第39話 佐伯②
「でー、他は? なんか聞きたいことあるのか?」
さっきまでの重い空気を払うかのように、佐伯は両手で伸びをしながら尋ねた。少し軽い口調だった。
國弘は、話を聞いていて、ますます疑問に思ったことがある。
「……なんで佐伯先輩は、寮会に残らなかったんですか?」
木曽は、勉強に専念したいという理由で、佐伯が寮会を離れたと言っていた。
でも今年の寮祭の動きを見ると、勉強に専念したかった人間とは信じられない。
そして、寮会を佐伯と木曽に押し付けたことに罪悪感を抱いてもいた。
佐伯は顔面を両手で覆うようにして、両目をこすった。
「それは……なあ」
軽い口調が一気にしぼむ。
「勘弁」という言葉が聞こえてきそうだった。
明らかに話しにくい、そんな雰囲気で、思わず、「じゃあいいです」と言ってあげたい気分になる。
「いや、話すわ。お前だけには」
佐伯は意を決したようだった。
「寮会を続けなかった理由は、正直色々ある。でも一番大きいのは、去年の寮長だった一条先輩と、四方が関係してる」
その名前を、久しぶりに人の口から聞いた気がする。一条。一条美徳。四方のかつての恋人であり、『伝説の寮長』。
「そもそも俺と木曽、四方の三人が寮会二年代表になったのは、バラバラな理由だった。
木曽は一年の時から『代表』という言葉に惹かれて寮会メンバーだったから、引き続きって感じ。四方は代表を決めるときに、病気かなんかで休んでて、勝手に決められてた。それでもなお一人分余ってたから、俺が仕方なく引き受けた。そんな感じ」
「……なんか、想像できます」
「それまで三人はほとんど接点なかった。寮会でも、しばらくは淡々とそれぞれの仕事をこなすだけだった。
秋になって、寮祭の企画を、ってなったとき、一条先輩の無茶振りが振ってきた――『なんか面白いことやろうぜ』って」
「確か、二年生に丸投げ、だったんですよね?」
佐伯は「マジでそれ」と國弘の方に勢いよく人差し指を向けた。
「とりあえず企画もってこいって言われて、適当に考えてきたら、『予算がねえ』『人が余る』『つまんねー』。自分はなんにも考えてこないくせに、文句ばっかりで……」
國弘は思わず笑ってしまった。
「なんか、木曽先輩みたいですね」
そう言うと、佐伯が「木曽は一条先輩に、相当影響受けてるから」と教えてくれて、納得した。
「そんで、なんとか『ホストクラブ』っていうのを出して、それに決まっても、三年はあんまり乗り気じゃないし、全部俺達がやったといっても過言じゃないと思うね」
佐伯は、いつになく誇らしげな口調でそう言った。
確か四方からもそんなことを聞いた気がする。
「さっきも言ったけど、四方は自分に自覚的で、とにかく誰にでも距離を置くやつだった。
でも寮祭で、俺や木曽と長い時間関わるうちに、流石のあいつも心を許していたと思う。
俺も木曽も、四方のことは、すげー綺麗なやつ、くらいの認識で、それ以上もそれ以下でもなかった。どっちかというと、案外面白いやつだと思ってたよ」
面白いやつ。少し意外に感じるが、心を許した相手に見せる一面があるのかもしれない。
「ただ、一条先輩に関しては違った。
なんとなく、俺は一条先輩が四方を気に入っていることを、薄々気づいていた。
もともとそっちの気がある人だったと思う。
まあ、それをあからさまに出すような人でもなかったし、四方も対して嫌そうにしていたわけじゃないから、寮祭を進める上で何の支障もなかった。
二人の仲が色々と噂された時も、木曽と俺はでも別に触れたくもなかった。近い立場だからこそ余計に」
男子校にあって、佐伯と木曽は真っ当な感覚を持ち合わせていたのだろう。だからこそ、四方は彼らに気を許したのだ。
「そうして、寮祭は大成功。
終わったときは、達成感がヤバかった。そんな舞い上がった気持ちを残して、寮祭の片付けをしている時だった。
一条先輩が、四方を探していた。四方は部屋にいなかったから、見つけたら俺がそれを伝えることになって――」
佐伯の口調が、急に翳りを見せた。國弘は黙って耳を傾ける。
「一条先輩が行ったあと、四方が部屋にやってきたから、それを伝えた。そうしたら四方、『わかった』って言いつつ、作業初めてなかなか行こうとしなかったんだ。
だから『大丈夫なのか?』って確認したら、四方は渋々行く気になったようだった。
でも、その時、俺にだけ聞こえるような声で言ったんだよ……『行きたくない』って」
國弘は息を呑んだ。
「その言葉がなんか、ずっと耳に残ってさ。だから少しした後、よせばいいのに、追いかけてしまった。
喧嘩でもしてるのかもって。そしたら四方に何か用事を言って、連れ出してやろうと思った。行った先で、四方と一条先輩が部屋にいて——。まあ、わかるだろ」
途端に言葉を濁されて、
それが性的なものを指し、佐伯にとってショッキングな出来事だった、ということがわかる。
それがどの程度のものかはわからないけれど、でも、聞くべきではない気がした。
「正直俺は、そういうのに全く耐性がなかった。そもそも、男同士じゃなくても、学校でそういうのとか、マジであり得ないし……」
