第24話 企画②
次の日の寮会は、開始前から重苦しい空気が漂っていた。
「じゃあ、まず連絡事項から」
四方がいつもの落ち着いた声で進行する。掲示物の張替え依頼、清掃当番の変更――淡々と共有が終わる。
そして、全員が覚悟していた本題に踏み込んだ。
「じゃあ――先週決まらなかった寮祭の企画なんだけど、何か考えてきた人はいる?」
四方が皆に向けてそう訊ねると、会議室がシンと静まった。
國弘が、よし、と手を上げようとしたその瞬間、木曽が先に口を開いた。
「まず、お前からだろ、四方。寮長なんだから」
空気が張りつめる。
四方は大して気にした様子もなく、「そうだね」と言って、朗らかな声で提案をはじめた。
「『城青フォトコンテスト』はどうかな、と思ってる。寮内で撮った写真を募集して、ラウンジで展示する。寮生にも来場者に投票してもらって、上位は表彰するって感じ」
一瞬、誰もリアクションを取らなかった。
そうして、徐々に戸惑いの声が漏れていく。
「あー……」
「写真、ね……」
木曽がわざとらしく大きくため息をついてから、乾いた声で言った。
「……地味すぎるだろ」
誰かから、笑い声を抑える声がした。
「写真並べて終わりって、どう考えても去年の後に出す案じゃない」
木曽の言葉に、四方は少しだけ肩をすくめて、「そっか、いい案だと思ったんだけどな」と、悪びれる様子もなく言った。
そうして会議室が、再び沈黙する。
國弘は今度こそ、と、右手を高く上げた。
近くの三年生がそれに気づき、それに導かれるように皆の視線が自分に集まってくる。
自分の心臓の音がうるさかった。
四方と目が合い、彼が静かに言った。
「國弘くんが何か考えてきてくれたようだから、皆で聞こう」
「ホワイトボード借ります」
そうことわってから、國弘はノートを持って立ち上がり、ホワイトボードの前に立った。
マーカーを手に取り、キャップを外す。
大きめの文字書きながら、ホワイトボードで綺麗な字を書くのって、案外難しいんだな、などとどうでもいいことを思った。
タイトル――『オリジンズ・ラブin城青』。
書き終えた瞬間、ざわ、と小さなどよめきが起きる。
「考えてきたのは、ここ数年流行っている、恋愛リアリティショーをモチーフにした企画で――」
『オリジンズ・ラブ』
それは、ネット配信で話題になった、恋愛リアリティーショー番組だった。
番組のテーマは“起源の愛”で、アダムとイヴの物語をモチーフにしている。
複数の男性がアダム候補となり、毎回ゲームや課題に挑戦しながら、たった一人の女性であるイヴの心を射とめるまでを追う。
番組の雰囲気は、恋愛という俗っぽい題材を、リゾートの空気と豪華な衣装、聖書モチーフで、うまく高級感に変えていた。
「――それを、寮祭に落とし込む形で、『オリジンズ・ラブin城青』として再現する、という案です。
ゲストをイヴに見立て、寮生はアダム候補として参加し、簡単なゲームを行います。
そしてゲストには、最終的に一人の寮生をアダムとして選んでもらいます。
会場はオリジンズ・ラブのパーティー会場をモチーフに、キャストは全員フォーマルスーツを着用、スタッフも可能な限り着飾ります。
――これはつまり、去年のホストクラブの『非日常感』を保ちつつ、学校に怒られない程度の品格を演出する、というわけです」
その後も、ゲストをもてなす流れ、スタッフ配置など、少し細かいところまで踏み込んで説明を続けた。
そして最後、この企画で一番のアピールポイントを話す時が来た。
「それと――今年の寮祭にも、例年通り、トウジョの生徒が来ます」
全員の意識が、完全にこちらに向けられたのがわかった。
藤栄女学園――略して『トウジョ』。この城青の兄妹校で、女子校だ。
去年のホストクラブ企画があれほど盛り上がったのも、そのトウジョの生徒たちが招待されていて、彼女達を楽しませられたことが大きいと、佐伯は言っていた。
ゲストは基本的に生徒の家族、外部からは招待しないことになっている。
そもそも規模的に小さいというのもそうだが、単純にセキュリティの問題でもあるらしい。
そんな中で、生徒の家族以外のゲストとして、唯一認められているのが、『トウジョ』の女子生徒達だった。
「去年ホストクラブ企画で、トウジョの子と実際に付き合った先輩が何人もいたって話を聞きました。
それは多分、去年の寮祭の『非日常感』が一役買ったのだと思います。
なので今年は、キャストはもっとフォーマルで、ちゃんとした世界観の中で、そういう出会いが生まれる確率も上がるのかも、しれません。
なんたって女子は――……」
自分の中で、精一杯照れくささを追い払う。
そして力強く、拳を握った。
「男がスーツ着てたら、八割増しで落ちますっ!」
そうしめくくった。
何人かが失笑した。
さっきまで重かった空気が、一気にほどける。
「……以上です」
終わってみると急に恥ずかしくなり、國弘はマーカーを置いていそいそと席に戻った。
三年生達を見ると、四方はどこか労いの視線を向けてくれていたが、彼以外は誰も口を開かず、思案の表情を浮かべている。
二年生や他の一年生も、三年生の反応を探るように息を潜めていた。
(――ダメ、なのか?)
