第40話 一条①
佐伯とブラザー関係を解消した後も、四方に近づくことはできなかった。
まったく顔を合わせなかったわけではないが、國弘からつい意識的に避けてしまう、という感じだった。
ラウンジで四方への想いを叫んだ自分の話は、きっと彼の耳にも届いているはずだった。あんなことをされて、普通だったらドン引きするんじゃないか。
そう思うと、どうにも彼に合わせる顔がなかった。
あの日、佐伯に食ってかかったこと。
確かに、佐伯の条件が自分に制限をかけていたのは事実だ。
けれど同時に、何もできない自分の弱さを、条件のせいにしていたところも大きい。
佐伯という言い訳が消えて、ただ残ったのは——臆病な自分だけだった。
四方といる未来が見てみたい、などと佐伯に言ったのに、結局なにもできずに動けずにいる。
そうして自己嫌悪の日々をやり過ごしているうちに、あっという間に終業式を迎え、冬の帰省シーズンとなった。
年末年始は、海外暮らしの両親も日本に帰国し、葉山の祖母の家で四人で過ごす予定になっていた。学校へは、父親が車で迎えに来てくれた。
「なんかお前、青春してるそうじゃないか」
高速の渋滞の中で、投げかけられたその一言に、思わずぎょっとした。
学校側から両親に伝わっていたのだろう。
「男子寮で青春っていうのは、流石にちょっと驚いたけど……」
何も返せなかった。質問があるなら答えようとは思う。
しかし父親は「まあほどほどにな」と言っただけで、それ以上この話題に触れることはなかった。
祖母の家では、学校から出された膨大な宿題を処理しつつ、毎食出される美味しい手料理を食べ、時折海まで散歩に出ては、潮風で髪をベタつかせた。
毎日、つい何度もやってしまうのは、自分のスマホに、四方からのメッセージが来ていないかチェックすることだった。
寮を離れてしまえば、四方とのつながりはこれしかない。
でも、メッセージのやりとりは、勉強方法を教えてくれたときのまま、動きはなかった。
もう四方は、自分になど興味はないんじゃないか――。
國弘の心はそんなふうに傾いていった。
年が明け、始業式で四方が壇上で簡単な挨拶をした時、國弘はなんだか、彼の存在が完全に遠くに行ってしまった気がした。
一月も下旬になりかけた、授業終わりのホームルーム。
いつものように、担任が次々とプリントを前から回していく。『全国模試実施のご案内』『志望校別相談会実施のお知らせ』『進路調査票』――。
それらにぼんやり目を通していく。
その中に『医学部志望者向け 卒業生講演会のお知らせ』というのがあった。
國弘はその紙面にも軽い気持ちで目を落とし――講演者一覧に視線が止まった。
一瞬、見間違いかと思った。
信じられない気持ちで、何度もその名前を確認する。
ようやく確信を持つと、今度はしばらくそれを見つめた。
『一条 美徳』
前寮長、一条美徳。
――伝説の寮長が帰ってくる。




