第37話 外②
初対面の真帆を前にして、どう話したら良いのだろうか……。
佐伯がその場を回してもよさそうなのに、彼はなぜか黙って二人に任せる構えだ。
國弘は、何を質問してよいのか、ダメなのか、迷いに迷った。
相手は女性。そして先輩の彼女。
目まぐるしく思考が空回りしたあとに導き出した結論は、彼女に任せてしまう、ということだった。
「そういえば寮祭の『オリジンズ・ラブ』、うまくいったんだってね?」
真帆から急に寮祭の話をふられて、反射的に「あ、はい」と返す。
また沈黙。佐伯も見かねてか、ようやく助け舟を出した。
「『オリジンズ・ラブ』の企画は、最初、真帆の案だったんだ」
「え、佐伯先輩が全部考えたんじゃなかったんですか?」
意外すぎる事実だった。
「冗談だろ。俺が恋愛リアリティーショーなんかに興味あると思うか?」
言葉に詰まる。全然思わない。
「私、一時期そういうのにハマっててさ。
特に『オリラブ』は、スーツでキメた男の人がいっぱい出てるの、かっこいいなーって思ってたの。だから、あれやってよって。
ホストクラブができるなら、『オリラブ』だってできるじゃんって」
佐伯は困ったように頭をかいた。
「無茶言うなってかんじ。それ聞いたの、寮会離れたあとだったし」
佐伯の企画スピードが、異様に早かったことを思い出す。國弘が佐伯に頼んだときにはもう、アイディアが佐伯の頭の片隅にあった、ということだろうか。
「あの、ありがとうございました」
國弘が頭を下げると、真帆は「全然全然」と両手を振った。
「でも、私も寮祭行きたかったなぁ。
トウジョじゃないから、ハルの家族枠で招待してくれないと行けなかったんだ。
でも、絶対来るな、だって」
ハル。
國弘は、佐伯晴信というのが佐伯のフルネームであることを、ブラザー申請の時に知った。
ハルとは、佐伯の愛称なのだろう。
佐伯が顔をしかめた。
「家族枠は二年中心だし、あんな野郎ばかりのところになんて来なくていい」
それは確かに、と思う。
真帆は面白くないだろうが、あの中に自分の彼女がいられるのは、気が気じゃないだろう。しかも『オリラブ』。
家族枠であったとしても、自分の彼女を紹介するようなものだし。
「で、さあ」
と真帆が佐伯を見る。
「國弘くんと会えたことは、とっても嬉しいんだけど。どうして私に会わせたかったの?」
佐伯はボソリと、「ただの自慢」と答えた。
真帆は「何ソレ」と笑った。
本当だよ。何だそれ。
真帆が指を組んで、國弘にいたずらっぽく微笑みかけた。
「まあせっかくだから、國弘くんから見たハルのこと教えてよ。学校ではどんな先輩なの?」
言われて、これまでの佐伯を思い出す。
威圧感はあるのに、責任感が強くて、頼れるのに、四方との仲を邪魔してくる――。
「良い、先輩です……」
「俺の前でんなこと聞いても、本音なんて言えんだろ」
佐伯が突っ込むと、真帆が残念そうに口を曲げた。
「それもそっか」
「いや、でも本当に、良い先輩だと思います。意外と頼りがいあるっていうか。ちょっと、何考えてるのかわからないときは、多いですけど」
例えば、怒鳴ってきた相手に自分の彼女を会わせる、とか。
それを聞いて真帆は、ふふふっと、抑えた声で笑った。
「わかるー。あ、でも、嘘がめちゃくちゃ下手だから、そこは安心だけど」
「てか、お前らもそろそろ勉強したら?」
佐伯が少し不機嫌そうに口を挟んだ。
國弘は、ああ、やっぱり本当に勉強するんだな、と思った。
勉強道具は軽く持ってきたが、佐伯カップルの勉強会に居合わせるのは、なんともシュールだ。
國弘が戸惑っていると、真帆が説明してくれる。
「私もハルも受験生だから、土日のどっちか時間作って、二人で勉強してるんだ。
國弘くんもよかったら一緒に、ね?」
そういうことだったのか、と思う。