つくづく、佐伯は健全な人間なのだと思った。それは國弘の感覚と近いところがある。
四方に出会って、國弘は自分の健全さを恥じるところがあった。
でも佐伯の話を聞くと、これでもいいのだ、という気がしてホッとする。
「それで、どうしたんですか?」
「俺は、色々考えてしまった。四方は俺に、どうにかして欲しかったのか。一条との、そういうことは、四方にとっては不本意なものだったのか。
尊敬していた一条先輩は、四方にそういうことを強要しているということなのか……」
佐伯はそこで一息ついた。
「しばらくして、四方に問いただした」
普通ならそんなことできない、と國弘は思った。でも佐伯はそれをやる。下卑た興味でなく。純粋な正義感から。
「四方は、何も問題ないと言った。自分は元から同性愛者であって、一条先輩との関係は自分が望んだものですらあったと」
「本心だと、思いますか?」
無意味だとわかっていて、そんなことを訊いてしまう。佐伯の見解が知りたかった。鋭い彼なら、四方の心を読むことができるかもしれない。
しかし佐伯は、「わからない」と首を振った。
「それは俺の理解の範疇を超えてるし、それ以上訊かれるのを、四方も望んで無い気がした。
それでも、なんだか俺は、疲れてしまって。
四方を見るたびそのことを思い出すのも嫌で、だから、寮会から距離を置いた」
これが、佐伯が寮会を去った理由。
『勉強に専念したい』、寮会を離れた理由をそんなふうに説明する時、佐伯はどんな気持ちだったのだろうかと思うと、同情したくなる。
「さっきの、俺がお前と四方を遠ざけようってやっきになってたのも、その件があったからだと思う」
國弘は佐伯を見た。
「俺のことが、四方先輩と同じように見えたってことですか?」
四方と自分が同じとは思えなかったし、四方と一条はきっと似ていない――そう思いながら、自分が、四方と一条の仲が羨ましい、と言ったのを思い出していた。
「四方にも見えたし、一条先輩にも見えた」
「一条先輩にも……?」
「俺は、一条先輩が、四方に無理やり迫るような、最低な人間にも思えなかった。
でももし、一条先輩が四方に対してそうなってしまうのなら、それは四方の方に原因があるんじゃないか――。
つまり、四方が悪いってことじゃないけど、あいつにはおかしくするくらい人を惹きつけてしまうところがあるから。
四方にそんな気はなくても、距離をおかずに普通に接するだけで、それで十分なやつがいるのは、自覚あるだろって」
――お前は……自分がどういう人間か、わかってるだろ?
寮祭のとき、確かに佐伯はそう言っていた。
『男が男を好きになることって、普通じゃないと思う』
その言葉の裏にある、垣間見た四方と一条の関係。
佐伯はきっと、四方のことも一条のことも好きで、だからこそ二人の関係は、重くのしかかったのかもしれない。
佐伯が続ける。
「そして、四方にとって一条先輩は、尊敬すべき寮長で、年上だった。それが四方が一条を拒めなかった理由なのかもしれない――。
そう考えたら、あの時俺が、もっと早く気付いて、四方を守るべきだったんじゃないか、って。
それが今年、今度は四方が、一年をたぶらかしているっていうのは、俺には許せないことだったんだ」
佐伯はそこまで言い切って、「ま、俺が寮会を去った理由は、だいたいそんな感じ」と締めくくった。
佐伯の声には、流石に疲れがうっすら滲んでいた。
國弘は、最後の疑問をぶつけてみることにした。
「木曽先輩が四方先輩に当たりが強かった理由も、一条先輩と四方先輩が関係しているんですかね?」
「ああ、それな。正直俺もわからない部分があるんだけど――」
と、佐伯は前置いた。これに関しては、話すことを迷う類のことでは無いらしい。
「俺は、寮長を選ぶだいぶ前に、三年の幹部にはならないってことは伝えていた。
寮会では、じゃあ次の寮長は木曽だなってことになってて。
木曽は一年でも代表を務めてたし、一条先輩に憧れてて、寮長にもなりたがってた。
一条先輩も、いいんじゃね? って。多分、次の寮長が誰になるかなんて、あんまり興味なかったんだと思う」
「じゃあ、木曽先輩が寮長になることはほぼ決定だったんですね?」
「ああ。だが――全寮生に向けて一条先輩が次の寮長を発表した時、一条先輩があげた名前は、木曽じゃなくて四方だった」
「なんで、そんな……」
「当然、その後木曽は一条先輩に詰め寄った。でも、だんまり。木曽が怒って出ていった後、流石に俺も一条先輩に訊いた。『なんで木曽じゃないんですか』って。そしたら――」
佐伯は一度息をついて、空を見た。
「『四方が舐め腐ってるからだ』……って」
佐伯から聞きたいことをすべてを聞き終わった後、今後のどうするかを話し合った。
最後に、國弘は佐伯に、精一杯感謝を伝えた。
寮祭の企画、実行委員会に参加してくれたこと、そして彼なりに、自分を守ろうとしてくれたこと。
佐伯はそれを受けて、どこか清々しい顔をして「お前に全部話せて良かった」と言った。「真帆にもこんなことは話せないから」と。
次の日、國弘と佐伯はブラザー関係を解消した。




