第34話 怒り①
すべての衣装の返却が無事終わり、寮祭という大きな祭りの余韻を残しながら、寮内はゆっくりと日常を取り戻していった。
遅い秋の訪れを感じつつ、もう制服のブレザーだけで登校すると、帰るころには空気が刺すように冷たく、コートを持ってこなかったことを後悔する――そんな日が続いていた。
寮祭以来、國弘は四方と距離を置くようになってしまった。
寮会の二十分前に行く――そんなささやかな習慣すら、今ではもうしていない。
それなのに、食堂へ行くたびに、國弘はどうしても四方の姿を探してしまう。
四方の周りの空気もまた、いつの間にか変わっていた。
ついこの間まで端の席で静かに食事をしていた四方が、最近は三年生や二年生に囲まれ、自然と談笑の輪に加わっていることすらあった。
四方自身は、ぱっと見は何も変わっていない。
ただ、周囲だけが、四方を受け入れ始めた。
――それが、國弘をやけに落ち着かない気分にさせた。
十二月に入るといよいよ三年生の雰囲気は受験一色になり、それに引っ張られるようにして、寮全体の空気もいっそうピリピリしだした。
推薦で合格が出たのか、少し気楽なムードを漂わせている三年生もいるが、それはあくまで少数派。
多くの一般受験組は最後の追い込みの時期に入り、いたるところで参考書や問題集をめくる音が聞こえてきた。
受験モードなのは寮会も例外ではなく、四方も含めた三年生の欠席が続き、自然と一年生と二年生中心の会議が当たり前になっていった。
その日の寮会――。
國弘が会議室の前に立つと、中から四方の声が聞こえてきた。
二週間ぶりに聞く声に、胸が潰れそうだった。嬉しさと同時に、合わせる顔がない、という不安がこみ上げる。
扉を開けて、自分の席に向かう。
四方のいる方を、見られなかった。
それでも、二年生達が四方の周囲に集まり、楽しそうに話している気配だけは伝わってくる。
四方が自分に気づいたのかどうかは、わからなかった。
「次の寮長って誰か考えてるんですか?」
「んー、というか、やりたい人いる?」
「いやー、めっちゃ大変そうですよね。受験もあるし」
「でも俺、ぶっちゃけ興味はありますよ」
「え、じゃあやってみる?」
「問題は、寮祭ですよねー」
「俺、皆の期待に答えられる気、しませんもん」
「でも、三人が寮会残れば、なんとかなるんじゃないかな?」
寮祭を終え、卒業が近づいたからか、四方は以前より二年生たちとの距離を緩めているように見えた。
それに対して、自分でもどうしようもないほど苛立っている自分がいた。
(――寮祭は、俺が四方先輩を助けたのに)
すべて自分の手柄などとは思っていないはずなのに、今はそんな風に思えてくる。
自分が佐伯に頼まなければ、何も始まらなかった。
今取り囲んでる二年生達だって、四方のことを悪く言っていたじゃないか。
そんな奴らに、笑いかけるんですか。
優しくしてほしくない。
話してほしくない。
心が、ゆっくりと蝕まれていった。
寮祭の時より圧倒的に短い定例会が終わった後、席を立った四方と國弘の視線がふいにぶつかった。
國弘は、逸らさなかった。
そのままじっと、四方を見つめる。
視線をそらしたのは、四方の方だった。
ごく自然な仕草で。
電車内で他人同士が、ふと目が合い、何となく目のやり場に困ってそらす、あの感じに近かった。
そこに、何の感情もなかった。
気まずさも、寂しさも、何もなかった。
それが國弘には、四方からの拒絶のように感じられた。
これまで距離を置くのも詰めるのも、いつも國弘の方だった。
四方はただ、それに応じて動いてくれただけだ。
なのに今は、四方の方から遠ざかっていく。
どんどん他人になっていく。
このまま四方が卒業してしまったら、本当に、ただの他人になってしまう。
そんな未来が、ありありと想像できてしまう。
そんなのは、絶対に嫌だ。
怒りか、焦りか、真っ黒な感情がふつふつと湧き上がる。
――お前が、約束を守らないからだろ
佐伯の声が脳内で蘇った。
「……っるせぇよ」




