第30話 寮祭③
会場になっている、教育棟の多目的ホール前に来ると、木曽を見つけた。
彼は今回、イベント全体の指揮をしている。
高級ブランドのロゴが一面にプリントされている、派手なスーツを着ているので、遠くからでもすぐにわかった。
ちなみに衣装はレンタルではなく、木曽の私物だ。
「木曽先輩。俺、佐伯先輩の代わりにキャストさせてもらうことになったんですけど……」
そう恐る恐る声を掛けると、意外にも木曽は丁寧に応じてくれた。
「十三時の回で、家族枠。三十分後くらいに入口の前で待機。八番テーブルのゲスト誘導しつつ、一緒にテーブルに付いて」
寮生たちはトウジョの女子生徒に盛り上がっているが、ゲストの大半は、寮生の家族だ。
家族枠では、その保護者を持つ寮生がテーブルに付くキャストの一人として参加することになっている。
この企画は、『ラブ』と称してはいるが、その実、保護者に息子の成長を見せる機会でもある。しかもその息子は、フォーマルに着飾っている。
寮生活で普段会えない息子の晴れ姿を見られれば、特に保護者の満足度も高まり、衣装のレンタル費用の負担くらい、大した事なく感じるだろう。
つくづくよくできた企画だった。
「あの、俺キャスト練習とかしてなくて」
ゲストを迎えるキャストは、何度か生徒だけでリハーサルを重ねている。國弘も大まかな流れは把握しているが、実際にテーブルについたことはなかった。
「他のメンバーにフォローしてもらうから大丈夫。逆に出しゃばりすぎるなよ。保護者のクレームが一番怖いから」
木曽はそう言ってから、國弘の顔をまじまじと見た。
「……なんか知らねーけど、佐伯ってお前のことすげー評価してるよな」
「そう、ですかね」
「あいつ、勉強に専念したいからって、三年になったら寮会に関わる気ねぇって言ってたんだぜ? でもいざ始まったら、弟のためだ、とか言ってすげえ乗り気じゃん。びびったわ」
國弘はなんと返そうか迷っているうちに、別のキャストが木曽のもとへ駆け寄ってきて相談を始めた。木曽はそれに「あー直接行くわ」と返し、一緒にどこかへ消えてしまった。
一人残された國弘は、佐伯のことを思い出していた。
寮会を離れたのは、勉強が忙しいという理由だったのか。
それにしては、企画から準備まで相当な時間を使っていたはずで、勉強で焦っている印象も特になかった。
時間になると、國弘の参加する回のゲスト全員が、ホール入口付近に設置された黒幕に囲われたスペースへ案内されていく。
國弘を含め、それぞれのテーブルに付くキャストも、部屋の隅の方で待機した。
やがて扉が閉まり、照明が落とされた。
暗闇の中で、ざわめきが静まっていく。
突然、天井に設置されたプロジェクターが起動し、正面の大きなスクリーンに映像が映し出された。
『人間が古来から繰り返してきた、愛と選択の物語――』
落ちていく林檎の映像とともに、ナレーションが流れる。声は明らかに寮生のもので、頑張ってはいるが棒読み感は否めない。そのミスマッチさが、会場に小さな笑いを誘った。
『アダムとイヴが出会う、ただ、それだけの奇跡――』
ネットから拾ったであろう、世界各国のカップルの写真がフェードイン・フェードアウトを繰り返す。
『愛の起源』
そうして、理想郷を思わせるCGアニメーション。
『新たな奇跡を、今、あなたへ――』
短い映像が終わり、スクリーンが暗転する。
そこに、先程の黒いモーニングスーツを纏った四方が、横から歩いて登場した。
ゲストのどこかから、「きゃあ……」という小さな悲鳴が漏れるのが聞こえる。
四方は胸に手を当て、恭しく頭を下げた。
「皆様、本日は『オリジンズ・ラブ in 城青』に足をお運びいただき、誠にありがとうございます」
どこか格式ばった、『支配人』の口調で、ゆっくりと、聞き取りやすい声だった。
「会場は『愛の起源』の舞台に相応しい楽園となっています。皆さまはそこで『イヴ』となり、運命の『アダム』を選ぶ旅へと向かいます。
ゲストの中には男性もいらっしゃると思いますが、つかの間だけ、心は麗しいイヴ、ということで、どうか寛大なお気持ちでお付き合いください」
ゲストから軽く笑いが起きた。
ゲストの中には、寮生の父親、兄弟など、男性も当然含まれている。
「このあと皆様は、スタッフの案内で、テーブルへとお進みいただきます。テーブルについた彼らはアダム候補。いくつかのゲームや『イヴの選択』――イヴが林檎を渡してアダムを選ぶ儀式を通じて、皆様にはたった一人の真のアダムを選んでいただきます。真のアダムと、最後にどのような『奇跡』が起きるかは――」
四方はいたずらっぽく目を細め、人差し指を立てて唇に当てた。
「まだ秘密です」
そうして四方は一呼吸おいて、ちらりと脇に立っているスタッフを見てから、視線を正面に戻した。
「それでは準備が整ったようです。皆様、ようこそ――楽園へ!」
その言葉と同時に、スクリーンが上へ巻き上がり、黒幕のカーテンが左右へと引かれていく。
眩い光が漏れ、次第に――豪華な楽園をモチーフに装飾された、テーブルセットが並ぶ大広間が姿を表した。




