母親は、圧倒されていた。

 普段から、子供はのびのびと育つべき、と考える母親にとって、受験第一主義を掲げるこの学校に、ある種の宗教じみた恐怖を覚えたに違いない。


 それは國弘も同じで、城青はないな、と頭の中で選択肢から外した。そもそも、こんなところに監禁されてまで行きたい大学なんて別になかった。


 任意で参加する個別相談会も控えていたが、もう帰ろうか、と母親と話していた時だった。

 遠くから、「寮内ツアーやりまーす!」という声が聞こえてきた。

 声の方を見ると、そこには何人かの学校職員と、腕に深緑色の腕章を巻いた五、六人の城青生が集まっていた。


 國弘の母はそれを聞いて、「寮内ツアーだって。行ってみる?」と尋ねてきた。 

 國弘は単純に、お金がふんだんにかけられた城青の施設には興味があったので、参加してみることにした。


 母親と二人で彼らに近づき、参加する意思を伝えると、まだ早い時間だったからか、他のツアー参加者はしばらく待っても現れなかった。


 「とりあえず案内しちゃおっか」「でも誰やる?」「おいトップバッターいないのか?」

 そんな職員と生徒達の短いやり取りが聞こえてきて、やがて、一番奥にいた一人の生徒が「じゃあ僕がやるよ」と、國弘達の前に進み出た。


 その人物の容姿をとらえて、國弘は思わず言葉を失った。


 ――シャツが、白い。


 最初抱いた印象は、なぜかそんなことだった。


 当然、彼が身に着けている制服は、他の生徒たちと同じもののはずだった。それなのに、誰よりも白い光を反射して、神々しく、圧倒的な清潔感を持っているように見えた。


 美しい顔立ちはほとんど中性的なくらいだったが、体つきは明らかに女性のものとは違う。けれどだからこそ、無駄がなく、形の良さが目立っていた。


 目が釘付けになってしまった。

 こんな人が、本当に存在するのかと思った。

 彼に見とれている間に、彼は軽く自己紹介をしたはずだった。だが、全く頭に入ってこなかった。


 國弘は、完全にやられてしまっていた。


「よろしくお願いいたしますー」


 母親がそう言いながらお辞儀をするのに気づき、國弘も慌てて頭を下げた。


 案内先の寮に向かう途中、彼の後ろをついていきながら、母親が耳元で、「すっごいイケメンだね」と囁いた。國弘はそれを、本当にやめてくれ、という気持ちで睨んだ。


 『イケメン』などという俗っぽい言葉で彼を評するのに、すごく違和感があったし、万が一にも彼の耳に届いたらなんだか失礼な気がしたからだ。


 それから後のことを、國弘はあまり覚えていない。彼の背中を、寮の施設のところどころで解説を入れてくれる彼の表情を、ただただ美しい、と我を忘れて見入っていた気がする。

 案内人として、愛想よく、けれどどこかしっかりとした、形式的な態度。それがまるで役者の芝居を見ているような気にさせた。


 寮の案内が一通り終わり、最終地点である食堂前で、四方が二人の顔をそれぞれ見た。


「これでツアーは終わりますが、最後になにか質問などありますか?」


 沈黙が訪れた。

 母親も特に聞きたいことはないらしい。


「大丈夫そう、ですかね? じゃあ――……」


 そう彼が切り上げそうになったところで、國弘はおずおずと手を上げた。四方がそれに気づくと、綺麗な眉毛がわずかにあがった。


「どうぞ?」


「……あの、お名前を、聞いても良いですかね?」


 母親も彼も、國弘の方を見てキョトンとしたようだった。まずい、と思った。とっても変なことを訊いている。でもここで尋ねなければ、二度と彼の名前を知るすべを失ってしまう。なりふりかまっていられなかった。


「ああ、僕の?」


「……はい」


 彼は、少し背筋を伸ばして、涼やかな声で言った。


「城青学園二年、ヨモミチヤです」


 ヨモミチヤ。

 ヨモ、ミチヤ。


 聞いた名前を、絶対に忘れないように頭に刻む。


「もし来年入学してくれたら、先輩として歓迎するね」


 そう言って、彼はやっぱりどこまでも美しい顔で、柔らかく微笑んだ。




 オープンキャンパスから家に帰った後も、ヨモと名乗った青年のことを何度も思い出していた。

 インターネットで彼の名前を調べようとしたが、漢字がわからなかった。

 ヨモは四方で良いとして、ミチヤは道也、満哉、美智矢など、いろんな可能性がある。手当たり次第の漢字と、『michiya yomo』などとアルファベットでも検索をかけたが、彼らしい情報は得られなかった。


 ネット上になんの情報もない彼の存在は、幻のようだった。


 彼へ繋がっている道はただひとつ――城青学園だけだった。



 オープンキャンパスからしばらくして、國弘が「城青学園に入りたい」と両親に打ち明けると、驚きを通り越してなにかの冗談かと笑われたぐらいだった。


「え、ちゃんと覚えてる? だってあそこ受験第一って感じで、お母さんあんまり良い学校に思えなかったよ?」


 そう諭した母には同意せざるを得ないが、國弘にとって学校の良し悪しは関係なかった。

 なんとかもっともらしい理屈で説得を重ね、最後は、「まあ、隆がそこまで言うなら」と受験を許可してもらった。


 それから入学まで、國弘はあまり特別なことをする必要はなかった。

 國弘はもともと学力で困ったことはないし、そもそも城青の入学条件で一番厳しいのはお金だ。

 裕福で理解ある両親に感謝しつつ、入学までの日々を過ごした。


――そうして翌年の四月、國弘は晴れて城青学園に入学した。


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