第20話 三人目②
國弘が、去年の二年代表の三人目――つまり四方でも木曽でもない人物について知ろうと思ったことに、深い理由はなかった。
単純に、企画を出す上で去年の状況がわかれば、何かの参考になるかもしれないと思っただけだ。
もしその『三人目』を突き止めれば、去年の話が聞けて、うまくいけば協力だって頼めるのでは。そんな軽い期待だった。
そして三人目である佐伯は、國弘の期待以上の人物だった。
――『伝説の寮長の右腕』
それだけ活躍したということなのだろう。
しかも、「来年の寮祭は佐伯に任せれば安泰」とまで言われていたらしい。
もし、協力してもらえたら。
今の抱える寮会の企画問題など、案外あっさり片付いてしまうのかもしれない。
だが。
―― 後輩の面倒とか見るの、嫌いなのかもな
馬渕の言葉と、さっき食堂で見た佐伯の姿が頭に浮かぶ。
あの佐伯にいきなり直談判するのは、どう考えてもハードルが高い。
話してみたら意外と気の良い先輩、ということも考えられなくもないが、どうもそうは見えなかった。
散々考えた挙げ句、國弘は手紙を書くことにした。
経営者である父親も、仕事の大事な場面では、しばしば手紙が有効だと言っていた。
気恥ずかしくはあるが、今はこれが唯一、自分ができそうな行動だった。
その日の残りの時間、國弘は学校側から課された週末の宿題を完全に放り出し、すべて手紙にあてることにした。
購買部で買った白いシンプルなレターセットは、いまどき手紙を使う生徒などほとんどいないせいか、透明フィルムにうっすらと埃がついていた。
そうして便箋に書きはじめてみると、あっという間に三枚、四枚と埋まっていく。
四方のこと、寮会のこと、自分の思い――ついあれもこれも入れようとして、肝心な部分がどんどんぼやけていく。
特に、木曽の四方への態度を細かく書き連ねてしまったあたりで、手を止めた。
盛り込みすぎなのは明らかで、もっと短くしなければ、読んでさえもらえない気がした。
いらない部分に線を引いて消していくと、こちらの気持ちまで削られていくような気持ちで痛かったが、仕方ない。
結局、最終的に残って、便箋に清書したのはたった二文。
『佐伯先輩へ
今年の寮祭の企画に行き詰まっています。企画出しについて協力をお願いしたいです。
國弘隆』
土曜日をまる一日かけてできあがったのは、余白が多すぎる一枚の紙切れだった。
次の日の日曜日の朝。
食堂を見渡すと、佐伯は前日と同じ窓際の席にいて、今日は二人の友人と談笑していた。
本当は、佐伯が一人きりの時を狙いたかった。だが、待ってはいられない。
國弘は一人で、佐伯達三人のもとへと向かった。
近づくたびに、頭がぼんやりしてきて、自分が何をしようとしているのか、現実感が薄れていく。
手紙を渡す、というだけなのに、嫌な汗が止まらなかった。
「佐伯先輩」
なんとか名前を呼ぶと、佐伯がこちらを向いた。さっきまで多少なりとも浮かべていた薄い笑みがすっと消え、目つきが鋭くなる。
他の二人も國弘を見て、「誰?」「一年?」と戸惑った視線を交わした。
「なに」
ぶっきらぼうに応えられて、國弘は、うっ、と息が詰まった。
(こ、怖……)
いや、これが彼のデフォルトなのかもと思い至り、気が滅入りそうになるのを必死で抑える。
「あの、突然すみません。一年の國弘隆といいます。先輩に相談したいことがあって……」
「相談? なに?」
ただ訊かれているだけなのに、その声がやっぱり怖い。
「えっと、その……手紙に書いてきたので……よかったら」
國弘は思い切って、両手で封筒を差し出した。
しかし佐伯は受け取らず、怪訝な目でこちらを見ているだけだった。
そうこうしている間に、横にいた一人に、「ラブレター?」とひょいと奪い取られてしまった。
(ま、まずい……)
國弘が焦った瞬間、佐伯が「鈴木やめろ」と低い声で制した。
佐伯が鈴木と呼ばれた友人に手を伸ばすと、彼は「冗談だって」と封筒を佐伯に渡した。
佐伯は封筒の表と裏を確認しながら、國弘に目を向ける。
「わかった、読んどく。それだけ?」
友人の悪ふざけに、多少は申し訳なさを覚えたのか、声のトーンがいくらか柔らかくなった……気がする。
「はい。返事、待ってます」
國弘は頭を下げて、早足にその場を離れた。
食堂を出るころには、足がガクガクと震えていた。




