第22話 三人目④
「えっと……これは一体、どういう組み合わせ?」
しばらくして四方が姿を見せると、驚愕、といった表情で佐伯と國弘を交互に見た。
四方は、グレーの長袖のTシャツに黒のスウェットという、ゆるめの部屋着姿で現れた。入浴を済ませたばかりなのか、髪はほんのり湿り気を帯びていて、肌がどことなくスッキリしている。
四方を見ていると、鼓動が早くなって落ち着かない。
それが、あの件を引きずっているせいなのか、四方の無防備な姿のせいなのか、わからなかった。
「まあ、お前も座れよ」
『四方に近づくな』と言ったのが嘘のように、佐伯は平然としていた。
四方は國弘の隣に、少し距離を置いて腰を下ろした。
「國弘は、俺の弟になったから」
佐伯の唐突な宣言に、四方は再び目を丸くし、國弘を見た。
「え、本当なの? 國弘くん」
國弘は、会釈とも頷きともつかない曖昧な仕草で返した。
正式な手続きなど何もしていないから、まだ口約束にすぎない。だが、否定する必要もないだろう。
「こいつが弟になった経緯は、この際どうでもいい。問題は――寮祭の企画のことで、泣きつかれたってこと」
「泣いてはないです」
それだけは否定させてもらうと、佐伯が鋭い目でにらんできた。
(怖……)
それから視線を四方に戻す。
「寮祭の企画、うまくいってないんだってな」
トーンを落とした問いに、四方は少し黙ってから答えた。
「……そう、かもしれない」
「こいつは一年なりに、寮祭の行く末を案じてる。それを聞いてると、兄として見過ごせなくてな。
企画くらいなら協力してやってもいいと思ったわけ。
裏でこそこそ動くのは性に合わないから、寮長のお前には先に言っておこうと思って」
四方は黙って、佐伯を見ていた。
「……お前はどう思う?」
佐伯に尋ねられ、四方はわずかに眉を寄せた。
事態が唐突すぎて、まだ状況がうまく飲み込めていない様子だった。
かつての仲間を頼ることを、四方がどう考えるのかはわからない。でもどうか、受け入れてほしい。
國弘は祈るような気持ちで四方を見た。
「もし佐伯が、本当に手伝ってくれるなら――」
四方はゆっくりと言葉を選びながら続けた。
「……ありがたいと思う。僕からもお願いしたい……かな」
國弘は心のなかでガッツポーズをした。これで前に進める。
四方はそこで、ふと引っかかるような表情を浮かべた。
「でも……佐伯は勉強、大丈夫なの?」
確かに佐伯は三年生だ。
この大事な時期に、余計な時間を取らせることを気にしたのだろう。
「ま、どうにかなるだろ」
佐伯は気にも留めないように返してから、間を置かず続ける。
「寮会の定例は金曜日だよな? だったら、明後日の木曜に企画の話をする。四方も来いよ」
一方的にスケジュールを決められていて、國弘は一瞬戸惑ったが、特に予定はないはずだ。問題ない。
四方も短く頷いた。
「僕は大丈夫」
「じゃ、そういうことで」
佐伯は口の端をわずかに上げた。
なんというか、展開が早い。
急げといったのは、紛れもなく國弘自身だったのだが、ここまでとは思わなかった。
木曜日に集まる時間と場所を決め──解散しようとしたそのとき。
「四方」
佐伯が、不意に四方を呼び止めた。
いつもの無愛想な声だが、どこか躊躇のようなものが入り混じっていた。
「……寮会を。お前と木曽に押し付けたこと、多少は悪いと思ってる」
四方が息を飲むのがわかった。
そして、困ったように、でもどこか救われたような表情が浮かぶ。
「……ありがとう。こうやって関わってくれるだけで、本当に嬉しいよ」
自室に戻ると、伊波が待ち構えていた。
「おい、佐伯先輩から呼び出し、どうだったんだよ」
「別に。寮祭のことでちょっと」
「……なんだ、寮会関係かよ」
そう言って伊波は、つまらなそうに自分の机に帰って行った。
國弘も自分の机の椅子に座ってから、ふっと息を吐く。
「あと俺、佐伯先輩の弟になったから」
「へー……。って、はぁっ!?」
「どういうことだよ」と、うるさい伊波を適当にあしらい、引き出しの奥を手探りで漁る。
古いテストやらプリントやらをかき分けて、一枚の紙を見つけた。
『ブラザー申請書』
事務的なフォーマットが印刷されたその紙は、斜めに深い折れ線がついていた。國弘はそれをできるだけ伸ばし、必要事項を記入していく。
リトルブラザー、つまり弟の欄に自分の学年と名前を書く。続いて、ビッグブラザー、兄の欄に
「佐伯」と記して、ふと手が止まった。
(……佐伯先輩って、下の名前なんだっけ)
心が妙に沈んだ。
本来なら、兄側の記名欄は兄になる先輩本人が書くものだ。
だがラウンジからの帰り際、佐伯に申請書のことを尋ねたら、「適当に書いて出しとけ」と、面倒くさそうに言われただけだった。
――適当に。
そんなものか、と國弘は思う。
兄を持たない一年生、というのが、どこか自分のアイデンティティのようになっていた。
ここに、四方の名前があることを妄想したこともあった。
それを、手放す。
一番いい使いどころだった、と思う。
……だけど。
胸の奥が寂しさに疼いて、それはしばらく消えることはなかった。