今日二人がここに来るのはもともと決まっていて、佐伯はそこに國弘を混ぜた。
理由は、いまいちわからないけど。
佐伯も真帆も、そこから先は雑談をやめ、ただ黙々と問題集に向かっていた。
コミュニティセンターで休日に勉強――。
とても健全な逢瀬が、逆にリアルに二人の関係を物語っている気がした。
正直言って、羨ましい。
國弘は少し肩身の狭さを覚えながら、英語の文法書を開いた。
それから二時間ほど経ち、外から十七時を告げる時報のメロディーが聞こえてきた。
「そろそろ終わるか?」
佐伯の声に、真帆は壁の時計を見て「待って、このページだけ!」と慌ててペンを走らせた。
國弘はとっくに集中力が切れていたので、あっさり参考書を閉じた。
ふと、佐伯がさっきまで開いていた、赤い過去問の大学名に目が行った。
「先輩ってK大志望なんですか?」
「一応な。でも、いろいろ受けてみるつもり。俺は四方みたいにそこまで頭良くねぇし」
「お二人は、同じ大学に行くつもりなんですか?」
國弘の疑問に真帆が独り言のように答えた。
「そうしたいよー。夢のキャンパスライフだよっ!」
「てか真帆、終わったのか?」
「二人が気になる話するからっ!」
真帆は再び問題集に視線を戻した。
「國弘は志望校、決まってんの?」
四方の顔が浮かんだ。
彼はきっとT大に行く。
もし追いかけるとしたらT大志望になるが――まだ一年の自分がそれを口にするのは、さすがに気後れする。
「できれば国公立に行きたいって思ってるんですけど」
「へぇ。学部は?」
「理工系ですかね。特にやりたいこととかはないんで、一番潰しがききそうかな、みたいな理由ですけど」
こういうはっきりしないことを言うと、佐伯はどう思うのかと思って彼を見る。
佐伯は「俺もそんなかんじ」と笑った。
「終わった! 待たせてごめんね」
建物を出ると、空はすでに夜の暗闇に沈み、気温も低い。
ぬくぬくとしたコミュニティーセンターの空気から、一気に現実に引き戻される気がした。
「私自転車だから」
真帆はそう言うと、建物の脇にある駐輪場を指さした。
「あ、はい」
「今日は國弘くんに会えて嬉しかった。ありがとね」
真帆はそう言うと、優しく微笑んだ。
「こちらこそ、ありがとうございました」
ふいに佐伯が、握手を求めて真帆に手を差し出した。
國弘はすこしびっくりしたが、真帆にとってはいつものことなのか、驚きもせず手を握り返す。
しばらくして真帆が手を緩めても、佐伯は少しの間握り続けて離さなかった。真帆が手を引こうとしてようやく、名残惜しそうに離した。
その数秒のやりとりに、國弘は、見てはいけないものを見た気がした。
キスなどではないのに、今まで実際に目にしてきた中で、一番男女のやりとりだった。
真帆はぼうっと突っ立っている自分に気を使ったのか、こちらにも手を差し出した。
國弘が手を取ろうとしたら、それより先に佐伯が、彼女の手に触れて軽く制止した。
「他の男に触んな」
そう言われて、國弘と真帆は思わず吹き出した。
「真帆さん、素敵な方ですね」
國弘はそう口にしてから、少しだけしまった、と思った。
佐伯の嫉妬心を煽るようなことを言ってしまったかもしれない、と。
だが、佐伯はさしてそんな素振りも見せず、少しだけ不敵に唇の端を持ち上げた。
「ああ」
寮への帰り道、佐伯に何と切り出すべきか、國弘はずっと迷っていた。
四方に近づくことを禁止した理由、佐伯との兄弟関係がこの先どうなるのか。
あとは、なぜ自分の彼女である真帆に会わされたのか。
そんな疑問は、一切解消されていない。
電車の中、あと少しで駅に着くというときに、佐伯が國弘に言った。
「寮に帰って飯食ったら、まだ時間あるだろ」
佐伯を見ると、彼はいつもよりずっと穏やかな表情だった。
「お前の知りたいこと、全部話してやるよ」




