表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/43

第19話 三人目①

 土曜日の朝、伊波と食堂で朝食をとっていた時だった。

 入口のほうで馬渕の姿を見つけた伊波は「あっ」と声を上げ、トレイを置いてすぐに駆け寄っていった。

 二人が話し合っている途中で國弘のことを見たので、國弘も慌てて立ち上がり、軽く会釈する。


 少しして、伊波が戻ってきた。


「馬渕先輩、食事の後で残ってくれるって」


「ありがとう、恩に着るわ」


「そんな悪いよ~。ポテチとか大丈夫だからさー」


 伊波は大げさに手を振った。


「二袋?」


「……いや、それはなんか申し訳ないわ。一袋で」


 伊波には昨夜、「去年の寮会について、馬渕先輩から話を聞かせてほしい」と頼んでおいた。

 國弘には兄も、親しい先輩もいないが、伊波は兄の馬渕と仲がよく、馬渕も気さくで話しやすい二年生だ。


 馬渕は去年の寮会と関わってはいないにせよ、寮祭自体はその目で見ている。なら、当時の二年代表メンバーのことくらいなら知っているだろう。

 そう思ったのだった。



 食後、國弘、伊波、馬渕の三人でテーブルを囲んだ。


 食堂はすでにピークを過ぎているのに、あちこちで談笑が続いている。

 平日の朝のような緊張感はなく、私服のままだらだらと過ごす、土曜の朝ならではのゆるい空気が漂っていた。


「去年の寮会について聞きたい、って言われても……俺、去年一年だったし、そんな詳しくはないけど」


「でも、去年の寮祭は参加したんですよね?」


 國弘が訊ねると、馬渕が「ああ、あれはすごかったよな」とこぼしてから、何か引っかかった様子で言った。


「でもそのことなら、寮会のやつに聞いたほうがいいんじゃないの? 國弘って、一年代表なんだろ?」


 國弘が返事につまると、すぐ横で伊波が口をはさんだ。


「こいつ兄もいなくてぼっちだから、先輩に話しかけるとか無理ゲーです」


「まあ……そういうもんか」


 馬渕は苦笑しつつ納得したようだった。

 なんだかすごく癪に障ることを言われた気がするが、ひとまず無視しよう。

 國弘は姿勢を正した。


「聞きたいのは去年の寮会メンバーのことなんです。

 今の寮長の四方先輩と、副寮長の木曽先輩が、去年の二年代表だったっていうのは知ってます。でも、二年代表は三人だったはずです。その三人目って、誰なんですか?」


「ああ、佐伯先輩ね」


 あっさりと返ってきた名前は、國弘が初めて聞く名前だった。

 少なくとも、今年の寮会のメンバーではない。


 馬渕は「どこかにいるかな」と食堂を見渡し、「あ、いた」と小さく呟いた。


「ほら、奥の窓際のテーブルにさ、五人で座ってる三年生のグループ、見えるか?」


 國弘はできるだけ何気ない動作で、そちらを見た。

 食堂の奥、窓際。


 確かに、食事を終えた三年生五人が、紙コップ片手に談笑している。


 三年生を見るといつも感じることだが、その雰囲気は一年生の自分達とは全然違っていて、すごく大人に見えた。


「左側の手前の、濃い青のパーカー着てる人。あれが佐伯先輩」


 そう言われて、國弘はすぐにわかった。

 紺色のパーカーに、ナチュラルなツーブロック。

 距離があって表情まではわからなかったが、しゃんと伸びた姿勢と、落ち着き払ったその態度から、五人の中でもひときわ存在感があるように見えた。


「佐伯先輩が次の寮長になってほしいって声、結構あったんだよね」


「えっ」


 思わず声が出て、國弘は馬渕を見た。


「『伝説の寮長の右腕』って呼ばれてたしさ。佐伯先輩は二年代表だったけど、あの寮祭はあの人抜きじゃ回らなかったって、先輩達が言ってるの聞いたよ」


「『伝説の寮長の右腕』ですか……」


 『伝説の寮長』に引き続き、冗談みたいな呼び名だ。


 馬渕は「笑っちゃうよな」と言ってから、ふと何か思い出したように首をかしげた。


「あ、そういえば。寮長って、どうやって選ばれるか知ってる?」


 考えたこともなかった。

 國弘が入学した時には、寮会の三年の役職はすでに決まっていたから、疑問を抱いたこと自体なかった。


「選挙……とかですか?」


「それが違うんだ。寮長が辞める時、次の寮長を指名する。まあ実際は指名ってほど大層なもんでもなくて、内々でなんとなく決めてる感じだろうけど」


 馬渕は腕を組み、椅子の背にもたれた。


「そもそも寮会って、そんなに重要な組織じゃなかったんだよ。自治組織とはいえ、別に大きな権力があるわけでもないし。

 学校側も、寮生に本気出されて、勉強が疎かになったり、コントロール効かなくなったりしたら困るだろ?