嫌な汗が額に浮かんだところで、三年の赤坂が苦い顔のまま口を開いた。
「まあ、実現すれば面白いとは思うけど……正直、去年みたいに上手くいく保証はどこにもないだろ?」
言われて、思考が止まった。
(この人は何を言っているんだ?)
――去年のようにうまくいく保証。
そんなのが保証できる企画など、この世に存在するのか?
そこまで考えて、赤坂は、本気で保証が欲しいと思っているわけじゃない、ということに行き着く。
単に、受験を控えた自分たちを、面倒そうな企画で煩わせるな、と言っているのだ。
國弘は思わず唇を噛んだ。
空気を察して、四方が口を開きかけた、その時だった。
「……んなこと言ったって、やってみなきゃわかんねーだろ」
いつもの不機嫌な低い声が、会議室に響いた。木曽だった。
「今まで出た中じゃ、一番マシどころか、けっこう面白いと思うけどな」
力強い木曽の口調に、赤坂は押し黙るしかなかった。
それを皮切りに、二年や一年のあちこちから声が上がりはじめた。
「マジでウケるんだけど」
「いや、でも去年より面白そうじゃね?」
「去年超えられるかなあ」
「でもトウジョだぜ?」
一つ一つの声に、確かな興奮が感じられた。皆が自然と『オリジンズ・ラブ』をやる前提の空気に流れていく。
「じゃあ――『オリジンズ・ラブ』で進めるってことで、いい?」
四方がそう確認すると、頷きや「はい」という言葉が返された。
「……決まりだな」
木曽の短い一言が、最後の一押しになった。
「じゃあ来週までに、役割分担と具体的なスケジュールを詰めよう。僕も、学校側にかけあったりして、できる限り動くから」
四方はそう言って、柔らかく微笑んだ。
その笑顔には、今まで背負っていた重さが、すこしだけ軽くなったような表情だった。
今日は解散となり、椅子が引かれる音が、至るところで響いていた時だった。
「四方、お前一年に負けたな」
木曽は、自分がした提案でもないのに、どこか得意げに四方に言った。それに対して四方も「そうだね」と苦笑している。
その姿を見て、國弘は意を決して口を挟むことにした。
「あの実は、この企画を最初に思いついたのは、俺の兄である佐伯先輩でして」
木曽が「は? 佐伯?」と驚いて國弘を見た。
実のところ、企画の大枠は佐伯が作り、内容を詰めたのは佐伯と四方の二人だった。國弘はそれを預かって発表しただけだ。
ただいずれにしても、この企画で四方の名前を伏せることは三人の間で決まっていた。
木曽を無駄に刺激するのはよくない、というのが理由だった。
「てかお前、佐伯の弟だったの?」
「はあ、まあ……いろいろとご縁がありまして」
國弘は曖昧に笑ってごまかした。
木曽は「へえ」と薄く笑うと、静かに会議室を出ていってしまった。
國弘も筆記用具をまとめて机を離れようとした時。
四方と目があった。
國弘はほんの少しだけ、頭を下げた。
四方も、少し口角をあげて、小さく頷いた。
会議室を出た途端、緊張で強張っていた肩の力が抜け、どっと疲れを感じた。
「おい、國弘」
名前を呼ばれて振り返ると、同じ一年代表の河野が立っていた。
「さっきの。佐伯先輩の弟ってマジ? もしかしてラブレターって、そういうこと?」
「ええと、まあ。……いや、ラブレターじゃないし」
國弘が佐伯に手紙を渡したという噂は、もう一年の間で共有済みらしい。
河野は少しだけ真面目な顔になった。
「こんなこと言うの、あれだけど。俺に手伝えることがあったら何でも言えよ」
「え?」
意外すぎて、間抜けな声が出てしまう。
「前に木曽先輩に、『一年は指示待ち』って言われただろ。……あれ、普通に悔しかった。だから一年のお前が企画案発表して、採用されて、マジでうれしい」
それは、普段寮会でやる気を見せない彼には、あまりに似つかわしくない言葉だった。
「助かるよ、ありがとう」
そう返すと、河野は「じゃ、がんばろーぜ」と軽く手を挙げ、階段のほうへ歩いていく。
廊下に静けさが戻った。
國弘は歩きながら、ゆっくりと息を吐いた。
――オリジンズ・ラブ。
寮祭がどうなるのか、うまくいく保証はないし、そもそも自分自身が考えた企画ではない。
でも確かに、ちゃんと動き出した。
その歯車の一つを、自分が動かしたのだ、と思う。
誇らしさに胸が満たされ、自然と口元が緩んでいた。
次回更新予定は6/16(火)です。
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