 だから、生徒に任せられる、最低限のことだけ任せてやってる、って感じ――あ、なんかすまん」


 國弘が寮会メンバーということを思い出したらしい。


「全然大丈夫です、僕もそう思いますんで」


 國弘は軽く笑ってみせると、馬渕は安心したようだった。


「だからさ、寮長とか役職も、選挙とかで決めるより、寮会と学校とかで適当に決めてもらったほうが皆ラクってわけ」


「なるほど……」


「寮生の寮会への認識が変わったのは、やっぱり去年の寮祭から。『あんなすごいこと仕掛けられる組織なんだ』ってイメージが一気にできて。

 だから次の寮長は誰かって話になった時も、皆当然、佐伯先輩だろって言われてた。

 でも蓋を開けてみたら、寮長は四方先輩で、副寮長は木曽先輩。佐伯先輩は、寮会メンバーですらなかった」


「どうしてですか?」


 國弘の問いに、馬渕は小さく首を振った。


「はっきりした理由は知らない。噂レベルじゃ、四方先輩が一条先輩とデキてるから、殿の愛のご乱心だ……とか言われてたけど」


 國弘は思わず眉を寄せたが、馬渕は気付かなかったようだ。


「でも、次の寮祭に期待していたやつらは、落ち込んでたよ。『佐伯先輩に任せておけば安泰なのに』って」


 馬渕は、少し残念そうにため息を漏らした。


「馬渕先輩もそう思いますか?」


「うーん……。四方先輩のことはよく知らないけど、なーんか頼りない気はするよな。俺としては、去年一年の俺達はほとんど裏方だった分、今年に期待したくはあるんだけどさ」


 そこまで言うと、馬渕は「ま、そんな感じ?」と締めくくるように言って、紙コップから水を一口飲んだ。

 國弘は改めて、尋ねてみたいと思った。


「佐伯先輩って、どういう人なんですか?」


「どういう人? というと?」


「その……性格とか、なんでも」


「学年も違うし、絡みはほとんどないからなぁ。去年も目立ってはいたけど、表にがっつり出てくるタイプじゃなかったし……。でもなんとなく、近寄りがたいってイメージはある。隙がないっていうか」


 少し言いにくそうに言ったあと、馬渕はついでのように付け足した。


「弟もいないし」


「そうなんですか?」


「寮祭のあと、『弟になりたい』ってやつ結構いたんだよ。一条先輩に憧れたやつとかさ。どうせ一条先輩の弟にはなれないから、せめて佐伯先輩の弟に……って感じで。

 でも俺と同じ学年で、佐伯先輩の弟になったなんてヤツの話知らないし」


 そこで馬渕は、あっけらかんと肩をすくめた。


「後輩の面倒とか見るの、嫌いなのかもな」



 聞きたいことはすべて聞いたあと、馬渕と伊波の二人は先にテーブルを離れ、國弘はそれを見送った。


 國弘も遅れて、出口に向かう。

 途中、少しだけ遠回りして、さりげなく佐伯のいる三年生グループの方へ近づいてみる。


 ちょうど彼らも、後片付けをして、椅子を戻したりしている。


 國弘は、佐伯の顔や雰囲気を、できるだけよく目に焼きつけようとした。

 次に見るときは、服装がまったく違うかもしれない。


 立ち上がった佐伯は身長も高く、スポーツマン然として、なかなかの男前だ。

 けれど同時に、しっかりとした眉毛と鋭い目が、何をしているわけではないのに怒っているようにも見えた。

 馬渕の言っていた、近寄りがたい、というのに納得がいく。


 ふと、佐伯がこちらの目線に気づいたように國弘の方を向いたので、目が合いかける。


 國弘はすぐに視線をそらして、そのまま食堂を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